60 成人祝賀の宴と騎士団
ダンスパーティーの二日後、学院の講堂では卒業式が執り行われた。
卒業生の代表挨拶をしたのはシアン・クリスタリア。シアンは入学からの五年間、一度として主席から陥落する事なく、その座を守り切ったのだ。
「卒業おめでとう! よくやった!」
壇上での挨拶を終えたシアンが学長から記念のメダルを制服の胸につけてもらっていると、来賓席からフェルナンドの大きな叫び声が会場中に響き渡った。
シアンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔でフェルナンドに向かって手を振っている。会場は温かい拍手に包まれた。
「全く父上は……。何もあのタイミングで叫ばなくても!」
「まあ良いじゃないか。シアンも笑っておったし。特に問題は無かろう?」
「はあ……」
「なあ、カルロ。今日はこのまま、皆で一緒に王宮へ戻るのだろう?」
「いいえ。今日戻れるのはシアン一人です」
「なぜだ?」
「僕たち卒業生以外は、明日が今学年の最終日だからですよ」
声をかけてきたのはシアンだ。
シアンは抱えきれない程の花束を持って立っていた。シアンのすぐ後ろには、沢山のプレゼントらしき包みが詰め込まれた袋を両手に提げたフーゴが居る。
「ああ、シアン。先生方への挨拶は済んだのか?」
「はい」
「荷物はそれだけか?」
「そうです。残りは後日王宮へ届けて貰えるよう手配済みですので」
「そうか。じゃあ、帰ろうか。パトリシアが城でお前の帰りを待っている」
ー * ー * ー * ー
「クリスタリア王家の子、ギルベルト・クリスタリア。我が父カルロ王に、心からの忠誠を誓います」
この日の成人祝賀の宴が第二王子の本名のお披露目となった。今日以降シアンはギルベルトと名乗ることになる。場内から大きな拍手が沸き起こった。
新しい年の最初の光の日の今日、例年通り冬の成人祝賀の宴が開かれている。今回の新成人はギルベルトを含めた十五人だ。
ギルベルトはパトリシアがこの日のために張り切って用意した真新しい衣装を着ている。
以前、アリシアの婚約式でハクブルム国のクラウス皇太子が着ていた衣装をパトリシアが気に入り、どうやら今回はそのデザインを随所に取り入れたらしい。
「シア兄様。じゃなかった、ギルベルト兄様、とっても素敵ですね!」
呼び慣れた幼名が思わず口から出てしまう。
アスールとローザの目の前では、王家への忠誠を誓う代わりに新成人たちは国王から記念品の入れられた小箱を次々と受け取っている。
王家の面々は揃って壇上に座り、新成人たちに笑顔で拍手を贈っている。それが今日の公務の主な内容だ。
「そうだね。新しい衣装も凄く良くお似合いだね。どことなく騎士団の制服にも似ているね」
「ねえ、アス兄様。ギルベルト兄様も、これからはドミニク兄様のように騎士団に所属されるというのは本当なのですか?」
「そうらしいよ。第二騎士団に所属することになるって聞いたよ」
「第一では無くて?」
「第一騎士団には既にドミニク兄上が所属されているからね。同じところで無く、敢えて別の騎士団への配属を兄上が希望されたのかもね」
「ですが……第一騎士団とは違って、第二、第三騎士団は王都の外への派遣が多いのですよね?」
「うーん。確かにそうだね」
「それって、もしかすると危険なお仕事では無いでしょうか?」
ローザの心配も分かる。
第二騎士団と第三騎士団は、王都から離れた地で起きた災害や有事の際には真っ先に派遣されるのだ。過去には大きな災害対応で、半年以上王都を離れた例もある。
「……どうだろう」
アスールにも騎士団の内情は分からない。
十五人全員がカルロから記念のメダルを受け取り、授与式は滞りなく終了した。
大広間には軽食や飲み物が用意され、新成人たちを祝うための簡単な宴が始まった。広間の奥で室内楽団が演奏を始めた。
「ねえ、貴方たち。確か、学院のダンスパーティーでは貴方たち四人でファーストダンスを踊ったって聞いたのだけど、それは本当なの?」
「はい、その通りです。母上」
代表してギルベルトがパトリシアの質問に答えた。
「まあ、それは素敵! パトリシア様、折角ですので今日のファーストダンスも四人に頼んでは如何かしら。ギルベルト様のお祝いですもの、宜しいですわよね?」
第二夫人のエルダが瞳を輝かせる。
エルダのすぐ真横に立っていたヴィオレータが、余計な面倒ごとに巻き込まれるのを避けようと、音もなく一歩後ろへ退ろうとしている姿がアスールの位置からはっきりと見えた。
「お待ちなさい、ヴィオレータ。もちろん貴女も一緒に踊るのよ」
エルダは逃げようとしていたヴィオレータの手首を一瞬でガッチリと捕まえ、満面の笑みを浮かべてヴィオレータを見つめている。
エルダはおっとりしているように見えて、やはりヴィオレータの母親なのだと、アスールは心底感心した。
パトリシアとエルダとのやり取りを近くで聞いていた多くの貴族たちからの期待眼差しが、王家の子どもたち四人に向けられている。
こうなっては、もうどうやってもファーストダンスを披露しなければこの場からは逃げられまい。ヴィオレータも観念したようだ。
「では、母上のご要望にお応え致しましょう。行こうか、ローザ」
そう言うと、ギルベルトは右手をスッとローザの前に差し出した。ローザが慌ててギルベルトの手の上に自分の左手を乗せる。
「姉上。僕らも参りましょう」
「ああ、もう。仕方が無いわね。行きましょう、アスール」
アスールの手を取りながら、ヴィオレータはそっとアスールに耳打ちをする。
「その代わり、この一曲だけ踊ったら、誰がなんと言おうと私はこの大広間から逃げるわよ。貴方もそのつもりで動いてね!」
「了解しました、姉上」
ー * ー * ー * ー
「ローザは……ダンスが好きなのね?」
「ダンスですか? はい。踊るのはとても楽しいので好きです。ヴィオレータお姉様は……あまりダンスはお好きでは無いですか?」
「そうね。踊らなくて良いなら、今後一切誰とも踊りたく無いわ」
「まあ!……でも、きっとそれは無理だと思いますわ」
「そうね。私もそう思うわ」
そう言ってヴィオレータは溜息を吐いた。
この日もヴィオレータは大広間から解放された後、アスールとローザと一緒に東翼へと来ていた。すっかり恒例となっている、未成人の三人で夕食を共にするためだ。
「ローザも知っていると思うけど、私は歌や楽器、ダンスよりも剣術が好きなの。できるなら学院を卒業した後は、ドミニク兄上やギルベルト兄上のように騎士団に所属したいと思っているくらいよ」
「本気ですか?」
「もちろん本気よ。アスールもきっと卒業後は、兄上たちと同じ道を行くのでしょうね。……羨ましいわ」
「お姉様が希望をしても、騎士団には所属することは叶わないのですか? 騎士団のことでしたらお祖父様に頼んでみては如何ですか?」
ローザは無邪気にそう提案した。
「お祖父様は兎も角、あの父上が姉上の騎士団入りを許可するとは思えないよ」
「そうかしら? お父様は、いつだって好きなことをしたら良い! って私たちに仰っているのに?」
「無理よ。そもそも私は王子では無くて、王女だもの……」
「王女だと騎士団に入っては駄目だと言うのはおかしいですわ!」
ローザにしては珍しく大きな声でそう言い切った。
「お祖父様から聞いたことがあります! どこの国かは忘れてしまいましたが、王子も王女も成人したら全員、最低でも一年間は騎士団に所属しなくてはならない国だってあるのですよ!」
「そうなの?」
アスールが驚いた顔をしてローザを見つめている。
「はい、お祖父様が前に仰っていました。もしその国に生まれていたら、私も剣の修行をしなくてはならなかったと」
「……そんな国もあるのね」
ヴィオレータは再び溜息を吐く。
「お姉様はとてもお強いのですし、剣の鍛錬もお好きなのでしょう? でしたらそれを活かせるお仕事を探せば良いのではないかしら?」
「仕事?」
「はい。スアレス公爵家のエミリア様も魔法師団に所属されていますよね。説得するまで何度もニコラス従伯父様と大喧嘩したと仰ってましたよ」
「そう。……エミリア様も」
ヴィオレータはそう言いながらローザに笑顔を向けた。
今後、なにやら波乱が起きそうな嫌な予感がしてならない。アスールもそっと横を向いて溜息を吐いた。
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