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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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19 レイフ・アルカーノの密かな野望

「アスール殿下は、今日は奥のキャレルでお勉強はされないのですか? 殿下のご友人は、ここ最近毎日のように図書室に通われて、とても熱心にお勉強されていますね」


 本の返却を終え図書室を後にしようとしたアスールに、司書の先生がにこやかにそう言った。


「友人ですか?」

「ええ。よくご一緒されていますよね?」


(レイフのことかな?)



 ルシオは担任のアレン先生に頼まれて(捕まって?)この時間はまだ教室で次の授業の資料作成を手伝っている筈だ。

 そうなるとアスールにはレイフ以外に、他に図書室で一緒に仲良く勉強をするような友人に心当たりがあるかと聞かれると、残念ながら一人も居ない。


「彼は、毎日ここに来てるのですか?」

「そうですね。放課後になるとすぐに来て、最終下校のチャイムがなるまでずっと居ますね。彼、非常に熱心に勉強されていますよ」



 アスールはできるだけ足音を立てないように、そっと最奥のキャレルを目指した。

 司書の先生が言っていた通り、いつもの席に教科書を積み上げ、レイフは一人黙々と勉強をしている。

 しばらく書棚の影に隠れるように様子を見ていたが、レイフはアスールの存在に全く気付く気配が無い。


「何やってるの?」


 なんだかこんな風に隠れて様子を見ているのが馬鹿らしくなって来て、アスールは思い切って声をかけることにした。

 レイフはビクッと身体を震わせて振り返った。


「えっ。アスール?」

「ここ数日、毎日来てるんだってね?」

「……ああ。もしかして司書の先生から聞いたの?」

「熱心に勉強してるって、レイフのことを褒めていたよ」


 レイフは少し照れたような表情を浮かべると、そっと教科書を閉じた。教科書の下に置かれたノートには、レイフの癖のある細かい字で、文字がびっしりと書き込まれている。

 司書の先生が言っていた “熱心に” と言うのはどうやら本当のようだ。


「剣術クラブの練習はどうしたの? 今日は休みじゃ無いよね?」


 授業後、マティアスは今日も剣術クラブの練習に参加してくると言って急いで教室を出て行ったのをアスールは見送ったのだ。


「ああ、ちょっと訳あって……先週から朝の練習にしか参加していないんだ。今は、放課後の練習は休んでる」

「そうなの? あんなに頑張ってたのに?」

「代わりにはならないけど、昼休みに一応自主練だけはしているよ」


 マティアスが言っていたのを聞いたことがある。熱心な上級生が数人、昼休みにも自主的に集まって訓練をしていると。

 きっとレイフもそれに参加しているのだろう。


 アスールは書棚から本を一冊抜き取って、レイフの隣の席に座った。


「アスールはさ、いつも成績上位者として名前が張り出されているよね。まあ、毎回主席なんだから名前が載るのは当然なんだけど……」


 王立学院では年に二回、夏季休暇前と学年末に定期試験が行われる。

 その二回の試験終了後、それぞれが自分の試験結果を受け取るのと同時に、各学年毎に総合成績上位二十五位までの名前と点数が張り出されるのだ。



 王立学院は、どの学年も入学定員は百名。

 そのうち貴族が二十名前後、残りの八十名前後が平民の子どもたちだ。


 クリスタリア国では八歳になると、殆どの子どもたちは地域の学校へ通い始める。

 その中で吐出して成績の良い子や、魔力量の高い子どもがクリスタリア全土から集まり、王立学院を受験するのだ。

 王立学院の入学年齢は十歳なので、学院に在籍している平民の子どもの多くは、二年間地域の学校で学んでから入学してきていることになる。



「一番上のカミル兄さんはテレジアの学校に二年間通ってたんだけど、僕とイアン兄さんは学校へは行ってない。島で、あの勉強部屋で母さんやカミル兄さんたちから勉強を教わっていた()()なんだよね」


 レイフは “だけ” とは言うが、それだけで学院に合格したのだとすれば、イアンにもレイフにも()()があったことは間違いない。



 一方で貴族の場合はというと、子どもたちが小さな頃から家庭教師を雇っていることが殆どだ。勉強だけでなくマナーやダンス、音楽といった貴族の嗜みを、教科毎に雇われた数人の家庭教師から学ぶ。


 アリシアのように、そのまま学院に通わず家庭教師だけで学習を終える子ども中には居るが、現在学院に在籍している殆どの貴族家庭の子どもたちは、二十名の貴族入学枠に入るために、入学試験までに数年をかけ、かなりの勉強をして来ている筈なのだ。


 そうなると、必然的に学院入学時点で貴族と平民の子どもの間に学力差が出る。

 第一、第二学年生では、張り出される成績上位者二十五名の中に当然のようにズラリと貴族の子どもの名前が並ぶ。


 逆に言えば、そんな中で早いうちから上位者の名簿から陥落した貴族の子どもは、どう言う位置付けになるのか? 想像するのは容易いだろう。

 実際、アスールたちの学年にも、第三学年進級時に自主退学者が一名出ている。侯爵家次男のその彼は、第二学年になって以降、成績上位者から名前が消えていた。



 成績が上位二十五位以下の場合、貼り出されはしないが、試験後に受け取る成績表で自分の順位は分かる。成績表は各家庭にも送られて来る。

 アスールの記憶にある限り、入学から今まで成績上位者の一覧にレイフの名前が載ったことは一度も無かった筈だ。



「この学院に入るまでは、あんまり勉強って好きじゃ無かったんだよね。あの勉強部屋もはっきり言って面倒臭いと思っていたし……」

「えっ、そうだったの?」


 そのレイフの発言はアスールには意外なものだった。島の勉強部屋で見たレイフの様子からは、そんな感じはしなかったように思う。


「この学院にはさ、魔導実技演習とか、調合とか、実験とか、いろいろと面白い授業があるじゃない? それからなんだよね、勉強が楽しくなったの」



 レイフは小さな声でアスールに打ち明けた。彼が入学後最初に受け取った成績は五十四位だったそうだ。


「まあ、殆ど試験勉強なんてしないで定期試験を受けたからね」


 アスールとルシオが最初に島へ遊びに来たのは、その成績表を受け取ってすぐのことだ。

 リリアナから頼まれて、三人で勉強部屋で子どもたちの面倒を見ることになったが、すぐ横で見ていてアスールとルシオの教え方の上手さに感心したそうだ。


「今だから白状するけど、正直二人との差に愕然としたよ。学力だけじゃなくて、いろんな意味で……」

「そうだったんだ」

「実はさ。第二学年の学年末試験の成績、二十六位だったんだよね。後ほんのちょっと点数が取れていれば成績上位者一覧(あそこ)に名前が載ったのになぁ」


 レイフはそう言ってあっけらかんと笑っているが、内心はかなり悔しかったのだろう。



「今度の試験の後、成績上位者一覧(あそこ)に載っている僕の名前を見付けて目を丸くして驚くアスールたちの顔を見たかったんだけどな。内緒で勉強してるのがバレちゃったね」


 レイフはそう言って悪戯っ子のように笑った。



「ねえ、やっぱり寮の部屋、個室に移動した方が良かったんじゃないの?」


 前にレイフが、寮のうるさい部屋よりも図書室で勉強した方が集中できると言っていたことをアスールは思い出していた。


「まあ、それはそうなんだけどね。いろいろあるんだよ」


 定期試験まで、あと一ヶ月弱だ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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