57 ピイリアのお気に入り
「ねえ、アスール」
「何?」
「ちょっと窓の方、見てくれない?」
「窓?」
いよいよ学年末試験が始まった。
それぞれが選択している授業によっても受ける試験の数は違うのだが、アスールもルシオも今週は毎日なんらかの試験が予定されている。
二日目の今日「明日の試験勉強を一緒にしよう!」と言い出し、ルシオが夕食後にチビ助を連れてアスールの部屋に来ていた。
アスールが言われた通り窓の方に目を向けると、窓際のいつものお気に入りの止まり木の上で、ピイリアがチビ助の羽毛の中に顔を突っ込むようにして羽繕いをしていた。
「可愛いと思わない?」
そのまま黙って二羽の様子を見ていると、今度はチビ助がピイリアの羽毛の中にボフッと顔を埋めた。まるでしてもらった羽繕いのお礼にお返しをしているようにも見える。
「ああやって、さっきからずっと繰り返しているんだよ」
「へえ、仲良しだね」
アスールとルシオがよく一緒に行動する関係で、それぞれの飼い主に飼育されているピイリアとチビ助も、それに従って一緒に居ることになる。
元々お互いの相性も悪く無いのか、最近ではこうして仲良く羽繕いをする姿を見かけることが増えた。
「もしかすると、本当に番になるかもしれないね」
「そうだね」
アスールたちは勉強そっちのけで二羽の羽繕いの様子を観察していた。
「段々と首の周りがもふもふしてきたと思わない?」
「確かに! 気持ち良さそうだね」
「ねえ、アスール。前にゲント先生が言っていたことを覚えてる?」
「番にする場合の話?」
「そう。休みの間、どちらかの家でまとめて世話をするって……」
「もちろん覚えているよ」
「あの話、アスールはどう思う? チビ助とピイリアを番にしてみたいと、今でも考えてる? もちろん、大変だとは思うし、アスールが嫌ならやめるけど……」
ルシオはアスールの寮の部屋にドリハン先生ともう一人が侵入して、ピイリアを盗もうとした事件のことを気遣っているのだろう。
「僕は挑戦してみても良いと思ってる」
「本当に?」
ルシオの顔が輝いた。
「でも、ルシオのところでピイリアを預かるのは無理だよね?」
「どうして?」
「どうしても何も、あの鳥嫌いの君の母上に内緒にしたまま、長い休みの間ずっとルシオが二羽の世話をするなんて、どう考えたって不可能だろう?」
「……そうだね。だったら」
「良いよ。僕が面倒を見るよ。とは言っても、王宮のホルク鳥舎に預かって貰うってことだけど。それせも、なるべく僕が鳥舎に通って世話をするから」
「良いの?」
「もちろんだよ。もし卵が孵ったら、ローザとヴィオレータ姉上の二人が育てたいって言ってるしね」
「もしピイリアが三個卵を産んだらどうするの?」
「それはその時に考えれば良いんじゃない? 一個も産まないかもしれないんだから」
「そうだよね。なんだか楽しみになってきたなぁ」
そう言ってルシオはニヤニヤしている。
「御二人とも、御勉強の方はもう宜しいのですか?」
「「えっ?」」
「お喋りばかりで、先程からちっとも捗っていないようですね」
「「えええっ」」
お茶の用意をしながら、ダリオが困り顔でアスールとルシオを見ている。
「反対はされないとは思いますが、チビ君を王宮へ御連れになる前に、先ずは陛下とフェルナンド様に御了解を頂いた方が宜しいかと存じますよ、殿下」
ー * ー * ー * ー
「はあ。やっと全教科終わったぞー!」
教室内のあちらこちらから安堵の溜息が漏れ聞こえてくる。たった今、最終科目の試験が終了したのだ。
今学年も残すは来週の一週間のみ。試験の結果発表と、場合によっては追試。それからいよいよダンスパーティーだ。
「ねえ、アスール。今からピイリアを王宮に飛ばす? それとも学院のホルクを借りるの?」
「もちろん、ピイリアを飛ばすよ」
「だよね。僕も今から父上にチビ助を飛ばすよ。父上は多分今日も王宮に居ると思うけどね」
「じゃあ、早く寮に戻ろう。遅くなる前にピイリアたちが戻って来られるように」
「そうだね!」
寮へ戻り部屋の扉を開けた瞬間、アスールの部屋中に焼き菓子の美味しそうな香りが充満していた。
「御帰りなさいませ、殿下。試験は全て無事に終了されましたか?」
「ただいま、ダリオ。そう思うよ」
アスールは鞄を置くと、部屋のソファーに視線を移した。ソファーに寄りかかるようにして床に大きい姿のレガリアが寝転がって居るのだ。
「ところで、なんでレガリアは僕よりも先に僕の部屋で焼き菓子を食べているのかな?」
「なぜ我が先に菓子を食べたと思うのだ?」
「なぜって、口の周りに焼き菓子の欠片が付いているよ!」
アスールに指摘されると、レガリアは慌てて長い舌でペロリと口の周りを舐め取った。
「そんなことより、今日は随分と戻って来るのが早いのだな」
「今からピイリアを王宮まで飛ばそうと思ってね」
「ピイィ?」
「って、ピイリアなんでそんなところに?」
「ピイィィ」
レガリアのふわふわした毛の中から、ピイリアがピョコリと顔を覗かせ鳴いているではないか。
「なぜだか分からんが、この小さいのに気に入られてしまったようでな。時々ダリオの菓子の毒味をした後で、ここでしばらくこうしておるのだ」
「すっかり仲良しなんだね?」
「ピイィ!」
レガリアが答えるより前に、ピイリアが返事をする。
その時、レガリアの耳が何かを察知するかのようにピクリと動いた。
「おや? 今日はローザも戻って来るのが早いのだな?」
「今日は学年末試験の最終日だからね」
「ならば我も戻るかな」
そう言うとレガリアは一瞬で小さな姿になる。ピイリアも慣れた様子でレガリアから少し離れた。
「では、こちらをお持ち下さい」
「うむ」
ダリオが小さな包みを、慣れた手付きでレガリアの小さな背中に括り付けている。
「もしかして、その背中の包みの中身は焼き菓子?」
「ああ。ローザとエマの分だ」
女子学生たちが暮らす階には、男子学生だけでなく、側仕えのダリオであっても立ち入りは許されていない。
にも関わらず、ローザはダリオの焼き菓子をいつもアスールとほぼ同じタイミングで食べているような素振りを見せていた。
それをアスールはずっと不思議に思っていたのだ。
「そうか。そんなカラクリだったのか! レガリアが先にこの部屋で焼き菓子を食べて、それから、そうやって毎回持ち帰っていたんだね?」
あんな風に荷物を背負っていては、いつものように姿を消して扉を通り抜けることなどできないだろう。
アスールは焼き菓子を背負って扉の方へ真っ直ぐに歩いて行くレガリアを追いかけると、レガリアが部屋から出て行きやすいように急いで扉を開けた。
そんなアスールの目の前を、レガリアはすました顔で通り過ぎていく。
「よし。じゃあ、ピイリア」
レガリアを見送り、扉を閉めるとアスールはピイリアに声をかけた。
「今から手紙を書くから、それを王宮まで届けてくれるかな?」
「ピイィ!」
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