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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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62 チビ助とルシオとこれからのこと

 二の月に入るとすぐに、ルシオに連れられてチビ助が王宮へとやって来た。

 フェルナンドの指示で、王宮のホルク厩舎内にピイリアとチビ助、二羽だけのためのゲージが特別に用意されていた。



 現在王宮にも二組のホルクの番が居るには居る。

 ホルクの繁殖はなかなかに難しい。既に番になって数年が経過しているこの二組の雌鳥ですら、毎年確実に卵を産むわけではない。


 長年王宮でもホルクの飼育はしてきた。だからといって、ホルク厩舎の職員たちは特にホルクの専門家というわけでは無い。

 当然だが、学院のホルク飼育室ほど繁殖に対する知識や経験がある筈は無いのだ。



「生まれてすぐから一緒に居て仲が良いとは言え、ピイリアとチビ助を他のホルクと分けて、ずっと二羽だけで長時間過ごさせるのは……まあ、賭けみたいなもんだな」

「賭けですか……」


 フェルナンドにそう言われ、ルシオは不安気な表情を浮かべてチビ助を撫でている。

おそらくルシオは思い出しているのだろう。


 アリシアがハクブルム国へ旅立つ前、アスールたち兄妹は週末毎に王宮へと戻り、一泊してまた学院へ帰るという生活をしていた時期がある。

 ルシオはその間ピイリアが小さな鳥籠に押し込められて週末毎に馬車での移動を強いられるのを可哀想だと言って、何度もピイリアを寮の自分の部屋で預かってくれていたのだ。


 最初のうち、ピイリアはアスールに置いていかれたことに苛立っているのか、慣れないルシオの部屋に戸惑っているのかは分からないが、かなり気持ちが不安定で、一緒に居るチビ助を激しく攻撃したりもした。


 明らかに雄であるチビ助の方が雌のピイリアよりも体格は大きいのだから、どう考えても、チビ助の方が圧倒的に力は強いだろう。

 にも関わらず、チビ助は頭や翼をピイリアから突かれても、一度として反撃したりはしなかった。ピイリアが落ち着くのを、チビ助が黙って待っているようにルシオの目には映った。


 最近ではそんな姿を見ることもなくなったが、今度はチビ助が慣れない王宮の厩舎でしばらく暮らすことになる。

 ルシオの不安な気持ちは、アスールにも痛い程理解できるのだった。



「もしも、またピイリアがチビ助に攻撃を加えるような兆候があったら、すぐにチビ助を別のゲージに避難させるから、心配しないで!」

「ありがとう。逆の場合もあるかもしれないから、その時も躊躇しないでチビ助を引き離してね。体格差があるから、チビ助がピイリアを突いたりしたら大怪我をするかもしれない……」

「そうだね。分かったよ」


 アスールはそう返事を返しはしたが、そんなことにはならないだろうと思っていた。チビ助はピイリアに比べ、とても穏やかな性格なのだ。



 アスールたちがホルク厩舎へ足を踏み入れると、一番奥のゲージにいたピイリアがすぐにアスールに気付いて嬉しそうに囀っているのが聞こえてきた。


「このまますぐにチビ助をゲージに入れないで、一旦二羽を外に離してやったらどうだ?」


 フェルナンドがそう提案した。


「そうですね。そうします。ピイリア、外に行くよ!」

「ピィィ」


 ピイリアがすぐに返事をする。


 ピイリアは新しい環境に慣れさせるために、二日前からこの新しいゲージに一羽だけで入れられている。余程退屈していたのだろう、お気に入りの玩具が床に散らばっていた。



 ピイリアを外へ連れ出し、アスールは冬の抜けるような高い空へとピイリアを放った。ルシオもすぐにチビ助を乗せていた左手を振り上げる。

 チビ助はあっという間にピイリアに追いついて、二羽は大空を並んで飛んだり、別々の方向へ飛んでは近づいたりと、文字通り羽を伸ばしている。



「楽しそうじゃな」


 空を見上げていたフェルナンドが、両手を空へと突き出し、大きく伸びをしながらそう言った。


「そうですね。あんなに自由に広い大空を飛び回れて……チビ助とピイリアが、ちょっと羨ましいな」


 ルシオがほとんど聞き取れないような小さな声で呟いた。フェルナンドは驚いたようにルシオの顔を覗き込んだ。


「なんじゃ、ルシオ。お前さんにしては珍しく元気が無いな。何かあったのか?」


 ルシオはフェルナンドの問いかけに、はにかんだような笑顔を見せた。


「ちょっと、いろいろあって……」

「まあ、いろいろあるのが “人生” ってもんだろう? 良いことばかりは続かんし、逆もまた(しか)りだ」


 そう言うと、フェルナンドは芝生の上にドサリと腰を下ろし、アスールとルシオにも側に座るようにと促した。

 ルシオは大空を羽ばたくチビ助を目で追いながら、ぽつりぽつりと語り出した。


「先日の授爵式の後、家に帰って来た父上から聞かれたんです。お前はどう生きるか? と」


 フェルナンドは何も言わず、ルシオの話を黙って聞いている。


「バルマー家は、長男である兄のラモスが家督を継ぐことになります。これに対しては、全く不満はありません。小さい頃から、そう言うものだと思って来たので……」



 ルシオは父親であるバルマー侯爵に似て人当たりも良く、洞察力もあり、判断力に優れている。ルシオの潜在的な能力はかなり高いとアスールは評価している。


 ただ、朝が弱いと言って約束した時間に間に合わなかったり、やればできるものをギリギリまで放置したり、と自分に対して少々甘過ぎるきらいがある。


 どうやらフレドからもそこを指摘されたようだ。


「このままでは中途半端な人間で終わるぞ、と言われました」

「……成る程のぉ」

「マティアスは剣の腕を磨き、この先ずっとアスールの側に居ると決めているようです。でも、僕はマティアスのように剣の道では生きられない。それは僕向きじゃ無い」


 ルシオは剣の師匠でもあるフェルナンドを見て申し訳なさそうに苦笑いをした。


「レイフもしばらく悩んでいたように見えていたけど、近頃はなんだか思うところがあるようだし……。僕だけ一人取り残されているような、不安? 焦り? 何だろう? 自分でも何がなんだか分からないと言うのか……。あぁぁーーー」


 ルシオは急に声をあげながら後ろへ倒れ、そのまま芝生の上に寝転んだ。

 フェルナンドはそんなルシオを優しい眼差しで見つめている。


「なあ、ルシオ。お前さんには、好きなことや夢は無いのか?」

「……夢?……なんだろう。ああ、僕は僕がまだ知らないものが見たい」


 ルシオはそう言いながら、ゆっくりと身体を起こした。


「……世界を知りたい、です」

「それだけ分かっているなら、良いではないか」


 そう言ってフェルナンドは笑いながらガシガシとルシオの頭を撫で回した。ルシオは狐につままれたような顔でフェルナンドを見上げている。


「悩め! 悩め! お前の父親だって今でこそああも立派になったが、子どもの時分からそうだったわけでは無いぞ」


 そう言ってフェルナンドは立ち上がる。


「そろそろ戻ろう! ピイリアとチビ助を厩舎に入れるぞ!」


 既に日は傾き始め、冷たい風がアスールとルシオの頬を刺す。


 アスールが先に鳥笛を吹くと、ピイリアが一直線にアスールの元へと向かって飛んで来るのが見える。空へ向かって掲げられたアスールの左腕へピイリアはヒラリと降り立った。

 続いてルシオが合図を送ると、チビ助もあっという間に戻って来る。


「行こう!」


 アスールは隣に立つ友の顔が、気のせいか、なんだか少しだけ逞しくなったように見えて、吹き付ける北風に向かい大きく足を踏み出した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次回より第4部として『王立学院三年目編』をスタートする予定です。

これからも引き続き楽しんで頂けると幸いです。



続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。

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