54 誕生会と言う名の……
「さあさあ、ローザ。早く着替えてらっしゃい! ハクブルム国のドレスを皆様にお見せするのでは無かったの? もう皆様、到着してしまうわよ」
パトリシアに急かされ、ローザはエマに付き添われて部屋まで着替えに戻って行った。
今日はシアンの十五歳の誕生日を祝って、限られた親戚だけを招待して、パトリシアがお茶会を開くことになっている。
「とは言っても、僕の誕生日は口実に過ぎないね」
今日の主役であるシアンが、アスールに向かってそう言いながら笑っている。
実際にそうなのだろう。ローザはシアンの誕生会だと思ってやたらと張り切っているが、本当の目的がそうで無いことは、ローザ以外の誰もが分かっている。
どうやら今回のお茶会はパトリシアが主催ということになってはいるが、実際にはこの会を開くと言い出したのはフェルナンドだ。
フェルナンドは次の成人祝賀の宴を前に、どうしてもイアンとレイフをスアレス侯爵に引き合わせたいと思っているらしい。
急な王妃からのお茶会の招待に、最近は鍛錬のためによく王宮に出入りしているレイフはともかく、イアンは今日までずっと戸惑いを隠せないといった様子だった。
「お祖父様はどうして急にそんなことを言い出されたのでしょうか?」
「いろいろと考えがお有りなのだと思うよ。今回と言うよりはむしろ次回に向けての布石だと、僕は思うけどね」
「次回ですか?」
「いや。なんでも無いよ」
そう言ってシアンは意味あり気に微笑んだ。
「シアン。成人おめでとう」
「ありがとうございます」
スアレス公爵家を代表してニコラスがまずシアンに祝いを述べた。
公爵夫人のベラと、アルベルト、カリアナ、マチルダ、エミリアの四兄妹も次々とシアンに祝いの言葉をかけて、皆が用意された席に座るとお茶会が始まった。
ローザがまだリリアナたちが来ていないにも関わらず、お茶会が始まってしまったことに戸惑っているのが手に取るように分かる。
だがローザが何も言い出さないのは、おそらくはパトリシアから余計なお喋りはしないようにと強く言われているからだろう。
この日の話題の中心は、シアンの学院卒業後についてだった。
卒業式が終わればすぐに冬の成人祝賀の宴が開かれる。それが済めばシアンは王族の一員として公務に関わって行くことになる。
そうなれば、ドミニクと同じように婚約者の選定も始まるだろう。
「その後、ドミニク殿下の婚約者は決まったのですか?」
「いや。まだ決定までには至っていないよ。周りが煩いので、そろそろ決めて貰いたいとは思っているんだけどね」
「有力候補は、例の姫君ですか?」
「……まだ分からんな。本人の意思に任せようと思っているよ。無理強いはしたくない」
王家と縁付きたい貴族は多い。お茶会以降、王宮には年頃の娘を持つ貴族からやたらと身上書が届いているらしい。
「ドミニク様の次はシアン様の番ですわね」
シアンより一つ年上のエミリアがそう言ってシアンに意味あり気な表情で笑いかける。シアンは特に返事もせずに、こちらも曖昧な笑顔をエミリアに返した。
公爵家唯一の男子であるアルベルトは次期スアレス公爵だ。
アルベルトは既に結婚していて、二歳になる男の子がいる。今日参加していないアルベルトの妻は現在妊娠中で、新しい年の初めに二人目の子どもが生まれてくる。
長女のカリアナは来年の春に結婚が決まっている。
本当だったらこの秋に結婚式をする予定だったようだが、アリシアのハクブルム国への輿入れがあったことで予定を遅らせたそうだ。
次女のマチルダは最近婚約を発表したばかりだ。
お相手はどうやら王立学院時代の同級生なのだそうだ。だが、その相手というのが辺境伯の長男らしく、娘を遠くへ嫁がせたくない公爵が婚約は許したものの、そう簡単に結婚の許可は出ないだろうと噂されているらしい。
三女のエミリアにはまだ婚約者は居ない。そもそも、結婚して家庭に収まる気など全く無いようだ。
エミリアは学院卒業後に公爵の大反対を押し切って魔法師団に入団してしまったのだ。エミリアは非常に強力な風の属性の持ち主で、今は魔法師団内で野生のホルクの保護に携わっている。
「シアンは、ドミニクの婚約者がなかなか決まらない方が、自分には都合が良いと思っているんだよな? 間違ってはいないだろう?」
カルロがシアンの本音を探るかのように聞いた。
「まあ、そうですね。兄上を差し置いて若輩の私が婚約者を決めるわけにはいきませんから。兄上にはよくよく検討した上で婚約者を決めて頂きたいと思っています」
(なんだか、腹の探り合いのようだな)
そんなことを考えながら、アスールは他人事のように大人たちの様子をぼんやり眺めていた。
「アス兄様」
隣の席に座っていたローザが小声でアスールに話しかけてくる。
「レイフ様たちは今日はいらっしゃらないのですか?」
「来るって言ってたよ。どうしたんだろうね?」
「お部屋をお間違えなのかしら?」
ローザが不安そうな表情で扉の方を見ている。
折角楽しみにしていたシアンの誕生会なのに、もうお茶会が始まってから一時間近く経ってしまっている。レイフたちが来る気配が無い上、皆の話もちっとも面白くないとローザが思っているのが露骨に顔に出ている。
その時、扉をノックする音がして使用人が一人入って来た。使用人は静かにパトリシアに近付くと、小声で何か耳打ちをした。
パトリシアはニッコリと微笑むと「お通しして頂戴」とだけ使用人に伝えて、静かに席を立った。
「お義父様。お見えになりましたわ」
「ああ、分かった」
そう言うと、二人は皆の視線を浴びながら扉の方へ歩いて行った。パトリシアは自ら扉を開け、そこに居た人を部屋の中に招き入れた。
決して派手では無いが、全体に凝った美しい刺繍が施された黒のドレス姿の女性が入って来た。
その後に二人、強張った表情を浮かべた少年が続いている。
「リリアナ!」
ニコラスが妹の名前を叫びながら立ち上がった。スアレス家の面々が驚いた表情で立ち尽くすニコラスを見上げている。
「陛下、本日は息子共々お招き頂き誠にありがとう存じます」
そう言うと、リリアナはカルロに向かって美しく礼をとった。それからフェルナンドとパトリシアと挨拶を交わしながら笑顔で抱き合っている。
ひとしきり挨拶が終わると、リリアナは呆然と自分を見つめているニコラスの方へとゆっくり歩み寄った。
「お久しぶりでございます、お兄様」
「ああ。久しいな。息災か?」
「……はい」
「その二人、息子たちだな?」
「はい。次男のイアンと三男のレイフです。長男は既に結婚してテレジアで暮らして居ります」
「「お初にお目にかかります、スアレス公爵閣下」」
「……ああ」
そう短く返事だけをしたニコラスは、目頭を押さえ横を向いてしまった。
「さあ、お茶会の続きを始めるぞ! 椅子をもう三つ用意してくれ!」
フェルナンドの声を合図にすぐにテーブルと椅子が運び込まれてきた。おそらく既に扉の外で待機していたのだろう。あっという間にお茶の準備も完璧に整った。
フェルナンドは元々自分が座っていた席にリリアナを座らせる。そしてそのまま戸惑うイアンとレイフを連れて、今運び込まれて来たばかりの席に三人で座った。
「そうだ、そうだ。今日はシアンの誕生会だったな。全員揃ったところで、もう一度と乾杯と行こうかの」
「お祖父様、今はお酒の用意はありませんが」
「なんだそうか。まあ、無いなら無いで、お茶でも構わん。シアン、成人おめでとう!」
そう言うと、フェルナンドは嬉しそうにお茶を一気に飲み干した。
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