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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
212/394

21 定期試験と成績掲示

「ちょっと見に来るのが早過ぎたみたいだね」

「ああ。まだ貼り出されていないみたいだな」


 講堂へ向かう広くて長い廊下は、成績上位者を確認しようとする学生たちで既に溢れかえっていた。

 前期の定期試験が全て終了し、今日は成績上位者の発表の日だ。各学年総合成績上位二十五名の名前が、得点と共に掲示されるのだ。



 個人の成績は翌日になれば担任教師より個別に配布されるし、もし追試験や補習授業がある場合はその旨そこに記載されている。

 だから、わざわざここへ来て順位を確認する必要は無いないのだ。

 それでもこれだけ多くの学生たちがこうして集まるのは、もちろん上位に入っているのが誰なのかを知りたいということもあるだろうが、名簿を見ることで試験が終わった解放感を味わいたいというのが本音なのではないだろうか。数日後には夏季休暇が始まる。



 学院の事務室に勤務する二人の職員が歩いて来ると、ざわざわとした喧騒の中で掲示を待っていた学生たちが無言で左右に避け、廊下にすっと一本の細い道ができた。


 職員たちは、第一学年の成績から順に貼り出していく。

 歓声があがったり、溜息が漏れたり、抱き合う者や、肩を落とす者、毎年恒例の光景が順に繰り広げられていく。



「……次だね」


 ルシオがアスールの耳元で囁いた。

 静まり返る中、職員が第三学年の丸められた順位表を掲示しはじめた。大きな用紙の左右に鋲を止め、職員が丸められた紙を広げると上位から順に名前が明らかになっていく。


 アスールは小さく息を吐いた。


「おめでとう! 主席を守ったね」


 横に居たルシオが、そう言ってアスールの肩を叩いた。


「ありがとう」


 バルマー侯爵の勉強会もあって、週末の度に王宮へ戻らねばならず、正直今回は定期試験の勉強にいつも程時間を割けなかった。言い訳をするつもりは無いが、結果を見て内心かなりほっとしている。


 案の定、今回二位との点差はほとんど無い。



「上位十人は……順位に変動はあるが、いつものメンバーだな」


 マティアスが呟いた。


 そのマティアスは四位。ルシオは前回の七位から今回は大健闘の三位に急上昇している。


「おっ。カタリナさんは七位だ! 今回も見に来てはいないみたいだけどね」


 第一学年の時に同じクラスだったサカイエラ侯爵家のカタリナ嬢が、今回は女子では一番上の成績のようだ。

 カタリナは我が道を行くタイプで、集団で行動したり、流行りに乗ったりしない。こういった成績の開示にも、おそらく興味は無いのだろう。



「あっ! 見てよ、アスール。レイフの名前が載ってる!」


 ルシオの指の先、丁度順位表の真ん中辺りに、確かに “レイフ・アルケーノ” とある。十四位だ。


 その時、廊下の向こう側でわっと歓声が上がった。声のする方を見ると、西寮学生たちらしい集団が、笑顔ではしゃいでいるのが目に入った。

 あの集団の中の数人の名前がおそらく順位表に書かれているのだろう。一心に順位表を見つめているレイフの姿もあった。

 順位表に名前の載ったらしいレイフを含めた数人が、周りの友人たちから少々乱暴にも見える祝福を浴びている。



「今回は二十五名中、平民が七人か。また一人落ちたな」

「消えたのは誰だ?」

「……ヨハンの名前が無いな」

「平民で一番成績が上なのは六位。Cクラスの奴か」


 近くに居た貴族たち数人がヒソヒソ話をしているのがアスールの耳にも聞こえてくる。

 上がる者が居れば、当然だが落ちる者も居る。ヨハンと呼ばれた当人は、どうやら今この場には来ていないようだ。



「アス兄様!」


 自分たちの順位表を見終えたのだろう、ローザがカレラと一緒にこちらへ向かって歩いて来る。


「お兄様の名前は……まあ、一番上に書かれていますね。おめでとうございます!」

「ありがとう、ローザ」

「あら。ルシオ様も、マティアス様も! 皆様、とても素晴らしい成績ですのね! カレラ様も主席ですのよ」


 ローザが満面の笑みを浮かべてそう言った。


「それで、ローザ様は?」

「ん? 私が何でしょう?」

「ローザ様は成績は如何でしたか?」


 マティアスが途中で制止しようとルシオの腕を引っ張ったことに全く気付く様子も無く、ルシオは何の躊躇も無くローザに聞いた。


「ああ、順位ですか? 私は八位です」

「えっ。八位? 十八位じゃなくて?」

「八位です、アス兄様! お疑いなら第二学年の順位表をご覧になって下さい」


 ローザは第二学年の順位表を指差して、ぷっと頬を膨らませた。


「ごめん、ごめん! 思っていたよりも良い成績で、ちょっとビックリしただけだよ」

「随分と失礼ですね。お祖父様に言いつけますよ!」

「ああ、それだけは止めて、ローザ様! これ以上訓練がキツくなったら、僕が耐えられないよ!」


 ルシオの真剣な(ふざけた)お願いに、ローザの顔に笑みが戻った。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「さっきの話だけど……」


 夕食の席で、周りを一通り見渡してからアスールは話し始めた。


「さっきの話って?」


 ルシオがデザートを頬張りながら聞き返した。


「順位表のところで名前が出ていた “ヨハン” って言われていたのは、ヨハン・ガーレンのことだよね?」

「そうだろう。貴族で順位表に名前の無かったのはアイツ一人だけだ。まだ夕飯を食べに来ていないな」


 答えたのはマティアスだった。


「アイツ? もしかして、マティアスは彼とは仲が良いの?」

「別に特に仲が良いわけでは無いよ。剣術クラブで一緒だから、会えば挨拶する程度だね」

「……そうなんだ」

「もしかして、アスールは彼が自主退学するんじゃ無いかって心配してるの?」

「えっ。どうだろう。……そうなのかな」


 正直アスールにもよく分からない。


「もう既に僕らの学年、一人減ってるもんね。順位表に名前が載ることって、僕ら貴族にとって、そんなに重要なことなのかな?」

「……貴族は体面を重んじるからな」


マティアスが吐き捨てるようにそう言った。


「学院を去らなきゃならないくらいに?」

「それは、その家庭にもよるだろう」

「ヨハン・ガーレンって、確か地方の男爵家の長男だったよね? 騎士になりたくてこの学院に入学したんでしょ?」

「そうだったと思う」


 アスールは、ルシオがそんな個人的な情報まで知っていることに心底驚いた。


「淑女コースに進んだほとんどのご令嬢たちがさ、第四学年生に進級した途端にあの順位表から名前が消えるって、二人は知ってた?」

「「知らない」」

「そうなんだよ。それって、淑女コースを選んだから急に手を抜いているってことでは無いんだ。もう順位を左右する勉強を必死にするよりも、別の科目に力を入れはじめるからなんだって。ほら、裁縫とかマナーとか。そういう科目って定期試験の点数に関係しないじゃない?」

「成る程」

「ねえ、アスール。騎士になるのに学院での成績って関係あるの?」

「……知らない。でも、騎士団に所属している騎士って、学院の卒業生ばかりだとは思う」

「だったら騎士団に入団するのに必要なのは、あの順位表に名前を載せ続けることじゃなくて、もっと別のことなんじゃないかな」

「ヨハンは魔力量は多いし、腕も良い。それに練習熱心だ!」


 マティアスのヨハンに対する評価を聞いてルシオはニッコリと笑った。


「学院を自主退学して自領に戻った時点で、少なくとも騎士団への入団は不可能になると思うよ」

「そうだな」

「強い身体を作るには、食事はきちんと食べた方が良いって伝えたあげたら良いんじゃない?」

「ああ、そうだな」


 マティアスは席を立つと、階段の方へと向かって歩き出した。

お読みいただき、ありがとうございます。

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