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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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 4 ピイリアの卵(1)

「生憎、ゲント先生は今週中は学院にお見えになる予定はありません。代わりの者で宜しければ相談することは可能ですが、どうされますか?」

「別の方で構いません。お願いします」

「では、そちらのソファーでお座りになってお待ち下さい」

「はい」


 放課後、アスールはホルク飼育室に来ていた。

 受付に入って行くと、いつも対応してくれ顔馴染みになっていたあの女性職員の姿は無く、まだ不慣れな様子の若い女性が代わりに座っている。


「あの、今日はライラさんも不在ですか?」

「ライラ?……ああ、カンテルさんのことですね? カンテルさんでしたら昨年末で退職致しました」

「退職?……そうですか」

「何かご用事でしたか?」

「いえ、そういうわけではありません」



 例の事件の時、確かフェルナンドはこう言っていた。彼女は魔法師団の特殊捜査員で、三年前から学院のホルク飼育室に調査のために潜入していると。


(事件が解決したから、きっと魔法師団に戻ったんだろうな……)


 いつもの笑顔が受付に無いことに、アスールは少しだけ寂しさを覚えた。




「そうですか、それは困りましたね……。ですが、野生のホルクの場合ですと、餌を数日獲れないことも多々ありますし、一日か二日何も食べないで過ごしたとしても特に問題は無いと思います」


 ゲント先生の代わりに相談に乗ってくれた若い先生はそう言って、アスールを安心させるかのように微笑んだ。


「そうですか」

「ですが、この状況がいつまでも続くようでは困ります。明日一日待っても威嚇が収らなければ、多少強引にでも餌と水を与える必要がありますね」


 そう言って先生は立ち上がると、引き出しから何かを引っ張り出してきて、アスールの目の前に置いた。


「確かアスール殿下には、側仕えの方がいらっしゃいましたよね?」

「はい」

「でしたら、その方に昼間、学生たちが学院に居る時間に餌と水の補給をお願いして下さい。その時間帯でしたら、多少鳴き声がうるさくても寮は無人です。特に問題も無いでしょう。その際、この手袋を必ず使用するようにお伝え下さい」


 先生がテーブルに置いたそれは、肘まである分厚い皮製の手袋だった。


「多少興奮した雄鳥に突かれることがあっても、これさえ身につけていれば大丈夫です」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「分かりました。明日の昼間、私が確実に餌やりを致しますので、どうか御安心下さい」

「先生は明日は様子を見て、それでも駄目ならって言っていたよ」

「ですが、この手袋さえあれば明日からでも餌やりは可能です。何もわざわざもう一日待つ必要も無いでしょう」


 確かにダリオの言う通りかもしれない。


「じゃあ、明日から餌やりをお願いできる?」

「お任せ下さい」


 飼育室で相談してから寮に戻ったアスールは、とりあえずチビ助の反応を見ようと試みた。

 案の定、ベランダへの扉を開けアスールが一歩ベランダへ足を踏み出すと、チビ助はギャッギャッギャッと羽をバタつかせて喚き散らし、作戦は呆気なく失敗に終わったのだ。



 ダリオが飼育室から貸し出された手袋を確認していると、ドアをノックする音が聞こえてきた。ダリオは手袋をテーブルに置き、扉を開けに行く。

 部屋に入って来たのはルシオだった。


「今、玄関ホールでローザ様にお会いしたよ!」


 ルシオはそう言いながら、アスールの目の前を通過して、ベランダへと向かってスタスタと歩いて行こうとしている。

 アスールは慌ててルシオを引き止めた。また同じ轍を踏む結果になることは、火を見るよりも明らかだ。


 アスールはホルク飼育室で聞いた話をルシオに手短に伝え、明日の昼間からダリオが餌やりを引き受けてくれたことも話した。



「それで、ローザは何か言っていた?」


 ダリオがお茶とお菓子の用意をしてくれている間に、アスールはルシオに尋ねた。


「昨日の夕食の後、ヴィオレータ様がローザ様の部屋を訪ねたそうだよ。ヴィオレータ様から今の状況を聞いたって仰っていた」

「そうなんだ」

「この部屋に様子を見に来られないことを、すごく残念がってた」

「そうだろうね」

「でも、ピイリアが卵を産んだことに関しては、とても喜んでたよ」

「……まだ誰も卵の存在を実際には確認できていないけどね」

「ああ、確かに」


 アスールもルシオも黙り込んでしまった。



「さあ、御茶と御菓子をどうぞ御召し上がり下さい」


 そう言って、ダリオは今まで見たことの無い小振りのケーキを二人の目の前に並べた。ルシオの目が一瞬にして輝く。


「ダリオさん。これって、新作だよね?」

「左様で御座います。イチゴのタルトレットです」

「タルトレット?」


 ルシオはその真新しい菓子に興味津々だ。


「はい。ビスケット生地の上にアーモンドクリームをたっぷりと敷いて焼き、そこに好みの果物を乗せるのです。今日は新鮮なイチゴを入手できましたので、イチゴのタルトレットを御用意致しました」

「じゃあ、他の果物でもできるってこと?」

「はい。それは、またいずれ」



 イチゴのタルトレットは素晴らしく美味しかった。


「ねえ、ダリオ」

「何で御座いましょう?」

「このタルトレットは、もうローザにも届けたの?」

「いいえ。先程完成したばかりですので、まだ。そう言われてみれば……ここ数日、レガリア様はこちらへは御見えになって御座いません」

「そうなんだ」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 翌日。寮へ戻ると、アスールの部屋にレガリアが遊びに来ていた。


「久しぶりだね、レガリア」

「そうか? 城で会ったばかりではないか」


 レガリアと人間では()()()()()がかなり違うことをアスールは思い出した。レガリアにとっては一週間や十日なんて、昨日と変わらないのだろう。


「実は先程、レガリア様と一緒にベランダへ出てみたのです。もしかするとチビ助も流石にレガリア様相手に威嚇はしないのではないかと考えまして」

「それで? どうだったの?」


 ダリオは首を横に振った。


「そう。やっぱり駄目か」

「ですが、餌やりと水の交換は無事に終わりました」

「あの借りた手袋は? 役に立ったの?」

「はい、御陰様で」



 レガリアはイチゴのタルトレットを食べ終え、満足気に口元を手で拭っていた。床には崩れたビスケット生地がたくさん散らばっている。


「ねえ、レガリア。いったい何個食べたの?」

「三つ()()だ」

「三つ()? そんなに?」

「仕方なかろう。この菓子はひどく小さいのだ!」

「小さいって……レガリアだって随分小さいじゃない。いくらなんでも三つは食べ過ぎだよ」

「何を(ほう)けたことを言っておる! 我が真の姿になって食べたりしたら、小さ過ぎて菓子の味などほとんど分からんだろうが! ダリオの菓子を美味しく食べるには、この姿が一番適しておるのだ」


 レガリアの展開する持論を聞いて、アスールは思わず吹き出してしまった。尊き神獣のくせに、随分と食い意地が張っている。



「ピイリアはもう卵を産んだのだな」

「……多分ね」

「多分? 何を言っておる。あの四角い箱の中に、ピイリアはちゃんと卵を産んでおるぞ」

「えっ? もしかしてレガリア、巣箱の中を覗いたの?」

「そんなもの、見んでも分かるわ。我を誰だと思っておるのだ!」


 ダリオが驚いた顔をしてレガリアを振り返った。

お読みいただき、ありがとうございます。

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