26 早朝のホルク便
フレド・バルマー侯爵閣下
至急直接お会いした上でお伝えすべき事案が発生致しました。
つきましては、港へ到着後は皆様絶対に下船せず船内でお待ち下さい。
特に一番お若い方は、人目を避け、室内にて待機頂けるよう願います。
エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー
「朝早くに申し訳ありません。実は、たった今、エルンストからホルク便が届きました」
「ヴィスマイヤー卿から? こんな時間に?」
「はい。どうやら緊急の用件のようです」
早朝、船室の扉をノックする音でアスールとギルベルトは目を覚ました。
二人の船室にフレドが訪ねて来たのだ。扉を開けて入って来たフレドは、左肩にホルクを乗せている。
ギルベルトがフレドから手紙を受け取った。
「一番お若い方か。この “事案” って……つまりは、アスールに関することだよね?」
「そうだと思われます」
「敢えて名前を書いていないということは、この手紙が誰かに奪われる可能性もあるってことかな?」
「まあ、無いとは思いますが、最悪の場合を懸念してのことでしょうね」
眠い目を擦りながら、一体全体何が起きているのかと不安気な表情で自分の方を見ているアスールに、ギルベルトは小さな手紙を渡した。
「兄上? これはどういうことですか?」
アスールの目は辛うじて開いてはいるものの、頭はちっとも回っていないらしい。
「まだ眠そうだね、アスール。残念ながら僕にも、その手紙だけじゃ詳しいことまでは分からないよ」
話し声が漏れ聞こえたのだろう、向かいの部屋の扉が音も無く開いて、側仕えの二人が顔を出した。既に二人とも完璧に身支度を終えている。
「おはようございます、ギルベルト殿下。もうお召し替えになりますか?」
「そうだね。頼むよ、フーゴ」
ダリオも孫のフーゴと一緒に一旦部屋へと入って来たのだが、寝台にボーっと座っているアスールを見ると、静かにまた部屋を出て行った。
「後数時間もすればジェガの港に到着する予定です。エルンストの手紙の指示通り、アスール殿下はこの部屋から出ずにお待ち下さい」
「……分かりまし、た」
それだけ言って、アスールはそのままパタリと寝台に倒れ込んだ。そして、すぐに気持ち良さそうな寝息が聞こえ始めた。
「もうラモスも起きていますし、続きは私の部屋の方で話しましょうか」
「その方が良さそうですね」
ギルベルトは寝ているアスールをそのまま残して、静かに部屋を出て行った。
次にアスールが目を覚ましたのは、食器の音と、淹れたての紅茶の良い香りに気付いたからだ。目を開けると、ダリオが朝のお茶を用意してくれていた。
「おはようございます、殿下」
「ふわぁぁ。おはよう、ダリオ。……あれっ、兄上は?」
大きな欠伸をしながら辺りを見回したが、部屋のどこにもギルベルトの姿は見当たらない。
「ギルベルト殿下でしたら、バルマー侯爵の御部屋で御座います。殿下、御茶を御召し上がりになりますか?」
「そうだね、頂こうかな」
ダリオの淹れてくれたお茶を飲んでいるうちに、段々と頭も冴えてきて、アスールは朝方の出来事を思い出した。
「そうだ!バルマー侯爵が、何か言ってたっけ……。えっと」
「アスール殿下はジェガの港に入港後、御部屋からは出ずにヴィスマイヤー卿を御待ち下さい。との事です」
「ああ、そうだった。もうそろそろ港に着くの?」
「おそらく、後一時間も掛からないと思います」
「そうなんだ」
アスールはお茶のお代わりを貰った。
「アーニー先生はホルクを飼っていたんだね。ちっとも知らなかったよ」
「ヴィスマイヤー卿がクリスタリアを離れる際に、フェルナンド様が大量のセクリタの原石と共にホルクを一羽差し上げたようです。きっと先程のホルクがそうでしょう」
クリスタリア国以外では、ホルクという鳥の存在も、その価値もまだまだ広く知れ渡っていないと、以前フェルナンドが言っていたのをアスールは思い出していた。
そもそもホルク便に必要不可欠な魔鉱石の “セクリタ” がクリスタリア国内でも極限られた鉱山でしか採取できないのだから、どれ程有能でも他国にホルクが波及するのは酷く困難だろう。
ちなみに、アリシアもハクブルム国への輿入れの際に、一組のホルクの番を連れて出ている。
アリシアの場合は実家であるクリスタリア王家を通して、セクリタの原石を必要なだけ入手することも可能だ。
そういった強固な後ろ盾でも無い限り、ホルクをクリスタリア国外に持ち出せたとしても、結局は宝の持ち腐れになるだけだろう。
「ピイリアは、元気にしているかな……」
今回の旅にギルベルトは自分のホルクであるシルフィを一緒に連れて来ているが、アスールはピイリアを城の厩舎に置いてきていた。
フェルナンドからピイリアを連れて出ることを反対されたのもあるが、アスール自身も、まだ若いピイリアをあちこち連れ回すのを躊躇ったのだ。
「ローザ様に御世話を御願いされたのでしたよね?」
「そうだよ」
「でしたら、何も心配は要りませんね」
「……だと良いけど」
アスールが着替えを済ませ、下船準備を終える頃になって、ようやくギルベルトが船室へと戻って来た。ギルベルトはシルフィを連れている。
「兄上、もしかして、今からシルフィをどこかへ飛ばすのですか?」
「違うよ。ちょっと前に戻って来たところなんだ」
「えっ?」
「実はね、ジルさんに頼まれてシルフィを貸していたんだよ」
ギルベルトはシルフィが飛行中に怪我など負っていないか翼を丹念にチェックしている。
「クリスタリア国外での飛行は初めてだからちょっと不安だったけど、無事に帰って来てくれてホッとしたよ」
「長距離の飛行飛だったのですか?」
「どうだろう。行き先はヴィスマイヤー卿のところだったんだけど、卿が今どこに居るのか僕は知らないからね」
ホルクは首に取り付けたセクリタを頼りに飛行するので、例え依頼主が相手の所在を知らなくても、セクリタさえ持たせていれば探し出して手紙を届けることはできる。
ちなみに、シルフィやピイリアのように雛の頃から特定の個人が育てあげたホルクであれば、例えその主人のセクリタが無くても主人の元に戻ることも可能なのだ。帰巣本能と同じような感覚だろうか?
「そろそろジェガの町が見える頃かな……」
ギルベルトが船室の扉を開けた。
「さっきジルさんから聞いたんだけど、海から見るジェガの街は必見らしい。見逃したらきっと後悔するって言っていたよ」
「そうなんですか?」
「ヴィスマイヤー卿の手紙にはああ書いてあったけど、港に近付く前に部屋に戻っていれば大丈夫でしょ。一緒に見に行かない?」
「そうですよね。行きます!」
デッキに出てみると、既にデッキ上には景色を見ようとする人たちで溢れかえっていた。
「どうです? 見逃したら後悔する景色と私が言ったのは、全然大袈裟では無かったでしょう?」
すぐ後ろから声をかけられ振り向くと、ジルとフレドが並んで立っていた。
ジルが絶賛するジェガの街は、海に向かって扇状に広がる斜面にあった。その斜面を覆い尽くすかのように、色とりどりの家々が所狭しと軒を連ねて建っているのだ。
「うわあ。随分と可愛らしい町ですね!」
「そうだね。ローザが一緒に来ていたら、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだだろうね」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。