58 ダンス、ダンス。
「じゃあ、ローザ。そろそろ行こうか」
「はい、シア兄様」
「アスールもヴィオレータのエスコートを頼んだよ」
「はい、兄上」
ダンスパーティー当日。パーティーのメイン会場となる学院の大広間は、既に大勢の学院生たちで盛り上がっているようだ。
大広間近くにある控え室にまで、楽しそうな学院生たちの声が届いてきている。
ローザはシアンに、ヴィオレータはアスールにエスコートされ、四人は揃って控え室をあとにした。
パーティー前日の昨日、シアンとアスールが寮の食堂で夕食を食べていると、執行部部長のフリオ・ディールスがテーブルまでやって来て、二人に向かって言ったのだ。
「大変申し訳無いのですが、明日のダンスパーティーの件でお願いがあります」
「聞こう」
「シアン殿下、ヴィオレータ姫、アスール殿下、ローザ姫のご入場は、一般の学生が全て入り終えた後しばらく経ってからにして頂きたいのです」
「そう? こちらはそれで構わないよ」
「ありがとうございます」
「何かトラブルかな?」
シアンがフリオに尋ねた。
「実は、殿下も既にご存知かと思いますが、今回からダンスカードを導入しました」
「アスールから聞いたよ。女子学生は、当日カードを受け取るんだったね?」
「はい。もしよろしければ、ヴィオレータ様とローザ様のカードを先にお渡しすることも可能ですが……」
「いや。他の学生と同じ扱いをしてくれた方が良い。二人の分は受付で本人たちに受けとらせるよ」
シアンは、妹たちが王族だからと “特別扱い” を受けることを極力避けようとしているようだ。
それは「せめて学院に在学している間だけでも、一般の子たちと近い生活を送らせたい」というカルロの方針のせいもあるだろう。
「分かりました」
「それで? ダンスカードに問題でも?」
「いいえ。ダンスカード自体に問題があるわけでは無いのです。ただ、ダンスカードがあれば誰にでもダンスの申し込みをすることが可能な訳で、その……」
フリオが言い淀んだ。
「ヴィオレータとローザに申し込みが殺到する可能性があるってことかな?」
フリオの様子から察したのだろう、シアンが指摘する。
「……はい。そう言う話を最近頻繁に耳にするのです。特にローザ様にダンスの申し込みをしたいと思っている下級生が非常に多いようで」
「……そう。確か全部で五曲だったね?」
「はい。前半が二曲です。軽食の休憩を挟んで、後半に更に三曲を予定しています」
「だったら、前半の二曲分に関しては、僕とアスールの名前を二人のダンスカードに書き込んでから大広間に入場するよ。後半の三曲は……なんとかする」
「あの、シアン殿下……」
「なんだい?」
「できればファーストダンスもお願いしたいのですが……」
学院の大広間は、学院がまだ王家の夏の離宮だった頃の名残を一番残している部屋と言われている。
白い壁の至る所に金色の美しい装飾が施され、部屋の天井は非常に高く、その天井からはキラキラと輝きを放つ豪華なシャンデリアがいくつも吊り下げられている。
当時この大広間では夜毎、着飾った貴族たちによる盛大な舞踏会が催されていたと聞く。
そんな美しく磨き上げられた寄木張の床の上に、今日は普段の制服とは違い、少しだけおめかしをした学院生たちが集っている。
シアンにエスコートされたローザと、エスコートをされていると言うよりはアスールを従えて歩いているといった風のヴィオレータが大広間に姿を現すと、それまでお喋りに興じていた学院生たちの視線が一気にこの二組へと集まった。
大広間のあちこちから溜息が漏れ聞こえて来る。
大広間の奥で待機していた楽団が、四人の到着を待ち構えていたかのように演奏を始めた。
まずはこの二組がホールの中央へと進み、フリオから依頼されたこの日のファーストダンスを披露することになっている。
ハクブルム国から贈られた淡いピンク色のドレスを纏い、満面の笑みを浮かべながらシアンの腕の中で軽やかにステップを踏むローザの姿は、誰が見ても、紛れも無くクリスタリア国の愛すべき王女様だ。
「なんて素敵なお二人なのかしら!」
「まるで夢を見ているようだわ」
こういったパーティーに参加すること自体が初めての平民の学生たちは、ホールの中央で優雅に踊る王家の子どもたちを、うっとりとした眼差しで見つめている。
前回は一曲も踊らなかったというヴィオレータも、今回は大好きなローザと一緒に参加しているということもあってか、文句も言わずにファーストダンスと前半の二曲だけは踊ることを承諾した。
音楽が終わり、二組のペアが向かい合って優雅にお辞儀を交わす。
大広間のあちらこちらから、ペアを組んだ学生たちが手を取り合って王家の二組を囲むようにホール中央へと集まってくる。
ダンスカードの一曲目として書かれている曲が始まった。
慣れないドレスに苦戦している子も居るようだが、アスールの目には皆が楽しそうに踊っているように見えた。それぞれに練習の成果は出ているのだろう。
「アスール!」
声のした方にアスールが目をやると、すぐ横をレイフが軽快なステップで踊り抜けて行くのが目に入った。なんとレイフのダンスのお相手はヴァネッサ嬢だ!
魔導実技演習のクラスで一緒になってから、時々二人が演習内容について喋っているのを見かけたことはあったが、まさかダンスに誘う程仲が良かったとは知らなかった。
「へえ、レイフも隅に置けないなぁ!」
思わずアスールの口から本音が溢れた。
「彼、お祖父様のところに鍛錬に来ている子よね? 確か剣術クラブの。一緒に踊っている女の子の方も、貴方の知り合いなの?」
アスールの軽口に、ヴィオレータがクスクス笑いながら尋ねる。
「はい。二人とも水属性クラスの友人です! まさかダンスに誘うつもりだなんて、全然聞いてなかったから驚きました」
「貴方は? 私とローザ以外の誰かとは……踊らないの?」
「いえ。誘えるような友人も特に居ないので」
「そうなの? 今年の入学式で挨拶をしていた子とかは? ほら、バルマー家の……」
「カエラさんですか?」
「そう! そんな名前だったわね。ほら、あそこで踊っているわよ。あちらも兄妹ね」
ヴィオレータに言われてそちらを向くと、確かにカレラが長兄のラモスと踊っているのが見えた。
「兄妹とか親戚で踊っている分には、後々面倒くさく無くて良いわよね」
「そう思われるのでしたら、姉上も僕に適当な人を当てがうのはお辞め下さい。姉上こそどうなのです? どなたかからお声がかかる予定は無いのですか?」
「私は休憩が終わったら部屋に戻るわ。前半さえ出席すれば十分でしょ?」
そう言うとヴィオレータはニッコリ微笑んだ。
曲が終わり、またお互いにお辞儀を交わすと、ヴィオレータはアスールの右腕を捕まえるようにして、ぐいぐいとアスールを押し、さっさと自分たちのために用意されている席へと戻って行こうとする。
これではまるでアスールがヴィオレータに連行されているようだ。そんな考えが頭に浮かび、アスールは歩きながら思わず吹き出した。
「なに? どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「いやね。言いたいことがあるなら言って頂戴!」
「でしたら、姉上。次の曲で兄上にエスコートされるときは、半歩後ろを歩くくらいが良いと僕は思います」
ヴィオレータとアスールは顔を見合わせ、周りに居た者たちが驚いた視線を向けるのも気にせずに、声を立てて笑った。
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