15 王子と王女の小遣い事情
「もう雛の心配をしなくて良くなったのだから、今後は毎週王宮に戻って鍛錬に参加するようにだって。僕はちゃんと伝えたからね!」
学院に戻った翌日、アスールは授業が終わるのを待ってルシオとマティアスにフェルナンドからの伝言を伝えた。
「うわー。聞きたくなかったよ」
ルシオが頭を抱えて机に突っ伏した。
「参加しないつもりじゃ無いだろうな? ルシオは分かっていないようだが、フェルナンド様から直に指導を受けられるなんて、凄く光栄なことなんだぞ!」
フェルナンドに心酔しているマティアスは久しぶりのフェルナンドからの鍛錬の誘いに目を輝かしている。
「分かってるって。分かっては居るけどさ……。せめて以前みたいに、隔週じゃ駄目かな?」
「それはお祖父様に直接聞いてみてよ」
「直接?……はあ。それができれば苦労はしないよ」
「レイフも誘うんだろう? この後剣術クラブの練習で会うから、僕からレイフに伝えておこうか?」
「大丈夫。明後日授業で会うから、その時に僕から伝えるよ」
「分かった。じゃあ、僕はクラブに行ってくる。また夕食の時に」
「そうだね、また後で」
余程フェルナンドからの誘いが嬉しかったのだろう。教室を出て行くマティアスの足取りが、いつもよりなんとなく軽快な気がする。
「はああぁぁ。僕も今日は料理クラブに顔を出してから帰るよ。後でね、アスール」
「分かった。後でね」
アスールはマティアスとルシオを見送った後、教室で少し読書をして時間を潰してからホルク飼育室へと向かった。
週初めの風の日には、健康チェックを受けるため、ヴィオレータが雛を連れてホルク飼育室を訪れているからだ。
アスールも段々と成長していく雛の様子が見たくて、ヴィオレータが行く日に合わせてピイリアの餌の受け取りをするため飼育室に通っていた。
「アスール!」
受付に入って行くと、アスールに気付いたヴィオレータが手を振っている。
「こんにちは、姉上。雛はまだ中ですか?」
アスールは飼育室の奥を指差した。奥にはホルクの飼育スペースがあり、飼育室で生まれた雛たちは皆そこに居るのだ。
「ええ、そうよ。アスールは餌の受け取り?」
「はい。それから、姉上に雛を見せて貰おうと思って。もう随分大きくなったでしょう?」
「そうね。部屋の中を少し飛んだりできるようになってきたわ」
そんな話をしていると、健康チェックを終えた雛が戻って来た。
「本当だ! 随分と大きくなりましたね」
「そうでしょう! 餌も凄く食べるのよ!」
「ルシオに似たんじゃないですか?」
「ルシオ? チビ助では無くて?」
「ああ、そうですね!」
二人は顔を見合わせて笑いだした。鳥籠の中で雛が笑い転げている二人を首を傾げながら見ている。
アスールはピイリアとチビ助の餌を受け取り、二枚の書類にサインをした。
寮への帰り道、軽々と鳥籠を運んでいるヴィオレータにアスールは毎回驚かされる。
確かにピイリアを引き取った時、アスールはまだ学院に入学したばかりだった。ルシオと二人、やっとの思いで重い鳥籠を抱えて寮までの道を歩いて帰ったのに……。
第四学年生で剣術が得意とはいえ、ヴィオレータは女性だ。なのに、この余裕はなんなのだろう。アスールは思わず自分の腕を見た。
「ねえ、アスール。その餌を受け取る時に書類にサインをしていたでしょ。支払いはどうしているの?」
アスールはヴィオレータの声に我に返った。
「えっと、支払いですか? 餌は無くなったら都度ホルク飼育室へ行って、毎回さっきのように書類にサインをして受け取ります。支払いは月末にダリオがルシオの分もまとめて支払ってくれています」
「そうなのね」
「引き取りの際に姉上が支払った初期費用の中に、健康チェックや今食べさせている雛用の餌代は含まれている筈ですよ。僕もさっきみたいに書類にサインをして餌を受け取るようになったのは夏季休暇明けからでした」
「ねえ、聞いても良いかしら。餌代は……貴方が自分で支払っているの?」
「餌代ですか? はい。父上から頂いている小遣いの中からダリオに渡しています」
「じゃあ、ピイちゃんを買い取った時のお金はどうしたの? 私は貴方から無償で雛を受け取ってしまったけど……」
ヴィオレータは、もしもピイリアを買い取った費用をアスールが負担していたのなら、自分もアスールに幾らか支払った方が良いのではないかと考えていたらしいのだ。
「僕も餌代以外は全て父上に支払って頂きました。ピイリアの代金も、鳥籠代も、それから、ベランダの鳥小屋設置工事に関する費用も全てです」
「そうなのね。なら……良かったわ」
ヴィオレータはホルクを譲って欲しいとアスールに頼んだものの、費用のことまで考えていなかったのだろう。アスールの答えを聞いて明らかに安堵した表情を浮かべた。
「姉上は、兄上のシルフィが密猟者から奪還した卵から孵ったホルクなのはご存知ですよね?」
「ええ、以前お祖父様から聞いたわ」
「兄上もベランダの工事費用は父上が支払ってくれたそうなんです。その代わりにホルクを飼う以上、今後かかる餌代は全て自分の小遣いから支払うように言われたと聞きました」
「……そうだったの」
「ちなみに、ピイリアよりもチビ助の方が沢山餌を食べるので、ルシオの方が餌代を多く支払っていますよ」
ヴィオレータは笑った。
「ああ、そうだ! 後、飛行訓練を始める時に “鳥笛” を購入しました。餌代以外にかかる費用は……それ位ですね、多分」
「分かったわ。ありがとう、アスール」
「いいえ、どういたしまして。また何か不明点があれば、いつでもお尋ね下さい」
ー * ー * ー * ー
「それで? あの雛は大きくなっていた?」
「随分大きくなっていたよ。もう室内を少し飛んだりするって姉上が仰っていたよ」
「へえ、僕もアスールと一緒に飼育室へ行けば良かったな」
夕食を食べ終えてから、アスールとマティアスはルシオに誘われて談話室へとやって来た。
入学式からしばらく経って落ち着いて来ただろうからと、下の妹をマティアスに紹介する気になったらしい。
「ああ、来たよ!」
こちらへ向かって歩いて来ているのは、ルシオの妹のカレラとマイラだ。
「お待たせして申し訳ありません」
そう言ったのはカレラだ。マイラはカレラの後ろに隠れるように立っている。ルシオはそんなマイラを強引にカレラの前に引っ張り出した。
「マティアス。こっちが僕の下の妹のマイラだよ。マイラ、彼はマティアス・オラリエ。僕とアスールの親友」
「マイラです。いつも兄がお世話になっております」
マイラは小さな消え入りそうな声で短い自己紹介を終えると、耳まで真っ赤にして、今度はカレラの腕にしがみついた。
「はじめまして。オラリエ辺境伯家三男のマティアスです」
マイラは小さな頃から恥ずかしがり屋の人見知りで、兄のルシオがアスールのところに入り浸っていたにも関わらず、滅多に王城へも遊びに来なかった。そうなると姉のカレラも王城へは来られない。
それもあって、入学前のローザに同じ年頃の友人ができなかったのだ。
「あれ? そういえばローザは? 一緒じゃないの?」
「ローザ様でしたら、ホルクの雛を見に行かれる約束をされているようで、ヴィオレータ様のお部屋に向かわれました」
カレラが答えた。
「……そうなんだ」
「最近は、夕食後は大抵ヴィオレータ様のお部屋で過ごされているようですよ」
「ええ。そうなの?」
(小さな雛が可愛いのは分かる。だが、毎日のようにローザが押しかけていては姉上も困るだろうに……)
「はあぁ。ローザには今度、僕から注意しておくよ……」
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