閑話 ヨハン・ガーレンの独白
俺の名前はヨハン・ガーレン。現在は王立学院の第三学年に在籍している。
ガーレン男爵家の長男。十三歳。
うちは貴族とは言っても、田舎の小さな領地で自給自足でなんとか領民たちと細々と日々を暮らしていっている程度の、王都で強風が吹けば何もかもふっ飛ぶような下級貴族だ。
ガーレン男爵家の歴史は浅い。
俺の父親は二代目ガーレン男爵。初代ガーレン男爵は俺の祖父に当たる人で、この祖父の戦場での働きが先王フェルナンド様に認められて男爵位を叙爵されたのがガーレン家の始まりだ。
祖父は大きな馬に跨がり、自分の背丈よりも遥かに大きい剣を振り回し、戦場を風のように駆け巡ったと聞いている。
とは言っても、俺にそう語って聞かせたのは初代ガーレン男爵の妻だった俺の祖母なのだから、どこまで信憑性のある話なのかは、正直言って分からない。
何せその祖父は、俺が生まれるよりも前にこの世を去っているのだから。
俺は、小さい頃から祖母に寝物語として毎晩のように聞かされていた祖父の話が好きだった。
まだ祖父が十歳にも満たない頃、村を襲った盗賊団をたった一人で打ち負かした話。先王フェルナンド様と一緒に祖父が戦場を飛び回った話。我が家の家宝の盾を、祖父がフェルナンド様から下賜された時の話。
祖母が俺に語って聞かせてくれた話はまだまだある。
そんな祖父の話を聞いて育った俺が、祖父のようになりたいと思わないはずはない。
祖父母には、俺の父親の他に娘が四人居る。俺の父親は祖父母にとって、年が行ってからやっと授かった待望の男児だ。
祖父は無学だったが、たった一人の息子だけは王立学院へ入学させた。
今ガーレン男爵を名乗っている俺の父親は、初代とはまるで正反対。
それが学院へ進学した影響かどうかは不明だが、父親はとても穏やかな性格で、本と魔導具が好きな男に成長した。
おそらく夢見がちな祖母に似たのだろうと思う。
俺はそんな父親ではなく祖父を目指している。
ガーレン男爵家には俺の他に三つ年下の弟も居る。家督は弟が継いでも良い。俺は王都で騎士になりたい。騎士になって祖父のように武勲をあげたい。
まあ、今のこの国に争いの火種など無いだろうが。
騎士団に入るには、王立学院に入学し、第四学年時のコース選択で騎士コースに進み、学院を卒業するのが最短かつ最上のルートだと聞く。
俺はそれを信じて王立学院を受験した。
俺の入学時の成績は全体の十七位。
同学年が百人だから、まずまずの位置に居るようにも見えるが、上位はほぼ貴族だろう事を考えると、二十人しか居ない貴族の中では下から四番目と言う事だ。
第二学年終了時の成績は二十三位。俺よりも上に平民の子が五人も居たことに、正直言ってかなりの衝撃を受けた。
第三学年への進級前、とある侯爵家の次男が学院を自主退学したとの話を聞いた。前年の学年末試験の順位表から彼の名前が消えたことがその理由だと、まことしやかに囁かれている。
順位表に名前載るのは上位二十五位まで。その時、俺はギリギリの位置に居た。
第三学年に進級し、今日、定期試験の順位表が張り出された。
俺は、順位表の前から人集りが消えるのを待ってからそこへ向かった。案の定俺の名前は無かった。
俺はどうすれば良い? 学院を去って行ったあの侯爵家の次男の様に、俺も学院を去るべきなのだろうか?
どうやって寮の部屋へ戻ったか、記憶がはっきりしない。気付けば真っ暗な部屋にいつの間にか戻って来ていた。
部屋の扉がノックされる音に気付き、扉を開けると、そこにマティアス・オラリエが立っていた。
マティアスは第三王子のアスール殿下の側近候補と言われている男で、成績も優秀、剣術クラブでも一際腕が立つ。
寡黙な彼と俺とは、剣術クラブの練習中にほんの数回言葉を交わした程度の間柄だ。
扉を開けた俺に、マティアスは「騎士になりたければ一度の食事も疎かにするな!」とだけボソリと言うと、すぐに背を向け去って行った。
ああ、そうだ。俺はまだこの学院でやりたい事がある。
先ずは夕食を食べよう。全てはそこからだ。
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