閑話 エミリオ・ゲントの独白
私の名前はエミリオ・ゲント。ホルクの研究を生業としているしがない老人だ。
ホルクの研究家と言えば聞こえは良いが、実際にはこのご時世、ホルクの研究だけをして食べていける程の仕事があるわけも無い。
数年前からは頼まれて、クリスタリア王立学院のホルク飼育室に席を置いている。
飼育室の勤務は、ひと月に一度か、多くても二度ばかり顔を出しさえすれば良いと言う話だったので、ほんの軽い気持ちで引き受けた。
ところが、この学院のホルク飼育室というところは、関わってみれば、なかなか面白い考え方でもって運営している施設だった。
飼育室ではかなり本格的にホルクの繁殖と飼育をしている。
授業ではホルクの生態を学び、学院で飼育しているホルクを使って、実際にホルク便を飛ばしてみる。体験を通してホルクの便の有用性を子どもたちに伝えている。
そうすることで、今は限られた貴族の間でしか利用されていないホルクの利用を、今後は学院を巣立って行った子どもたちを通して、広く平民の間にも広げようと試みているのだ。
ホルク飼育室の称賛すべき点はこれだけでは無い。
学院には “院内雇傭システム” と呼ばれる、学院と学生との独自の雇傭形態が存在している。これは主に実家からの金銭的な援助を受けることが困難な学生が、学院内で何らかの奉仕活動をする対価として金銭を得ることができる仕組みだ。
ホルク飼育室でもこのシステムを利用している学生が各学年に数名居る。
彼らはホルク飼育室の手伝いを通して、ホルクの生態、飼育、管理、繁殖、訓練など様々な技術を身に付けることになる。
そして、結果的に学院に通う子どもたちの中から、将来有望なホルクの飼育者や研究者、ホルク関連産業の担い手が自然と育っていくのだ。
これはなかなか素晴らしい。
私も最近では週に一度は学院に来るようになった。
話は変わるが、院内雇傭システムの子どもたちとは別に、よくホルク飼育室に顔を出す二人組が居る。
一人はこの国の第三王子、もう一人は伯爵家の次男坊だ。ああ、そう言えば、彼の父親は侯爵位を最近賜ったと言う話だったな。だとすれば、今は侯爵家の次男坊か。まあ、そんなことはどうでもいい。
私が彼らと初めて出会ったのは、今から二年前になる。
あの年は、どう言う訳かホルクが卵を沢山産んだ。三羽の雌が合計七つの卵を産み、その全てが無事に孵った。
ホルク飼育室で育てることができるのは五羽が限度なので、数年振りに雛を引き取り育てることを希望する学生を募った。
雛を引き取るためには、それ相当の金額が必要で、更に寮のベランダに鳥小屋を設置しなければならない。現実に引き取り可能な子どもなど、おそらく一人も出てこないと私は考えていた。
そこに応募して来たのが件の二人組だ。
雛を引き取りに来た二人を見て、私は正直、珍しいものを欲しがるだけの上位貴族の(一人は王族だが)甘やかされた子どもがやって来たと思った。
ところが、予想外にも彼らはその後も熱心に飼育室に通って来た。飼育室のスタッフに助言を求め、餌を工夫し、遂には二羽を番にするまでに至ったのだ。
流石に番となった最初の年に卵を産むことは無いだろうとの大方の予想に反し、アスール殿下のホルクは卵を一つ産み落とした。
ホルクの卵の孵化率は野生では六〜七割。学院の飼育室で八割強だろうか。それを踏まえて、初めての抱卵でありながら今回ピイリアが雛を孵した快挙は筆舌に尽くしがたい。
その雛の健康状態を見て欲しいとのアスール殿下からの依頼を受け、今日の午後、東寮まで行ってきた。
殿下の部屋に通されて驚いたのは、産まれたばかりの小さな雛が居るその同じ室内に、事もあろうに猫が寛いだように横たわっているではないか。
どうやらその猫は殿下の妹姫の飼い猫で、頻繁に殿下の部屋へ遊びに来ているらしいのだ。
万が一にもその猫が、まだ小さな雛を傷付けることがあっては困ると、殿下の側仕えをされているモンテス卿に伝えてはみたが、卿は「問題無い」の一点張りでまるで聞く耳を持たない。
私は子どもの頃、隣の家に住んでいた老婆の飼い猫に、可愛がっていた金糸雀を食い殺されたことがある。以来、私は猫が大嫌いなのだ。
今日のところは、親子共に健康状態は良好。このまま何事も無く、雛が大きく成長することを願う。
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