56 ダンスカードと試験勉強
「今回は、女性には会場の入り口でこのダンスカードを配布します。パーティーで演奏されるのは前半に二曲。休憩を挟んで後半に三曲。全部で五曲です」
アスールはルシオと共にダンスパーティー前の最後の打ち合わせに参加していた。
執行部部長のフリオが手に持ったダンスカードをその場に居る部員に掲げて見せている。
何度か開かれている会議にアスールたちはこうして毎回顔を出してはいたが、まだ第二学年の二人にパーティー当日の役割りを振り分ける気はフリオには無さそうだ。
「ダンスカードとは何ですか?」
平民の三学年生が手を上げ、フリオに質問をした。
「ダンスカードとはこれ。当日演奏される全ての曲名と、その曲の作曲者が書かれているカードのことだ。曲名の下にこうして名前を記入する欄がある」
フリオが机の上に置いたカードを数人が立ち上がって覗き込んでいる。
「ダンスをしたい男性は、先ずはこのカードを持った女性のところへ行って、ダンスのパートナーになってくれるよう志願せねばならない」
「えええ?!」
「まさか!」
平民たちの間に動揺が走った。フリオは全く気にする様子も無く話を続ける。
「了解が得られれば、この空欄に、付属のこのペンで自分の名前を書き込む。言わば、ダンスの予約表だな」
「断られることもあるんですよね?」
「それはそうだ。踊る相手を選ぶ権利は、女性側にあるからな」
「断られたら……。恥ずかし過ぎる!」
「それも含めて経験だ」
机の上に置かれているダンスカードは小さな冊子のように綴られていて、中央に学院の紋章が刻印され、その上部には “クリスタリア王立学院” と美しい飾り文字で書かれている。
カードには飾り紐が付けられていて、その紐でドレスのベルト部分や、手首などに結びつけておくのだ。
「もしも意中の相手が居るならば、ウダウダ悩んでいないで、さっさと申し込みに行った方が良いぞ。最初に言ったと思うが、今回はたったの五曲だからな」
どうやらこのダンスカードは、学院では今回のパーティーが初導入のようだ。
パーティーでは踊るも踊らないも個人の自由。ダンスに普段から慣れ親しんでいる貴族は兎も角、平民にとってダンスはそれなりに敷居が高いようで、今まではパーティー自体に参加はしても、ただ眺めているだけの学生が多かったらしい。
だが、今年は放課後に学院が希望者を募ってダンスのレッスンを行なっている。予想に反して、試験前にも関わらずレッスンの参加者はそれなりに居るらしい。
ダンスカードというドキドキ要素も増えて、今までよりもダンス参加者が増えるのではないかと、学院側も執行部も期待しているとフリオは語った。
「ダンスカードかあ……。アスールは誰かと踊る予定はあるの?」
「先日兄上が、ローザとヴィオレータ姉上の二人と踊っておけば良いと仰ってたよ」
「ああ、そうだね。僕もカレラで良いや! 誰か一人くらいと踊っておけば文句は言われないよね? 後の時間はずっと美味しいものでも食べていよう!」
「あのさ、ルシオ。さっきフリオ部長が言ってたのをちゃんと聞いていなかったの?」
「ええと、何だっけ?」
「休憩は前半のダンスと後半のダンスの間だけだよ」
「休憩って、軽食のことだったんだ。……ガッカリだよ」
ー * ー * ー * ー
「そうですか。当日に受付でダンスカードが配られるのですね?」
もう試験は目の前だと言うのに、最近はどこへ行ってもダンスパーティーの話題で持ちきりだ。
「そう聞いたよ。でもね、同じクラスの友人の話だと、平民の子たちの多くは当日申し込みをして、目の前で断られるのは体裁が悪いと思っているらしいんだ。だから、前もって約束を取り付けた人も中には居るそうだよ」
「それではダンスカードの意味がありませんね」
アスールの話を聞いたローザは可笑そうに笑っている。
「まあ、そうだね。気持ちは分からなくは無いけど」
「アス兄様でしたら、どなたをお誘いになっても、断られたりはしないと思います!」
「そうかな?」
「はい!」
「じゃあ、ローザは僕と一曲踊ってくれるのかな?」
「ええと……それはお断り致します。ちゃんと当日、改めてお誘い下さいませ」
「はい、はい。分かりました。そうさせて頂きます」
アスールのふざけた口調の返答を聞いて、ローザは堪え切れなくなったのか、身体をふるわせながら笑い出した。アスールもそんなローザにつられて笑い出した。
気持ち良さそうにずっとローザの膝の上で居眠りをしていたレガリアが、突然の笑い声に驚いたのだろう、薄目を開けて笑う二人を不思議そうに見つめている。
「あら、起こしちゃった? うるさかったかしら?」
「いや。構わん」
レガリアは起き上がってローザの膝の上で大きく伸びをすると、ふわりと床へ降り、出口へ向かって歩き出した。
「レガリア? どこに行くの?」
「ああ。腹ごなしに少し中庭でも歩いてくる。我は勝手に部屋へ戻るから、別に探しに来なくても良いぞ」
「分かったわ。お散歩、楽しんで来てね」
「うむ」
この週末は、学年末試験が近いこともあってアスールたちは王宮へは戻らなかった。
今はこうして談話室のソファーに座り、お茶とダリオの焼き菓子をのんびりと楽しんでいる二人だが、つい先程までアスールもローザも図書館のキャレルでシアンと一緒に試験勉強をしていたのだ。
シアンたち最終学年の学生たちにとっては、今度の試験はただの学年末試験では無く、卒業試験ということになる。
試験の量も難度もアスールたち下級生と最終学年生とでは雲泥の差らしく、シアンは今も一人図書室に残って勉強を続けている。
シアンにとっては五年間通しての主席の座がかかった最後の試験になるのだ。
「シア兄様は、きっとまた主席ですよね?」
「多分ね。でも今度の試験には卒業式での総代挨拶の座もかかっているから、主席争いはもしかすると僕たちが考えるよりずっと激しいのかもしれないね」
卒業生代表の挨拶をするのは、その年の卒業試験の最優秀者と学院では決まっている。アスールがした入学式での代表挨拶とは違って、貴族という身分は全くアドバンテージにはならないのだ。
実際、ここ数年は連続して平民出身者が総代を務めているそうだ。その多くがその後は魔法師団に入団し、多方面で活躍していると聞く。
「そう言われてみると、今日は図書室に最終学年生の方たちがたくさんいらっしゃいましたものね」
「そうだね。兄上も僕たちと呑気に談話室でお茶なんて飲んでいる場合では無いのかもね」
「そう言うアス兄様も、今のところずっと主席ですよね?」
「……。一応ね」
「お二人とも素晴らしいです!」
「兄上は兎も角、僕に関しては主席の座を守るのに必死だよ。優秀な兄上と常に比較されるし、僕も僕なりに頑張らないと」
「王子様は、いろいろと大変ですね」
ローザは呑気なものだ。
「そういう王女様は勉強は大丈夫なの? 算術……少し教えようか?」
「私にはカレラ様という極めて優秀な友人が居りますので、どうかご安心下さいませ。私、落第だけは絶対に致しませんから」
「落第だけはって……。ははは。ローザは良いね、いつも本当に楽しそうで」
「はい」
お茶のお代わりを淹れながら二人の会話を聞いていたダリオとエマが、顔を見合わせ小さく微笑んだ。
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