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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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10 雛の引き渡しとアスールの帰城

「では、これでこちらでの手続きは以上となります」

「「ありがとうございました」」



 雛が卵から孵ってから三週間以上が過ぎたこの日、ついに雛をヴィオレータに引き渡す日がやって来た。


 雛に限らず、ホルクを購入する場合、元の所有者と新しく所有者となる者との間で正式な契約書が交わされるのが慣例だそうだ。

 そう言われれば、アスールがピイリアを引き取った時も書類の受け渡しをした覚えがある。


 書類は同じ物が三枚作成され、一枚は元の所有者が、もう一枚は新しい所有者が、最後の一枚はその契約に関わった者がそれぞれ保管することになっている。


 今回の雛に関しては金銭が絡む売買ではなく、雛の母鳥ピイリアの飼い主であるアスールから姉のヴィオレータへ無償での譲渡ではあるが、身内間のやり取りとは言え、学院のホルク飼育室に間に入って貰い、通常のルールに則り姉弟間でも正式な契約書を交わすことになった。

 これは二人の祖父であるフェルナンドの「今後の事も見据え、そうすべき」との采配によるものだ。



 飼育室へ来る直前。寮の部屋を出発する際に、アスールは初めてピイリアと雛をピイリアの鳥籠へと一緒に入れた。

 鳥籠へ入れた時も、その鳥籠に目隠し用のカバーをかけた時も、飼育室に到着してカバーを外した時も、アスールの予想に反して二羽とも非常に落ち着いた様子を見せた。


 飼育室の職員が雛用の新しい鳥籠を持って来て、アスールの隣に座っているヴィオレータの前に置いた。


「雛は、慣れている殿下の手で新しい鳥籠へ移した方が良いでしょうね」


 ゲント先生にそう声をかけられ、アスールは小さく頷くと鳥籠の入り口を開けて両手を入れると、そっと慎重に雛を両手で包み込んだ。


「ピピッ」


 小さく雛に鳴かれ、一瞬アスールの手が止まる。アスールとピイリアの目が合った。


「心配要らないよ。大丈夫」

「ピィ」



 ヴィオレータは新しい鳥籠代の五万リルと初期費用を飼育室に支払い、それぞれがサインした契約書を受け取って、引き渡しは無事に完了した。



「ありがとう、アスール。この雛は必ず大切に育てるわ」

「はい。よろしくお願いします」



 飼育室を出ると、廊下でルシオとローザが待っていた。


「どうしたの二人とも?」

「どうしても気になったので、見に来ちゃいました」

「……実は、僕も」


 二人は照れたように笑っている。


「スタンドの取り付け方をヴィオレータ様にお教えしなければなりませんので、寮へ戻りましたら先ずは一旦談話室へ行き、そこで説明致しましょう。皆様御一緒で宜しいですね?」

「「もちろん!」」


 ダリオの問いかけに答えたのはルシオとローザだった。




 談話室でダリオは、雛が入れられた真新しい鳥籠の方ではなく、ピイリアの入った鳥籠を使ってスタンドの取り付け方法をヴィオレータに指導している。

 ローザが新しい鳥籠の中の雛に夢中だからだ。


「まだこんなに小さいのですね。可愛い!」

「ピピッ」

「まあ。アス兄様、お聞きになりました? ちゃんとお返事をしてくれたわ! お利口さんですね」

「ピィィ」

「ああ、そうね。ピイちゃんの子どもだもの、お利口さんよね」

「ピィ」


 アスールの心配を他所に、ピイリアは雛と引き離されても然程動じていないように見える。ローザの声掛けに楽しそうに返事をしている。



「ローザ、本当にありがとう。この雛を譲って貰えて、貴女には心から感謝しているわ」


 ダリオからの説明を聞き終え、ヴィオレータがローザの横に腰を下ろした。


「いいえ。感謝なんて必要ありませんわ、お姉様。次にピイちゃんが卵を産むのを待つ楽しみが増えましたから。ねえ、ピイちゃん」

「ピィィ」


 ピイリアのタイミングの良い相槌に皆が笑った。


「姉上、何か困ったことがあれば、僕でもルシオでも構いませんので、いつでもお声がけ下さい」

「ありがとう。心強いわ。二人共」

「頼り甲斐としては……ホルク飼育室には、ほんのちょっとだけ劣りますけどね」


 ルシオが(おど)けてみせる。



「ねえ、アスール。貴方、この週末は王宮に戻るのでしょう?」

「そうですね。雛の引き渡しが終わり次第至急王宮に戻るようにと、父上からのホルク便が来ています」

「その時に、これをお祖父様に返して欲しいのだけれど。お願いできるかしら?」


 元からアスールに頼むつもりだったのだろう。ヴィオレータはかなり厚みのある封筒を鞄から取り出すとアスールに手渡した。


「もちろんです。お預かりします」

「お願いね」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「お帰り、アスール。久しぶりだね」

「シアン兄上!……すみません。ギルベルト兄上!」

「構わないよ。実は、僕自身もまだこの名前がしっくり来ないんだ」


 そう言って、馬車寄せでアスールを出迎えてくれたシアン改めギルベルトは、悪戯っぽい笑顔をアスールに向けた。


「父上とお祖父様が執務室でお待ちだよ。ああ、でも、その前に。母上のお部屋まで顔を見せに行ってさしあげて! 昨日から少しお加減が思わしく無いようで、今はお部屋で休まれているんだ」

「えっ。母上が? 大丈夫なのですか?」

「まあ、ね。侍医はおそらく疲れが出たのだろうと言っていたよ。それより、母上はアスールがずっと王宮に戻って来ないと言って、ひどく寂しがって居られるよ」

「……分かりました」

「父上には、アスールは先ず母上のところに寄ってから執務室へ来ると伝えておくから」

「お願いします」




「母上、アスールです」


 パトリシアの部屋の扉をノックすると、中から「お入りなさい」と弱々しい声がする。扉を開け中へ入ると、パトリシアがベッドの上でクッションにもたれるようにして座り、手には開かれたままの本を持っている。


「読書中でしたか? お邪魔しても宜しいですか?」

「もちろんよ、アスール。お帰りなさい。学院はどう?」


 パトリシアはアスールに手招きをして、自分のベッドへ座るよう合図をしている。アスールは母の側に静かに腰を下ろした。


「変わりありません。しばらく戻って来られず、申し訳ありませんでした」

「良いのよ。ピイリアに雛が生まれたのでしょう? ローザから聞いているわ。小さな雛を置いては、貴方も帰って来られないものね。もう良いの?」

「はい。雛は先日ヴィオレータ姉上にお渡ししました」

「そう。なら良かったわ」


 パトリシアはアスールの手を取り、アスールに向かって優しく微笑むが、その母の顔色はお世辞にも良いとは言えない状態だった。


「母上、お加減は如何なのですか?」

「大丈夫よ。そうね、ちょっと疲れが出たのかもしれないわね」



 昨年の夏に第一王女のアリシアがハクブルム国へ嫁ぎ、その結婚式に参列する為にパトリシアは長期間王宮を留守にした。

 その後も第二王子のギルベルトの成人祝賀の宴、第一王子のドミニクの婚約者決定など、王家では祝い事が立て続いた。

 ただでさえ身体が丈夫とは言えないパトリシアには、精神的にも体力的にもかなり負担がかかったに違いない。


「余り無理をしないで下さいね」

「ありがとう。私は……そうね、少し休もうかしら」


 アスールが本を受け取ると、パトリシアはベッドに横になった。


「アスールはカルロに呼ばれて戻って来たのでしょう? さあ、もう行きなさい。きっと貴方が来るのを首を長くして待っているわよ」


 そう言ってパトリシアは弱々しい笑顔をアスールに向ける。


「では、また後ほど参ります」

「ええ」


 部屋を出る時にアスールが振り返ると、パトリシアは目を閉じていて、もう眠ってしまっているかのように見えた。

 アスールは音をたてないように扉を閉めると、カルロたちが待つ執務室へと急いだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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