17 その後のヴィオレータ
「アスール、知ってる? ヴィオレータ様が選択されている授業の話」
今日も新しい噂話を仕入れて来たのはやっぱりルシオだった。
「姉上の選択授業? もしかして “淑女コース” に所属しているのにも関わらず “騎士コース” 並みの授業を受けているって話だったりする?」
「なんだ、やっぱりもう知ってたんだ」
知っているも何も、アスールはヴィオレータ本人からその計画を前もって聞かされている。
ヴィオレータは本当は “騎士コース” への進級を希望していたのだ。
だが、自分が王女という立場であること、両親から反対されたこともあって、最終的には “淑女コース” への進級を決めた。
ところがヴィオレータは時間割りを上手く利用して、“淑女コース” に席を置きながら “騎士コース” の授業を中心に受講するという、今までに誰も考えなかったような裏技を使ったのだ。
「学院の先生方はこの選択方法をよく受け入れたよね」
「姉上もこればかりは賭けだって仰ってたよ」
「ってことは、ヴィオレータ様は自ら仕掛けたその賭けに見事に勝利したってことなんだね!」
学院としては、過去に例の無いこの特殊な科目選択方法を許可するかどうかで多くの職員が招集され、会議はかなり紛糾したらしい。
それはそうだろう。これでは “淑女コース” とは名ばかりの “騎士コース” になってしまうのだから。
最終的にヴィオレータは希望する “剣術” や “馬術” を選択しつつ、可能な限り授業の重ならない淑女コースの授業も受けるということで決着したのだ。
「それで? ヴィオレータ様はどんな授業を受けているんだ?」
普段から剣術クラブでヴィオレータと顔を合わせているマティアスが、珍しくルシオの拾ってきた噂話に興味を持ったようで話に加わってきた。
「確か、ダンスと音楽とマナーだったかな。他にもあった気がするけど、それ以上詳しくは僕も聞いていないよ」
「あはは。上手く “刺繍” や “裁縫” からは逃げ切ったんだね」
「姉上の話によると、その二つとは、良い感じに “剣術” と “馬術” の時間割りが重なったって喜んでいたよ」
「でも、そんな選択科目を陛下やエルダ様はよくお許しになったな」
マティアスがボソリと呟いた。
「許すも何も、お二人とも何も知らされていなかったんだ」
「「本当に?」」
学院から連絡が入って、カルロは初めてヴィオレータのこの企てを知ったのだ。
ヴィオレータが最終的に淑女コースに進むことを納得したとばかり思って、すっかり安心しきっていたところに学院から連絡が入り、カルロは慌ててヴィオレータを王宮に呼び出した。
だが、ヴィオレータはカルロの呼び出しに応じなかったのだ。
エルダは娘の反抗的な態度に怒り心頭で、あわや学院に乗り込まんばかりの勢いだったと、先日会った時に兄のギルベルトから聞いたばかりだ。
結局、フェルナンドが間に入ってなんとかエルダを収めたらしいが、しばらく王宮西棟に勤める侍女たちが怯えながら日々を過ごしていたそうだから、エルダの怒りは相当なものだったのだろう。
ギルベルトが「見た目はそうでも無いけど、あの二人、中身は本当に似た者母娘だよ」と苦笑いを浮かべながら言っていた。
「それにしても……もう新年度の授業が始まって随分経つのに、どうして今になって姉上の選択科目が噂になっているんだろう? やっと静かになったのに……」
「あはは。アスールがそんな顔をする程、王宮はごたついたんだね?」
アスールの心の声は、どうやらうっかり漏れ出ていたらしい。
「……まあね」
「その理由は、ヴィオレータ様が剣術と馬術の実技試験で一位を取ったからだと思うよ」
「そうなの?」
「圧倒的だったみたいだよ。クラスの女子たちがあんなに興奮して話していたのに、アスールは全然気付いてなかったの?」
「……知らなかった」
「見学可能だったからだね」
次年度のコース選択の参考になるようにと、毎年この時期、多くの実技の授業が見学可能になっている。アスールも希望している “文科コース” の前期の公開授業をいくつか見学に行った。
ヴィオレータが圧倒した剣術と馬術の実技試験にも多くの見学者が訪れていたらしい。
そんな中、一応所属的には “淑女コース” のヴィオレータが、騎士コース所属の女子学生を抑えて、剣術、馬術共に、圧倒的大差をつけて優勝したそうだ。
「ヴィオレータ様は前々から低学年の女の子たちに人気があるもんね。その公開授業だって、見学していたのは騎士コース志望の子だけじゃ無かったらしいし」
「剣術クラブにも女子の入部希望者が増えてるぞ」
「それって、姉上目当てってこと?」
「中には、そういうのも居るかもしれないな。でも騎士を目指す女性が増えてきているのも事実だと思う。実際、剣術クラブ内でも同学年では向かうところ敵無しって感じだ。今年に入ってからは特に。ヴィオレータ様は練習にも積極的に参加されているし、なんだか最近ちょっと雰囲気が変わった気がするよ」
マティアスの中でのヴィオレータの評価はかなり高いようだ。
「そんなヴィオレータ様を見て、今までは諦めていたけど、少しでも可能性があるなら挑戦してみようと思う子たちが出てきているのかもしれないね」
「王族ってだけでも影響力は大きい上に、ヴィオレータ様には実力が伴っているからな」
「今後 “仮面淑女コース” が増えるかもね」
ルシオはそう言って楽しそうにケラケラ笑っているが、実際そうなったら笑い事で済む話では無い。まあ、そうは言っても、実際にヴィオレータ程の行動力のある貴族の女の子がそうそう居るとも思えないが。
ヴィオレータとは母親が違うせいか、アリシアやローザとは全く似たところが無いとアスールは前々から思っていた。
自分の意思や意見をストレートに表現するし、明らかに対立するのが分かっていても言いたいことをはっきりと言う。見ていてヒヤヒヤすることすらある。
以前フェルナンドが「あれが王子だったら……」と言っていたのを聞いたことがあるが、ヴィオレータの行動力と決断力は、ある一面では称賛に値するとも思う。
(そういえば、姉上の留学の話はどうなったんだろう……)
その後、進展はあったのだろうか?
留学に関しても、ヴィオレータはカルロにもエルダにも一切相談してはいない筈だ。今回の選択科目でさえこれだけの騒ぎになったのだから、国外への留学なんて話があの二人の耳に入ったら……。
考えただけで恐ろしい。
「話は変わるけど……マティアスって馬には乗れるの?」
突然ルシオが話題を変えた。
「馬? 障害物を飛び越えたりする競技性のある種目は無理だけど、その辺を走らせるくらいだったら領地に居た時に乗っていたよ」
「……そうなんだ。凄いね」
「まあ、オラリエ領は王都周辺とは違って田舎だからな。移動手段として馬に乗るのは都合が良いんだ。ルシオは? 乗れるんだろう?」
「僕? 恥ずかしながら僕は馬には乗れないんだよね。というか、一度も乗ったことないよ」
マティアスはルシオの返答にかなり驚いたようだ。
想像するに、オラリエ領やその周辺に暮らす者たちにとって “馬に乗れない” とは “移動手段が無い” に等しいのだろう。
「やっぱりルシオは都会っ子なんだな。確かに、ヴィステルで暮らしていたら馬に乗って移動する必要性って殆ど無いもんな」
馬車で移動することはあっても、騎士でもない限り、王都で馬に乗っている人など滅多に見かけない。
「そういえば、王都に来てからは一度も馬には乗ってないな。どこか近くで馬に乗れるところってあるのか?」
「騎士コースだったら、来年になれば乗馬の授業が必修科目としてあるでしょう?」
「それはそうだけど、その前に」
「馬に乗りたいの? だったら王宮の馬場に行けば良いじゃない」
アスールの何気ない台詞に、マティアスとルシオが揃ってアスールを見た。それから二人は互いに顔を見合わせて笑っている。
「時々忘れそうになっちゃうけど、アスールってやっぱり王子様だったんだよね」
「何、それ?」
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