3 チビ助の反乱
入学式から三日が過ぎていた。
ここ数日、ピイリアは落ち着きが無くなり、鳥小屋に設置された新しい巣箱に出たり入ったりをずっと繰り返している。
ピイリアのために新しく用意された巣箱は、冷気と、余計な視線やストレスからピイリアと卵を守ることを考えて、小屋の中段に棚を作り、そこに大きめの木箱を設置。その中に枝や樹皮でできた皿型の巣を置く形を採用した。
木箱の上部は半分だけ巣を覆うように蓋が付いている。蓋の無い部分から、ピイリアやチビ助は自由に出入りができる。
ピイリアが抱卵している様子を、その開いている部分から覗き見ることも可能なのでは? と言うフェルナンドの意見が採用され、この形となった。
「お昼前くらいから、ピイリアは巣箱の外に全く出て来なくなりました。ああ、殿下。おかえりなさいませ」
珍しくそわそわした様子のダリオが、そう言ってアスールを出迎えた。
「本当に? もしかして、もう卵を産んだってこと?」
「その可能性は大いにあると、私も思うのですが……」
「ダリオは、まだ卵を確認していないの?」
「それが……」
ダリオは困った顔をしてベランダの方を振り返った。
「ご覧になられれば、すぐに殿下にも御分かりになるかと……」
と言葉を濁すのだ。
アスールは逸る気持ちを抑え、荷物を置くと、そのまま扉を開けてベランダへと足を踏み出した。
「ピイリ……」
「ギャッギャッギャッギャッ」
鳥小屋の中、巣箱の上にとまったチビ助が、アスールに向かって羽を大きく広げ、もの凄い剣幕で威嚇をしてきた。
アスールはそれ以上鳥小屋へ近寄ることができず、扉を閉めて、すごすごと部屋の中へ退散するしかなかった。
「困ったことに、チビ助はもうずっとあの調子なのです」
そう言うと、ダリオは大きな溜息を吐いた。
チビ助はまだ小さな雛の頃から、ルシオが学院で授業を受けている間、ずっと世話をみていたダリオにはかなり懐いていた筈だ。
そのダリオでさえ、何度声をかけてもあの状態らしい。
「だったら、今すぐルシオを呼んでくるよ。飼い主のルシオが声をかければ、チビ助も落ち着くかもしれないよね?」
「そうであれば宜しいのですが……」
ダリオの声色からして、余り期待できないとダリオが考えていることがアスールにも伝わってくる。それでもアスールはルシオの部屋へと急いだ。
ルシオの部屋はアスールの部屋の目の前だ。ノックをしようとアスールが手を伸ばすと、丁度扉が開き、ルシオが部屋から顔を覗かせた。
「あれ、アスール。どうしたの? 今からアスールの部屋へ向かおうと思っていたんだけど……もしかして、僕に何か用事?」
「いいから、早く来て!」
そう言って、アスールはルシオの手を取った。
急にアスールに引っ張られる形になったルシオが蹌踉るのも気にせず、アスールは大急ぎでルシオを連れて自分の部屋へと引き返す。
「どうしたの? そんなに慌てて」
引き摺り込まれるようにしてアスールの部屋に入ってきたルシオを、お茶の用意を始めていたダリオが気の毒そうな顔をして見ている。
「こんにちは、ダリオさん!」
「ルシオ様もおかえりなさいませ」
「なんだかよく分からないんだけど、お邪魔します」
ー * ー * ー * ー
「困ったね。あれじゃ、ピイリアと巣の中の様子を確認するどころか、餌入れに餌を置くことさえできそうも無いね……」
ルシオも頭を抱えている。
結局、あの後も数回試してみたのだが、チビ助はルシオに対しても威嚇をやめる様子は見られなかった。
アスールの部屋のすぐ隣はダリオの部屋だが、チビ助をこれ以上興奮させては、他の部屋の学生にも迷惑がかかってしまう。日が落ちれば尚更だ。
実際、寮の横の道を歩いている学生たちがチビ助の激しい鳴き声を耳にして、いったい何事が起きているのかと、不思議そうな顔をしてアスールの部屋を見上げていた。
夕食の時間が近付いたこともあって、すっかり疲れ果てたアスールとルシオは、とりあえず食堂へと下りることにしたのだ。
「アスール!」
食堂の入り口で、アスールたちに声をかけて来たのはヴィオレータだった。
「こんばんは、姉上」
「ねえ、随分と興奮したホルクの鳴き声が何度か聞こえて来ていたけど、何かあったの?」
ヴィオレータの部屋はアスールの真下だ。あれだけ大騒ぎをしていればヴィオレータが気付かないわけが無い。
「すみません。うるさかったですよね。あの鳴き声は……チビ助なんです」
ルシオがヴィオレータに頭を下げる。
「ピイちゃんの声ではなさそうだとは思って聞いていたけど……そう、チビ君だったの。ホルクって、あんなに興奮した鳴き方をすることもあるのね。どうかしたのかとずっと心配していたのよ」
「姉上、立ち話もなんですから夕食をご一緒しませんか?」
「そうね。そうしましょう!」
アスールたち三人はそのまま列に並び、食事を受け取ると、空いている四人掛けのテーブルを見つけた。
「実は、ダリオの話によると、今日のお昼くらいにピイリアが卵を産んだようなのです」
アスールは席につくなり口を開いた。
「まあ! そうなのね!……あら? 今、貴方『ようなのです』って言ったわよね?」
「はい」
「きちんと確認はしていないの? 斜め上から巣箱中の様子を覗けるって、お祖父様が仰っていなかった?」
「それはそうなのですが……」
「確認したくても、すっかり興奮しきったチビ助が巣箱の上に立ち塞がるようにして威嚇してくるので、誰も鳥小屋に近付けないんです」
アスールに代わって、ルシオが今日のこれまでの一悶着をヴィオレータに話して聞かせた。
「それどころか、最早ベランダにも出られない状況です」
「ねえ、餌はどうしているの?」
「朝、学院に行く前に僕が二羽分の餌を餌箱に入れました。水もたっぷり入れてあります。でも誰かがベランダに出ると、すぐにチビ助が大きな鳴き声をあげて威嚇を始めるので……」
餌は普段は一日に一回だけで大丈夫なのだが、ここ数日、ピイリアの食欲が落ちていたため、アスールは夕方にもう一回餌やりをしていたのだ。
おそらく心配は無いとは思うが、今日はその夕方の分をあげられていない。
「もう外は暗くなっているし、朝まではベランダへ誰も出ない方が良いでしょうね」
「やはりそうですよね」
これ以上チビ助に大騒ぎをされて、万が一誰かが寮の管理人であるガイスさんのところにでも駆け込まれて、苦情を言われるのは非常にまずい。
そうでなくても数ヶ月前、ピイリアを盗もうと侵入した者たちを捕らえるためとはいえ、ダリオがアスールの寮の部屋の扉を破壊しているのだ。
あの時のガイスさんの青褪めた顔がアスールの脳裏をよぎった。
アスールもルシオも可愛がっているホルクを手放す気など全く無いし、ヴィオレータとローザもベランダで飼育を始める準備を既に終えている。
「明日の朝もこの調子だったら……困るわね」
三人でいくら考え込んでいても良い案など浮かぶ筈もない。
「明日、ホルク飼育室に相談に行くしか無いよね」
「……そうだね」
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