55 従兄妹と再従兄妹
「ちっとも知らなかったよ。叔母上はお二人とも既にお亡くなりになったと、そう父上から聞かされていたからね」
「まさか、あの有名な “海賊リリー” が、私たちの叔母様でいらしたなんて……本当に驚きましたわ」
スアレス公爵家の兄妹たちは、世間を騒がせる程有名な海賊団の首領と駆け落ち同然で結婚し、今や平民にまで身分を落とした自分たちの叔母を、さした抵抗感も無く意外な程すんなりと受け入れた。
それどころか面白がっている風にも見える。それはイアンとレイフに対しても同じのようだ。
アスールは今日の顔合わせでイアンとレイフの二人が嫌な思いをするのでは無いかと内心かなり心配していただけに、こうもあっさりと再従兄妹たちから二人が受け入れられたことに拍子抜けした程だ。
しばらくすると、大人たちはそれまで揃ってお茶を飲んでいたテーブルから離れ、部屋の奥のソファーへと移動していった。
ソファーの方をチラリと見ると、大人たちは難しい顔をして何やら混み入った話をしている。
アスールは気になって聞き耳を立ててみた。テーブルとソファーとの位置は、確かにそれなりに離れている。だとしても、特にフェルナンドとニコラスに至っては身振り手振りを混ぜてあれだけ議論を交わしているように見えるのに、その話の内容がアスールたちの居るテーブルには全くと言って良いほど聞こえてこない。
もしかすると、敢えて聞こえないように注意を払っているのかもしれない。
普段はかなり大きな声で話すフェルナンドの声ですら、時々単語が判別できる程度なのだから。
後に残された子どもたちはと言えば、突然現れた叔母の話題で盛り上がっていた。
初めのうち、有無を言わせず放り込まれたこの状況に酷く困惑しているように見えたイアンとレイフだったが、時間の経過と共に段々と緊張もほぐれたのだろう、半刻も過ぎた頃にはすっかりこの親戚の集いに馴染んでいる。
「イアン、レイフ。ちょっとこっちへ来てくれんか?」
突然フェルナンドが二人の名を呼び、どっしりとソファーに座ったまま上半身だけ振り返り、二人に向かって手招きをしている。
「「はい」」
呼ばれた二人はすぐに立ち上がり、フェルナンドの方へと歩いて行った。
アスールからは祖父の大きな背中しか見えなかったが、フェルナンドは二人に向かって真面目な顔で何かを説明しているようだ。
イアンとレイフの二人の真剣な表情から、二人がフェルナンドの話に聞き入っているように見える。
アスールは、フェルナンドが突然二人を呼びつけたこと、二人の真剣な表情、周りの大人たちの様子、それら全てに違和感を覚えた。
そもそも、このタイミングであの親子三人をスアレス公爵家と引き合わせる意図が分からない。
(いったい何の話をしているのだろう?)
だが、フェルナンドとレイフたちの会話が気になって気になって仕方が無いというのに、従姉妹たちのお喋りは相変わらず絶え間無く続いている。
そのせいでただでさえ聞き取り辛いフェルナンドの声が、全くと言っていい程アスールの耳に入って来ないのだ。
三姉妹はローザに対して、この夏の島での日々に関していろいろと質問していた。
「そう言うことだったのね。私はてっきりこの夏、貴方たち三人は私たちと一緒にフェーンに滞在するのかと思って楽しみにしていたのよ」
そう言ったのはカリアナだった。
この夏は、スアレス公爵家からもアリシアの結婚式にニコラスとベラが揃って列席するためハクブルム国へと旅立ってしまった。
フェーンというのは王都ヴィスタルから北へ馬車で数時間の位置にあるそれ程大きくは無い町だ。王都から近いこともあって、フェーンには多くの貴族の別邸があり、夏の間の避暑地として知られている。
カリアナはてっきり夏の間、残された子どもたちはスアレス公爵家のフェーンの別邸か、王家のハルンの離宮のどちらかで一緒に過ごせるものと思い込んでいたらしい。
と言うのも、次の春には結婚が決まっているカリアナにとっては、家族や従兄妹たちと共に過ごせるのも、今年の夏が最後だったからだ。
「仕方ないわよ、お姉様。話を聞く限り、どう考えてもフェーンに滞在するよりも海賊の島で過ごす方が楽しそうだもの。私だったら絶対に島に行く方を選ぶわね。フェーンは正直、退屈なところだわ」
「まあ、エミリアったら」
アスールは聞き耳を立てるのを半ば諦め、小さく溜息を吐いた。
そうこうしているうちに、イアンとレイフが戻って来た。
最後にアスールが様子をうかがった時には、イアンは大きく首を横に振り、ニコラスに向かって何かを言った後で、丁寧に頭を下げていた。
「どうかした?」
アスールは隣に腰を下ろしたばかりのレイフに向かって尋ねてみた。
「……。うん」
レイフは、なんとも複雑な表情を浮かべ、どう答えたら良いのか考え込んでいるようにアスールには見えた。
「僕の話では無かったんだ。だから……」
そう言ったレイフの視線の先にはイアンが座っている。当のイアンはまるで何事も無かったかのように、既に従姉妹たちの他愛もない話に加わっていた。
「良いよ。無理して話さなくても」
「……ありがとう、アスール」
「そう言えば、確か今年は学院のダンスパーティーが開かれる年でしょう? そうよね? ローザ」
「はい。学年末試験が終わったらすぐだそうです」
気ままな従姉妹たちの話題は、今度は学院のダンスパーティーへと移ったようだ。
「本当にあの日は楽しかったわ……」
次女のマチルダが当時を思い出したのだろう、懐かしそうに目を細めている。
そんな妹の様子を見ていたカリアナが、隣の席にちょこんと座っているローザに耳打ちをした。
「あのね、ローザ。良いことを教えてあげるわ」
「何ですか?」
ローザの目が期待でキラキラと輝いている。
「ふふふ。マチルダはね、初めて参加した学院のダンスパーティーでシリル様からダンスに誘われたの。それがあの娘たちがお付き合いをするきっかけとなったのよ」
「シリル様とは……マチルダお姉様の婚約者の方ですか?」
「そうよ!」
「違いますわ、お姉様! 確かに一度目の時にもダンスにはお誘い頂きましたが、二度目のパーティーの時が婚約の決め手ですわ」
「あらあら。それは大変失礼致しました」
そう言って、長女のカリアナが楽しそうに笑った。
そんな姉たちのお喋りを、三女のエミリアだけは少し冷めた眼差しで見つめている。
「……あれからもう三年なのね。今回もシアンはご令嬢たちからの熱い視線から逃げ回るおつもりかしら?」
「そう言うエミリアだって、誰とも踊っていなかったと思うけど……僕の記憶違いだったかな?」
「貴方と同じで、面倒事には巻き込まれたくないと思っているだけよ。間違ってはいないでしょ?」
シアンは返事をする代わりに肩をすくめて見せた。
「アスール。貴方もダンスのお相手選びはくれぐれも慎重になさいね」
「えっ?」
「いつの間にか婚約者が決まっていたら困るでしょ?」
「ええ?」
「ふふふ。冗談よ、アスール」
冗談だと言いつつも、エミリアはなんだか意味あり気な笑みを浮かべてアスールを見ている。アスールは訳が分からず、助けを求めるようにシアンを振り返った。
「大丈夫だよ、アスール。今回は取り敢えずローザとヴィオレータが居るからね」