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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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 8 小さな命(2)

「ねえ、ルシオ! 起きて!」

「ううん? 何? アスール。……まだ夜明け前じゃないか」

「それはそうなんだけど……。いいから、起きてよ!」


 アスールはルシオの肩を掴んで少々強引に揺さぶった。ルシオの肩から毛布がずり落ちる。


「もうちょっとだけ寝かせ……」


 ずり落ちた毛布を肩まで引っ張り上げながらそう言うと、ルシオはまたすぅっと目を閉じてしまう。


「ああ、もうっ! 今起きないで後悔するのは、絶対に君だからね! 僕はちゃんと起こしたよ!」


 アスールは不機嫌そうにそう言うと、ルシオが掴んでいる毛布を乱暴に剥ぎ取って、それを丸めて自分のベッドに放り投げた。


 ルシオがブルっと身震いをする。


「ふああああぁぁぁ」


 大きな欠伸を一つして、ルシオは眠そうな目を擦りながら、周りをキョロキョロと見回している。そして、突然今自分の置かれている状況を理解したようで、ガバッとソファーから立ち上がった。


「うわあぁ、アスール。ごめん!」

「もう目は覚めた?」

「うん」



 前日。夕食の提供時間ギリギリに食堂へと飛び込んだアスールとルシオは、およそ一国の王子と侯爵家の息子とは思えない程、マナー違反も甚だしいスピードで食事を平らげた。

 食器を片付け、そのままの勢いで階段を駆け上がる。

 背後から東寮管理人のガイス老人の非難めいた声が聞こえたような気もしたが、足を緩めようとは思わなかった。

 後日、反省文を提出させられるかもしれないが、それならそれで構わない。


 慌てて部屋へと戻って来たが、ピイリアの卵は食堂へ行く前と全く同じ状態でそこにあった。


「ははは。慌てて損したね。こんなことならデザートも食べてくるんだったよ」



 そこから卵の前に座って待つこと数時間。時々卵が動いて、オレンジ色のクチバシが卵の割れ目から出たり入ったりはするものの、大きな変化は見られず夜は更けていった。


「ねえ、アスール。お願いがあるんだけど……」

「何?」

「今晩、この部屋に泊めてくれない?」

「ええっ?」

「だって、朝起きたらもう産まれてました、なんて寂しいよ。僕だって、雛が殻を割って自分の力で出てくるところをこの目で見たい!」



 こうして、アスールとルシオは渋るダリオをなんとか説き伏せ、ソファーで卵を見守りつつ夜を明かすことになったのだ。



 小さなランプが一つ灯されただけの薄暗い部屋の中、アスールがテーブルの上の木箱を指差している。

 ルシオは急いで木箱の中を覗き込んだ。


「あはは。なにこれ! すっごく可愛いんだけど」


 卵の殻から、小さな雛が少し濡れた顔と、頼り無げな翼を片方だけ出してじっとこっちを見ている。いや、実際には見ている訳ではないのだが、そう思えるくらいに可愛いのだ。


「僕も今さっき目が覚めたんだ。そしたらあの状態で……」

「動かないの?」

「うん。次の頑張りまで力を貯めているんじゃないのかな」

「ああ、成る程!」


 勝手な想像を膨らませながら二人が話をしていると、雛が頭を突き出そうと全身にグッと力を入れたようで、卵が急に傾いた。

 卵のすぐ脇で身体を横たえていたピイリアが驚いて立ち上がったその瞬間、ひび割れが広がり、もう片方の小さな翼が殻の外にピョコっと出てきた。


「かはー。なんだよ、なんだよ! 最高に可愛いんですけど!」

「ルシオ、うるさい!」

「ごめん」


 その時、続き部屋の扉を小さくノックする音がして、ダリオが顔を覗かせた。


「もしかして、起こしちゃった?」

「構いませんよ」


 ダリオは既にきちんと着替えも終えている。


「ダリオさん! いいから早く来て! もう半分出て来ちゃってるんだから!」


 音も無く近付いて来たダリオの顔がふわっとほころんだ。


「これはまた。なんとも可愛らしいですね」

「だよね!」


 窓際の止まり木で眠っていたチビ助も飛んできて、雛を覗き込んでいるルシオの肩にとまった。


「部屋の灯りを点けたら駄目かな?」

「もうそろそろ外が明るくなり始める頃ですので、カーテンを開けましょうか」


 そう言うと、ダリオは窓の方へと歩いて行ってカーテンを開けた。まだ日の出には早いが、空は薄っすらと白み始めている。

 ああ。今日はとても良い天気になりそうだ。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「そんな感じで、今朝無事に雛が孵ったよ」

「卵から雛が出てくるのに、そんなに時間がかかるだなんて、ちっとも知りませんでした。私もアス兄様のお部屋にお泊りをして、雛が出てくるところを一緒に見たかったです……」


 朝食の時間に食堂でローザを見かけたアスールが、卵が無事に孵ったことを知らせると、ローザはそう言って小さな溜息を吐いた。


「でも、とにかく無事に孵って良かったですね。安心しました」

「そうだね」

「ねえ、アス兄様。ヴィオレータお姉様には、もうお知らせをされたのですか?」

「いいや、まだだよ。姉上はほぼ毎日のように剣術クラブの朝練に参加されているはずだから、今日も、もうとっくに朝食を済ませて寮を出てしまっていると思うんだよね」

「ああ、そうでしたね」

「それに、産まれたとは言え、まだしばらく雛は引き渡せないし」

「いつ頃になるのですか?」

「僕がピイリアを飼育室から引き取ったのは、確か……孵化から二十日後くらいだったと思う。だからその頃になるんじゃないかな」

「まだ随分と先なのですね」

「……そうだね」



 アスールはあれからずっと気になっていたことを、思い切ってローザに聞いてみることにした。本当に今回の雛をヴィオレータに渡してしまって良いのかと。


「もちろんです。私、ちゃんとそうアス兄様にも、そう言いましたよね?」

「そうなんだけど……」

「お気遣いありがとう存じます」


 ローザの顔は笑顔だったが、やっぱりなんなく元気が無いような気がして、アスールは少し心配になった。だが、これ以上は言ってもどうにもならないことだとお互いに理解している。アスールは言葉を飲み込んだ。


「今回はお姉様にお譲りしますけど、次は必ず私に引き取らせて下さいね。約束ですよ!」

「分かってる。ごめんね、ローザ」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 授業を終えて寮に戻ると、雛はすっかり朝とは雰囲気が変わっていた。

 羽毛がしっとりと濡れ、地肌が透けて見えていた、なんとも情けないようなあの姿は今はもうどこにも無い。

 ふわっふわの柔らかそうな如何にも雛らしい羽毛に包まれ、巣の中にペタリとお尻をつけて座り込んでいる。


 アスールとルシオが覗き込むと、小さな雛はクチバシを開けたり閉めたりしながら、真っ黒な大きな瞳でまるでこちらを観察するかのように頭を持ち上げた。



「あのね、ダリオ。明日のお昼過ぎなんだけど、寮に居るよね?」

「はい、居りますが。何か御座いますか?」

「飼育室の先生が、雛の健康状態をチェックしに来てくれるそうなんだ。この部屋から連れ出すこともできないので困っていたら、先生がここまで見に来て下さる事になったんだけど」

「それはよう御座いますね」

「でも、放課後は無理らしくて。お昼過ぎなら大丈夫なんだって。……お願いしても良いかな?」

「もちろんです。確認の為に、その先生の御名前を伺っても宜しいですか?」


 以前、ピイリアの盗難未遂事件もあったので、ダリオも慎重になっているのだろう。


「ゲント先生だよ。確か、前に会ったことあるよね?」

「ええ。しかと承りました」

お読みいただき、ありがとうございます。

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