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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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25 船倉の小さなネズミ(2)

「お願い、殺さないで!」


 意外にも、少女の口から出た助命を乞う言葉はクリスタリア語だった。


「まさかお前……クリスタリア人なのか?」

「そうです」


 ジルは少女の返事を聞くと剣を鞘に収め、右手で少女の腕を掴み、その場に立ち上がらせた。少女は引っ張られた勢いで一瞬よろけたが、どこか怪我をしている風でも無く、自分の足でしっかり立っている。


「何故こんなことをした? 勝手に船に乗り込んで……これは密航だぞ。分かっているのか?」

「お願いです。私をあの町に戻さないで!」

「お願いって言われても……」

「掃除でも、雑用でも、私にできることなら、何でもします! だから、どうか……。お願いです。あの店に私を返さないで! 絶対、あそこにだけは、戻りたくない!」

「店?」



 薄暗い中に居ても、少女が目に涙を浮かべながら必死に訴えかけていることがひしひしと伝わってくる。

 だが、今のアスールにできるのは、ただ黙ってその場の成り行きを見守ることだけだ。少女の啜り泣く音が船倉に響き渡る。



「ねえ、こんな狭くて薄暗い場所じゃ無く、続きはお茶でも飲みながら上の部屋で話さない?」


 ヒルダの明るい声に、やっと呼吸をする許可を得たかのように感じて、アスールはふぅっと息を吐き出した。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「私の名前はテレサ。年は十四歳です。三年前に家の近くで攫われて、その後でサスランまで連れて来られました。ウーレンという村の出身です」

「ウーレン?……聞き覚えはありませんね。どの辺りなのでしょう……」

「ウーレンは本当に小さな漁村なんです。私の家の他には四軒しかありませんでした」

「それなら、どこでも構いません。近くの町の名前は分かりますか?」



 皆でジルの部屋へと戻り、ヒルダが少女を椅子に座らせた。

 すっかり少女を怯えさせてしまったジルに代わって、フレドが少女から話を聞き出す役目を引き受けることになった。


「近くの町?……マードルという街に、一度だけ行ったことがあります」

「マードル? 今、マードルと言いましたか?」

「……はい」


 マードルと言う地名を聞いて、フレドの顔色が変わった。フレドは眉間に皺を寄せ、考え込むようにブツブツと何かを呟きはじめた。


「マードル。確かあの時……。ええと、三年前に攫われて来たと言うことは、当時はまだ十一歳ですね?」

「そうです。でも、攫われたのは私だけではありません」

「と、言うと?」

「一緒にお姉ちゃん。いつも私の両親が仕事に出ている間、私の面倒を見てくれていた近所に住むお姉ちゃんも一緒でした。……お姉ちゃんは確か十六歳だったと思います」

「その方は、今もサスランに?」


 テレサは下を向き、首を横に振った。どうやら行き先は分からないらしい。


「あの。人攫いの狙いは私では無く、本当はそのお姉ちゃんだけだったんだと思います。でも、一緒に居たから、喋られたら困るって言われて。船に乗せられてから、私の扱いについて言い争いになっているのを聞きました」

「やはり、船ですか。その船には、他にも同じように攫われて来た女性が乗っていたのではないですか?」


 テレサは驚いた顔をフレドに向けた。


「はい、その通りです。船には私たちより前から五人居て、私たちの後にまた三人来ました」

「と言うことは、貴女を含めて……十人」

「そうです」


 フレドはテレサの答えを聞いて、大きな溜息を吐いた。


「実際には、届出以上に沢山の被害者が居たってことか……」



 アスールには思い当たることがあった。三年前。船。人攫い。海岸。


「もしかして、それってロー」


 途中まで言いかけたアスールに向かい、フレドが自分の人差し指を唇に当て、それ以上は何も言わないようにと合図を送ってきた。

 この場でローザの名前が出るのを避けたかったようだ。



「サスランに到着後、貴女や一緒に攫われたお姉さん、それから他の女性たちがどうなったのか何か知っていることはありますか?」

「はい。船を降りると、港で待っていた男たちに皆連れて行かれました。行き先は “花街” です。私はすぐには役に立たないと言われ……下働きとしてそのうちの一軒に引き取られました」

「そこは、お姉さんとは別の店だったんだね?」

「はい」

「じゃあ……」

「それっきり会っていないので、お姉ちゃんが今どこでどうして居るかは分かりません」


 テレサの目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「でも、私が下働きとして働いていた店に居たクリスタリア人の女性の一人は、店のお客様に気に入られて、その方の国へ移ったと聞きました」

「身請けされたってことか?……本当にそうならまだマシだけどな」


 ジルが吐き捨てるように言った。



「ところで、君はどうやってこの船に乗り込んだんだい? 筏に乗らなきゃ、この船まで来られなかったって言うのに」


 フレドは凍りついた場雰囲気を和らげようとでも考えたのだろう、明るい口調で話題を変えた。


「筏に直接乗った訳ではありません。荷物に紛れました」



 テレサは人目につかないように木箱の中身を海に投げ捨て、空にしたその木箱に自分が収まって船に乗り込んだと言った。

 ジルがチッと不機嫌そうに舌打ちをする。テレサが今にも泣き出しそうな顔でジルを見ている。


「ああ、大丈夫よ。貴女が選んだ箱、あれがもし別の箱だったら、兄さんはここまで機嫌悪くなっていなかったと思うわ」


 ヒルダが可笑そうにそう言った。


「貴女が海に投げ捨てたリンゴ。あれ、兄さんの大好物なのよ」


 それを聞いてフレドが吹き出した。横でラモスも必死に笑うのを堪えている。



「悪い、悪い。つい笑ってしまったよ。まさかリンゴが好物だったとは思わなかったんでね。それにしても、貴女は非常に運が良いね。密航に選んだ船がたまたま母国クリスタリアの船だったなんて!」


 フレドにそう指摘され、テレサはチラリとアスールの方を見た。


「実は、この船がクリスタリア国に関係あることは分かっていたんです。香木堂で……お二人がクリスタリア語で話しをしているのを耳にしたので」

「それで驚いて財布を落としたんだね?」


 ギルベルトがそう聞いた。


「はい。もしかすると村へ帰ることができるかもしれないと、あの時そう思いました。だから……」



 あの後、テレサは一旦店へと戻り、頼まれていた香木と財布を店に置いた。そして誰にも気付かれないよう、細心の注意を払って店から逃げ出して来たそうだ。

 着替えをする時間も、代わりの服もなかったので、港で自分が “花街者” だとバレないように途中で落ちていた麻袋を拾い、それを破いて服の上から羽織ったと説明した。



 テレサの店に居るのは十六歳から十八歳くらいの女の子ばかりだそうだ。それを過ぎると「いつの間にか居なくなってしまう」とテレサは言った。


 テレサたちがサスランに連れて来られて以降、他の国の女の子が店に連れて来られることはあっても、ぱったりとクリスタリア人の新入りは居なくなったそうだ。

 それはおそらく、ローザの一件で、事件に深く関わっていたプラシドファミリアの主要メンバーの大部分が逮捕されたからだろう。


 クリスタリア人の女の子はとても人気があるにも関わらず新しい子は入って来ない。人手不足で頭を抱えた店の主人は「十六歳になるまでは下働きとして置いてやる!」と言ってずっとこき使ってきたテレサの立場を一変させることに決めたらしいのだ。


「なんとしても逃げ出したかったんです。三日後に、私の店出しが決まったと告げられたので」

お読みいただき、ありがとうございます。

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