閑話 マルコ・ガイスの独白
私の名前はマルコ・ガイス。六十三歳。
ガイス子爵家の三男として生を受けましたが、子爵家は長兄が継ぎ、三男である私は爵位を得ることは叶わず、とある侯爵家に長年勤めました。
そこを退職して以降、現在は縁あってクリスタリア王立学院内にある東寮の管理人をしています。
学院には学生寮が三棟あり、私が受け持つ東寮では貴族の子どもたちをお預かりしております。
一概に貴族の子どもたちとは言っても、きちんと教育を受けた礼儀正しい子も居れば、只々甘やかされて育ったどうにもならない子も居ります。
男女合わせて百名ほどの子どもたちですから、何事も無く終わる日ばかりではありません。
そう、あれはつい数日前のことです。
私は午前中に、出来うる限りの雑務を終えるように心掛けております。遅い昼食を終え、子どもたちが寮へと戻って来るまでの数時間が、私の短い自由時間です。
その日の気分で茶葉を選び、お気に入りの茶器でお茶を淹れ、私室でのんびりとそのお茶を飲みながら読書をするのが毎日の楽しみです。
その日も私は午後のひと時をいつもの様に楽しんでおりました。
ところが上の方の階から、振動と共に、突然あり得ない位大きな音が聞こえてきました。私が急いで階段を駆け上がると、三階の廊下の先であってはならない光景が目に飛び込んで来ました。
半分くらいに壊れた、元は扉だったと思われる板状の物が廊下に落ちているではありませんか!
急いでそれを確かめようと私が途中まで廊下を進むと、おそらくは私の足音に気付いたのでしょう、奥から「至急警備兵を呼んで下さい!」と言う叫び声が聞こえて来ました。
私はこの唯ならぬ事態を前に、踵を返し、慌てて警備兵を呼びに走りました。
その声の主は三階に暮らす第三王子のアスール殿下の側仕えである、ダリオ・モンテス卿のものだということはすぐに分かりました。
彼は一年半前からアスール殿下と共にこの東寮で暮らしています。菓子作りが趣味らしく、週に何度も美味しそうな香りが彼の部屋から漂って来るのです。
彼は時々私にも出来立ての焼き菓子をお裾分けしてくれます。その日の私のお茶受けも、前日に彼から頂いたパウンドケーキでした。
警備兵を呼んで寮に戻ると、モンテス卿は二人の侵入者を拘束した後でした。
後ろ手に縛られた二人のうちの一人は、駆けつけた警備兵たち数人に囲まれてもなお大声で喚き散らしておりました。
もう一方はぐったりと項垂れています。おそらくモンテス卿の攻撃を受け、扉に叩きつけられたのでしょう。その勢いで扉が破壊されたことは容易に想像できます。
モンテス卿は強力な風の魔力使いですから。
もう何十年も前の話ですが、私が王立学院に入学した当時、彼は学院の第三学年生でした。
彼はモンテス伯爵家の長男で、家柄も申し分ない上に見た目も良く、学業に於いても、剣術に於いても素晴らしい成績を収めている、学院内ではかなりの有名人でした。
因みに、フェルナンド様は私の翌年にご入学されています。
ダリオ様は学院卒業後は騎士団に入り、若くして第二師団長に就任し、一時は “鬼の師団長” とか “風鬼” などと呼ばれていた時代もありました。
それが気がつけば、いつも間にか騎士団を辞めていて、当時のカルロ王子の側仕えとして王宮勤めをしていたのには驚かされたものです。
一年半前、アスール王子の側仕えとして寮に姿を現した時は更に驚きましたが。
後から駆けつけた魔法師団の方から聞かされた話では、侵入者はアスール殿下が育てているホルクを盗むのが目的だったようです。
侵入者もまさか殿下の隣の部屋にあれだけ腕の立つ側仕えが待ち構えて居ようとは、想像もしなかったに違いありません。
見た目から唯の年寄りだと思ったであろう侵入者には心から同情します。モンテス卿程見た目と中身の異なる老人は他にはまず居ないでしょう。
侵入者たちは呆気ない程簡単に取り押さえられたのでしょうね。容易に目に浮かびます。
壊れた扉ですが、すぐに私が修理の手配を致しました。と言っても、あの酷い壊れようですから修理は出来ず、新しいものと交換することになりました。
風魔法の一撃が通り抜けたであろう室内の方は、目を覆いたくなる程の酷い有様の様に見えましたが、思っていた程の被害では無かったようです。
アスール殿下が勉強用として使用していた椅子が大破した以外は。
あの日の惨状を目撃した三階の子どもたちに多少動揺が走りましたが、週明けには、まるで何事も無かったかのように普段の落ち着きを取り戻しつつあります。
しばらくは工事業者や魔法師団の出入りもありますが、すぐに私の穏やかな日常も戻って来ることでしょう。
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