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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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20 ドミニクの婚約者

 バルマー侯爵の勉強会を終え、アスールとギルベルトは王宮本館の廊下を、二人の自室のある東翼へと向かって歩いていた。


 普段はあまり人とすれ違うことのないこの廊下なのだが、今日はやたらと忙しなく行き交う人を見かける気がする。

 どんなに先を急いでいたとしても、たとえ沢山の荷物を抱えていても、王子であるギルベルトとアスールが前から歩いて来れば、相手はサッと道を譲り、壁際で黙って礼を取らねばならない。

 二人が通り過ぎ、しばらくすると、その者たちはまた忙しそうに早足に去って行く。今日はそういった光景が目に付くのだ。



「なんだか城内が普段よりも騒ついている気がするのですが、もしかして、何かあったのですか?」

「へえ、よく気付いたね。アスール」


 前を歩いていたギルベルトが、感心したようにアスールを振り返った。


「ドミニク兄上の婚約者になる予定の姫君を迎える準備が始まったんだよ」


 そう言ってギルベルトは、二人の進行方向とは反対側にある西翼の方を指差した。



 第一王子のドミニクの婚約者は、隣国ガルージオン国の第十二王女のザーリア姫と決まった。

 正式な婚約の発表は、ザーリア姫がクリスタリア国へと移り住み、しばらくこの国に慣れた秋頃に執り行われる予定になっているらしい。


「姫君は、どうやら夏になる前にはこちらへ到着していたいみたいなんだ。王宮府の関係者は到着はもう少し先の話だと思い込んでいたようで、先週から、急ピッチで西翼の姫君用の部屋の改修工事が始まったんだよ」

「そうでしたか」


 ギルベルトの話では、ザーリア姫は西翼に部屋を与えられ、婚約式までの間、クリスタリア王家の一員となるための教育を受けなくてはならないそうだ。


「ザーリア姫は唯の貴族の令嬢ではなく、ガルージオン国の王女なのに、そういった教育を受ける必要があるのですか?」

「それはそうだろうね。逆にクリスタリア国の上位貴族の令嬢と結婚する方が、こういった教育は楽かもしれないよ。国が違えば、習慣やマナーもかなり異なるだろうからね」


 アスールはギルベルトの話を聞きながら、姉のアリシアがハクブルム国で同じように苦労しているのではないかと心配になった。


「アリシア姉上に関しては、アスールが想像しているような心配は全く無いと思うよ」


 まるでアスールの頭の中を見透かしたかのように、ギルベルトが笑顔でそう言った。


「姉上はハクブルム国に嫁ぐことを見据えて、何年もかけてお妃教育を受けていたからね」

「そうだったのですか。知りませんでした」

「姉上とクラウス殿下は、知り合ってから婚約までにかなり時間的な猶予があっただろう? そのお陰で、準備は万端だったってことだよ」


 時間があったのは、アリシアを他国に嫁がせたく無いカルロが、なかなか二人の婚約を認めなかったからだ。

 最終的にカルロが首を縦に振るまでにできた時間を使い、アリシアはしっかりとハクブルム国へ嫁いで以降の対策ができた訳だ。


「ああ見えて、姉上は結構しっかり者なんだよね」




 この日はパトリシアも体調が良いようで、東翼のダイニングルームには、久し振りに夕食の席にフェルナンドも含めた家族六人が勢揃いした。


「お父様、ドミニク兄様の婚約者となられるザーリア姫は、いつ頃この王都に到着されるのですか?」

「おそらくは七の月の終わりか、八の月の初めの頃だろうな」

「あら。その頃は……お兄様たちはタチェ自治共和国ですね?」

「そうだな。まだヴィスタルには戻って来ていないだろう」

「ザーリア姫がお着きになったら、お兄様たちが帰っていらっしゃらなくても、ザーリア姫に紹介して頂けるのかしら?」

「到着後、顔合わせの茶会くらいはエルダが開くだろうな。正式な披露目は後日だとしても紹介するくらいは構わないと思うよ」


 それを聞いて、ローザはパッと顔を輝かせた。


「お父様、姫君のお住まいは、王宮の西翼になるのですか? 今あちらの翼では改装工事が入っていますよね?」

「ああ、そうだね」

「ところで、姫君はクリスタリア語をお話になりますか?」

「完璧にとはいかずとも、それなりには話すのではないかな」

「でしたら、私ともお喋りして頂けるでしょうか?」

「時間が許せば、まあ可能だろう……」


 デザートが運ばれて来るのを待つ間、ガルージオン国からやって来る姫君に興味津々のローザは、こうやってカルロをずっと質問攻めにしているのだ。



「ローザ。言っておくが、ザーリア姫は遊びに来るわけでは無いぞ! あの姫はドミニクとの結婚式までにこの国のことについて多くを学ばねばならんのだ」


 ローザからの質問攻めに窮しているカルロに、フェルナンドが助け船を出した。


「存じておりますわ。お祖父様」

「おそらく、お前とお茶を飲んで楽しくお喋りをしている暇など、ザーリア姫には無いであろうと儂はそう思うぞ」

「ですが、一日中お勉強ばかりされるわけではありませんよね? 誰にだって、少しくらいは休憩が必要ですよね?」

「……まあ、そうじゃな」


 今度はフェルナンドの船が沈みかけている。


「ローザ。エルダ様の許可を頂いた上で、貴女の方からザーリア姫をお茶に誘ってみたらどうかしら?」

「お母様! それは素敵な考えですね。姫君が到着されたら、私、エルダ様にお伺いしてみます!」


 ローザはやっと納得したようで、皆がとっくに食べ終えてしまっている洋梨のコンポートを食べ始めた。



「ところで、父上。ドミニク兄上が賜るイーリア領とはどの辺りなのですか?」


アスールがカルロに尋ねた。


「イーリア領か。そうだなヴィスタルからだと馬車で四日もあれば着くかな。近くをリア川が流れる丘陵地の多い場所だよ。あの一帯には葡萄畑多くてね、クリスタリア国内でも有数の上質なワインの生産地だ」

「ああ、イーリア産の赤ワインは非常に美味い! あの時、儂もイーリアが欲しいと言ってはみたんだがな……。儂が賜ったのはハルン領じゃった」

「えっ。賜った? 離宮のあるハルンのことですか?」

「そうじゃよ。あそこは儂が結婚前に当時の王である父親から賜った領地だ。アスールは知らなかったのか?」

「えええ?」

「儂はハルン公爵でもある。ちなみにカルロはユーサス公爵でもあるぞ」


 そう言ってフェルナンドはニカっと笑った。

 ユーサスとはエルダやヴィオレータたちが毎年夏の休暇を過ごしている離宮がある土地の名前だ。

 アスールがポカンとしていると、ギルベルトが言った。


「この国の王子は、結婚が決まると一家の主となる証として国王から領地と公爵位を賜るのが慣わしなんだって」

「兄上はご存知だったのですね」

「いいや。僕もあの授爵式の日に知ったんだよ」



「アスールとローザが折角学院から戻って来ているのに悪いんだが……私はまだ仕事が残っているので、執務室に戻るよ」


 ローザがデザートを全て食べ終わったのを見届けると、そう言ってカルロは立ち上がった。


「父上もですよ。一緒にお願いできますね」

「なんじゃ、やっぱり儂もか?……まあ、仕方あるまい。どっこらせっと」


 フェルナンドも渋々といった調子だが椅子からゆっくりと立ち上がると、カルロに続いて扉へと向かった。

 だがドアノブに手をかけた瞬間、思い出したように振り返ると、満面の笑みを浮かべて言った。


「ああ、そうじゃ、そうじゃ。ギルベルト、アスール、二人とも呉々も明日の朝の訓練には遅れんようにな! おやすみ、ローザ」

お読みいただき、ありがとうございます。

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