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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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 9 図書室の内緒話

「やあ、レイフ! 来てたんだね。そっか、今日は剣術クラブの練習が無い日だったね」

「こんにちは、アスール! そうだよ。寮に戻っても同部屋の奴がうるさいし、勉強をするならここの方が集中できて良いよ。あれ? 今日はルシオは一緒じゃ無いの?」

「ルシオなら、すぐに来ると思うよ」

「そう」



 アスールとレイフは今年も同じクラスにはならなかった。

 寮もクラスも別々の二人は、選択科目で週に何度か顔を合わせることはあるが、なかなかゆっくり話をする機会は無い。

 だから、常に人もまばらな図書室の最奥のキャレルは、シアンが卒業してしまった今、ルシオも含めた三人の絶好の密談場所となっている。



 このレイフと呼ばれた少年は、アルカーノ商会というクリスタリア国内ではかなり名の通った大商会の三男だ。

 レイフは学院にアルカーノ姓で在籍しているが、本来の名はレイフ・オルケーノと言う。


 レイフの父親は、アルカーノ商会の会頭であり、オルカ海賊団の首領でもあるミゲル・オルケーノ。

 母親は先王フェルナンドの姪に当たる、元スアレス公爵家の長女リリアナ。紆余曲折の末にミゲル船長と結婚したリリアナは家名を捨て、貴族界では死亡したことになっている。

 流石に海賊の息子として学院に通うことは難しいので、屋号のアルカーノを名乗っているのだ。

 学院内でこの事実を知るのは、王家の兄妹と、極限られた先生たち、それ以外にはルシオとマティアスの二人だけだ。

 レイフは学院では、裕福な商家の子どもたちが多く暮らしている “西寮” で生活している。



「そういえば、レイフはどうして寮の部屋を移らなかったの?」


 レイフの兄であるイアンが王立学院を卒業したので、それまでイアンが使っていた一人部屋が空いた。アスールは、てっきりレイフはその部屋に移るものだと思っていた。

 だが、同部屋の友人がうるさいと文句を言いながらも、何故かレイフは今年もそのまま二人部屋に留まったのだ。


「……部屋を移動するのも、それはそれで面倒だからね」

「でも、後三年もあるのに?」

「まあ、そうなんだけどさ」


 レイフは自分の出自を隠している。

 王家と連なるスアレス公爵家の娘が、事もあろうに海賊団の首領と恋に落ち、駆け落ちまでしているなんて事実は、決して世に出て良い話では無いからだ。

 だとしたら、秘密保持の観点からしても一人部屋の方が断然都合が良いだろうに。


「一人部屋なら自室で集中して勉強できるのに?」

「そうしたら、ここでこうしてお喋りすることも無くなるけど?」

「まあ、そうだね」


 レイフが一人部屋に移らなかった本当の理由は分からないが、レイフがその理由をアスールに明かす気が無いことだけは分かった。



「二人とも余り勉強が捗っているように見えないのは、僕の気のせいかな?」


 遅れて図書室にやって来たルシオが、含み笑いを浮かべながら二人に声をかけた。


「やあ、ルシオ。随分と遅かったね」

「途中でアレン先生に捕まっちゃったんだよね……」


 アスールとルシオのクラス担任は、去年に引き続き今年もアレン・ジルダニア先生だ。


「ルシオ。君は()()何かやらかしたの? アレン先生を困らせちゃ駄目だろう」


 レイフがニヤニヤ笑いながらルシオを問いただしている。


 第一学年の時はレイフの担任がアレン先生だった。それに入学時からの三年間ずっと、アレン先生は魔導実技演習の水属性クラスの担当でもあるので、レイフにとっては気心が知れている先生なのだ。


()()って何だよ! 別に何もやらかして無いよ、今日は。ただ、僕の選択科目についてちょっと聞かれただけだよ」

「選択科目?」

「そう。外国語。三つ履修登録してるけど、本当に大丈夫なのかって聞かれたんだ」

「三つ? 同時に三カ国語履修してるってこと?」


 レイフは心底驚いたようで、図書室内にレイフの声が響き渡った。入り口に座っている司書の先生が顔を上げ、眉を(ひそ)めて三人の方を見ている。


「レイフ、声が大きいよ!」

「……ごめん。ビックリして、つい」

「そんなに驚くような事かなぁ?」


 ルシオは教科書のページを捲りながら不思議そうな顔をした。


「三カ国語を並行して学ぶなんて、普通の人からしたら充分驚く事だよ! 何語を履修してるの?」

「ゲルダー語が初級Bで、キルキア語が初級A、それとガルージオン語の入門」

「キルキア語は、もしかしてフェイとミリアの国の言葉だから?」

「きっかけは、まあそうだね。あの日、ヴィスマイヤー卿がフェイに話し掛けていたのを見たでしょ? あれ、格好良かったよね」


 テレジアでアスールが懐中時計の入った小袋を盗まれ、フェイと会った日のことだ。


「去年は会えなかったけど、フェイとミリアに会いに、また島に行きたいな……」

「フェイはともかく、ミリアはもうキルキア語は覚えていないんじゃ無いかな。あの時ミリアは全く言葉を発しなかったけど、今じゃすっかりお喋りな女の子だよ」

「へえ、そうなんだ。それはますます会いに行きたいね」

「今年の夏に来たら良いじゃない?」

「良いね! また皆で裏山に登ったり、釣りをしたいな」


 ルシオとレイフは二年間の思い出話に花を咲かせている。


「ねえ、ルシオ。キルキア語は分かるけど、どうしてガルージオン語も?」

「別にどこの言葉でも良かったんだよね。ガルージオン国は隣国だし、エルダ様の故郷でしょ?もうすぐドミニク殿下の花嫁だってガルージオン国から来るし、学んでおいて損は無い!」

「まあ、そうだね」

「僕は人と話すことが好きなんだよね。相手の国の言葉が話せれば、より一層その人と仲良くなれるじゃない?」



 そのまま話し込んでいると、近くで咳払いをする音がする。

 入り口付近に座っていると思っていた司書の先生が、三人が座っているキャレルのすぐ近くの書棚に本を戻しているのが見える。

 三人は顔を見合わせ、口を閉じた。



「そうだ! 寮に戻る前に飼育室に雛用の餌を受け取りに行かなくちゃ! 悪いけど、先に行くよ」


 アスールはそう言うと、急いで鞄に教科書を詰め込んで席を立った。


 あの咳払いの後は三人ともそれなりに集中して課題に取り組んでいたようだ。もう最終下校時間まで殆ど時間が無い。


「もうそんな時間? 僕も飼育室に一緒に行こうか?」


 ルシオがアスールに声をかける。


「たいした量じゃないし、大丈夫だよ」

「分かった。また夕食の時にね」

「そうだね。じゃあ、レイフもまたね」

「ああ。気をつけて」



 アスールは司書の先生に挨拶をして、早足で図書室を出て行った。


「結局、産まれた雛は一羽だけだったんだってね」

「そうなんだよ。初めてのことだらけだから、飼育室に相談しながら皆で育ててる。凄く可愛いよ」

「その雛、ヴィオレータ様のところに行くんだろ?」

「そうだよ」


 帰り支度をしていると、アスールが座っていたキャレルの足元辺りに何かキラキラと光る銀色の棒のような物が落ちている。

 レイフはしゃがみ込んでそれを拾い上げた。


「どうかしたの?」

「これ。もしかして、アスールの落とし物かな?」


 レイフは拾い上げた物をルシオに見せた。

 銀色の棒のように見えたそれは、(かんざし)にも似た金属製の板のような物で、湾曲した先端部分から色違いの綺麗な宝石が三つ取り付けられている。


「ああ! そうだよ。アスールがいつも使っているブックマーカーだ。慌てて片付けていたから、落としたことに気付かなかったんだろうね」

「これ、ブックマーカーなの?」

「うん。確か、小さい頃から凄く大事にしている物の筈だよ。レイフが気付いてくれて良かったよ。夕食の時に僕からアスールに返しておくね」


 そう言って、ルシオはレイフからアスールのブックマーカーを受け取ると、ハンカチで丁寧に包んで鞄にしまった。


「……あれがブックマーカー?」

「えっ? 何か言った?」

「いや。なんでも無いよ」

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