12 封筒の中身とヴィオレータの思惑
「……父上は本当にお忙しいのですね」
「そうだね。このところずっとあの調子だよ。昼食は簡単に口にできる物を執務室に運ばせて、簡単に済ませることが多いようだし、夕食も最近はご一緒できていないね」
「あやつは、少し真面目過ぎるな!」
この日、夕食の席に着いたのは、アスールとギルベルトとフェルナンドの三人だけだった。
カルロは王宮府幹部たちとの会合に出席。パトリシアは体調が思わしくない為、食事は自室で済ませると側仕えを通して連絡があった。
「今日は、こうしてアスールが居るから賑やかで良いな」
「そうですね。ここ最近はお祖父様と二人きりか、一人で食べる日も多かったですから」
「アリシアがハクブルム国へ嫁に行ってしまってから、この城も随分と寂しくなってしまったからな……。ローザの学院入学も重なったし。そうだ、アスール。ローザは何故今週はお前さんと一緒に帰って来なかったのだ?」
「その件でしたら、明日は友人たちと皆でリルアンまで遊びに行くそうですよ」
「友人たちと?……まあ、それならば仕方あるまい」
フェルナンドは相変わらずローザに甘い。
できれば毎週王宮に戻って来て貰いたいと考えているのだろうが、僅か五年しかない学院での生活や、そこでしか得られない友人関係を大事にして欲しいとも思っている。
「来週末は、ローザと一緒に戻って来ますね」
「ああ、そうしてくれ。ローザのあの明るい声を聞けば、パトリシアも少しは元気が出るだろうからな」
夕食を終え、三人はそのまま談話室へと移動した。
「あっ、そうだ! ヴィオレータ姉上からお祖父様への預かり物があるんでした!」
アスールは鞄から分厚い封筒を取り出すと、それをフェルナンドに手渡した。
「ああ、これか。確かに受け取った」
そう言うと、フェルナンドは受け取ったばかりの分厚い封筒を豪快に破って開けると、中身をざっと確認している。中身はいくつかに束ねられた書類のようだ。
フェルナンドはその書類の束の中から小さな封筒を見つけると、今度はそれを開封して読み始めた。
分厚い封筒の中に入っていた書類の束はフェルナンドの手によって放り投げられ、テーブルの上に散乱している。
「……学院案内? マルテーラ公国とメーラ?」
ギルベルトの呟きがアスールの耳にも届いた。
「それらは他国にある貴族向けの学院の資料じゃよ。メーラ国立高等学院、マルテーラ公国の女学院、ダダイラ国立高等学院、ガルージオン国立学校の全部で四つだ」
「まさか、ヴィオレータは留学を希望しているのですか?」
「そうだ」
「本気ですか? お祖父様がその資料をヴィオレータの為に用意されたのですか?」
ギルベルトは驚きを隠すことなくフェルナンドに質問を投げかけた。
「ああ。だが、この件に関してヴィオレータは、カルロにはもちろん、母親のエルダにも全く何も相談しておらん。あの子が話す気になるまでは、まだ秘密にしておいてやってくれ」
「……分かりました」
そう返事をしたきり、ギルベルトは考え込むかのように黙り込んでしまった。
「クリスタリアの王立学院には毎年数名の留学生が他国から来ていますよね? 先日もラキア国から来たという兄弟に会いました。クリスタリアから他国へ行く人も居るのですか?」
「ラキア国からの留学生が来ておるのか? ほう、それは珍しいな」
フェルナンドは読んでいたヴィオレータからの手紙を封筒に戻している。
「はい。とても感じの良い兄弟でした。……あの、お祖父様。この学院案内を見てもよろしいですか?」
「ああ、構わんよ」
アスールは一番手前にあったメーラ国立高等学院の案内を手に取った。
学院案内自体は当然それぞれの国の言葉で書かれているのでアスールには細かい内容は分からないが、見ているだけでもなかなか面白い。
最後の方の数ページには、大まかな内容らしきものをクリスタリア語に翻訳したものが添付されている。
「クリスタリア王立学院へとやって来る留学生は多いけど、逆にこの国から他国へ留学に行く学生はほとんど居ないよ」
翻訳文を熱心に読むアスールの横でギルベルトが喋り始めた。アスールが顔を上げ、ギルベルトの話に耳を傾ける。
「クリスタリア王立学院は五年制なのに対して、他所の国の学院の多くは六年制なんだよ。それに成人年齢もこの国では十五歳だけど、国によっては十六歳だったり、十八歳だったりとまちまちだしね」
つまりはこういうことのようだ。
クリスタリア王立学院は五年制で、その五年間にかなりの量のカリキュラムをこなさなければならない。
他国へ留学を希望する場合、学院が他国で取得した単位を認めていない為、どうしても卒業に必要な単位の履修が不足してしまう。
その上クリスタリア国は、成人年齢が十五歳のため、最終学年在籍中に成人を迎えてしまうというのも問題らしい。
他国へ留学するには、学院を卒業後に成人してから改めて留学する方法。学院を休学して留学し、成人後に皆より一年遅れで学院を卒業する方法のどちらかを選ぶしか無い。
「ヴィオレータは来年一年間、王立学院を休学しての留学を希望しておる。自分が王女である以上、卒業後では好き勝手に行動することなど不可能なのだと分かっておるのだろうな」
「お祖父様はヴィオレータ姉上の留学に反対はされないのですね?」
「せんな」
アスールの問いかけにフェルナンドはきっぱりと断言した。
「行きたければ何処へでも行けば良い。やりたいことがあるならやってみれば良い。それは王子であっても、王女であっても同じことだ。だがのぉ……」
フェルナンドはおそらくヴィオレータからの手紙だろう便箋をヒラヒラさせながら溜息を吐いた。
「ヴィオレータの学びたいことがな……」
「何か問題でも?」
ギルベルトがフェルナンドに尋ねる。
「語学や文学とかなら良かったんだが……兵法を学びたいと書いてある」
「へいほう?それって何ですか?」
アスールには聞き慣れない言葉だった。
「戦術論や戦略論を学ぶ学問だったり、実技としては剣術や武術かのぉ」
「……姉上らしい選択ですね」
「そうじゃな」
「そうなると、マルテーラ公国の女学院と、メーラ国立高等学院は選択肢から外れますね」
「それだけでは無い。ダダイラ国立高等学院も駄目だ。あそこも兵法は扱っておらん」
「そうでしたか」
「ただ、ダダイラも王立学舎の方なら……場合によっては。いや……あそこも無理だろうな」
フェルナンドは溜息を吐いた。
「そうなると、選択肢はガルージオン国立学校だけになりますね。ヴィオレータはガルージオン語の読み書きだったら問題無いのでは?」
「……そうかもしれんな。だがのぉ」
ガルージオン国はヴィオレータの母親であるエルダの祖国だ。にも関わらず、フェルナンドは渋い顔をしている。
「近いうちにドミニクは嫁をガルージオン国から迎えることになるし、その上ヴィオレータがあの国に留学するとなると……」
「他国から我が国が “ガルージオン国寄り” と邪推される恐れがある、と言うことですか?」
「まあな。いずれにせよ、ヴィオレータが留学を認めて貰うのは容易では無いだろう。カルロが簡単に首を縦に振るとは儂には思えん」
「ですが、お祖父様もご存知でしょう? ヴィオレータも簡単に引き下がる性格では無いですよ」
そう言って、ギルベルトは苦笑いをしている。
「確かにそうじゃな」
「ああ、話は変わるが、お前たち。タチェへ行って欲しいという話はもう聞いたのか?」
「「はい」」
「そうか。ならばアスール。なるべく早く、ローザにもこの件は話しておいた方が良いぞ。どちらにせよローザは自分も行きたいと言って臍を曲げるだろうがな」
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