52 そして事件は起こった(2)
アスールは紛失物の確認よりも前にベランダへ出て、先ずはピイリアの様子を確認した。ピイリアは普段とは違う周りの様子にすっかり戸惑っていたようで、アスールを見つけると訴えるように激しく鳴き出した。
「大丈夫だよ。今すぐに出してあげるからね」
「ピピイィィ」
鳥小屋の扉を開けた瞬間、ピイリアは勢いよく飛び出してアスールの左肩にとまり、頭をアスールの頬にグイグイと押しつけてくる。
「もう大丈夫。大丈夫だからね」
そう言いながら、アスールはピイリアの頭をそっと撫でた。
「殿下。部屋の確認がお済みでしたら玄関ホールへ戻って頂けますか? もうすぐ魔法師団の方々が到着すると……」
管理人がそう声をかけながら、アスールの部屋を覗き込んだ。
無惨に壊れた扉は既に見ていたが、おそらく管理人は部屋の惨状を今初めて目にしたのだろう。普段から生真面目で神経質そうなその管理人はすっかり言葉を失い、室内を見たまま立ち尽くしている。
「紛失物の確認ですよね? 終わり次第すぐに行きます」
「あ、ああ。はい。では、私は下でお待ちしております」
それだけ言うと、管理人は一瞬ダリオへ視線を送った後で、階段の方へと向かってふらつきながら歩き出した。
アスールは荒れた室内をざっと見渡した。そもそも、侵入者の狙いはピイリアだけで、室内に興味は無かったと思われる。
扉は壊れ、本や紙が散乱しているものの、それ以外には特に変わった様子は無い。ダリオの風魔法は確実に逃げようとする侵入者だけを捉えたのだろう。
「大丈夫そうだね」
「はい。入り口を開けて部屋に入った侵入者たちは、そのまま躊躇うことなくベランダを目指しておりましたから」
(隣の部屋に居てそれが分かるのだから、僕がが部屋で何をしているかなんて、きっとダリオには全てお見通しだな……)
ダリオと目が合い、アスールは思わず頭を掻いた。
「ねえ、ダリオ」
「はい」
「ピイリアだけど、一緒に下に連れて行くのは……まずいよね?」
「そうですね。大勢人が出入りしておりますし、また興奮させてしまうでしょうね」
「だよね……」
「チビ助に託せば宜しいかと存じます」
「チビ助に?」
「はい。ルシオ様の御部屋の鍵ならこうしてここに御座いますし」
そう言ってダリオは上着のポケットから鍵を取り出して見せた。まだ小さな雛の頃からずっと日中、ピイリアとチビ助の面倒を見ていたのはダリオだ。当然ルシオの部屋の鍵も預かっている。
「そうだね。それが良い!」
ー * ー * ー * ー
「アスール!大変だったな。ピイリアは無事か?」
ピイリアをチビ助の鳥小屋に預け、アスールがダリオと共に玄関ホールへ降りて行くと、そこには王都から到着したばかりの白いローブを着た魔法師団の人たちに混じってフェルナンドの姿があった。
「お祖父様! いらしてたのですか?」
「ああ。この件にはずっと儂も関わっておるからな」
「……そうでしたか」
見回してみたが、既に玄関ホールにドリハン先生ともう一人の侵入者の姿は無い。
「アスール。ピイリアはどうした?」
「ルシオの部屋に置いてきました。チビ助と一緒の方が落ち着くと思って」
「ああ、そうだな。それが良い」
フェルナンドはホールの中を大股で歩き回りながら、魔法師団の面々に次々と指示を出している。
「あの男、ルロイ・ドリハンと言ったかな。アスールには悪いが、あれがこうして動いてくれたお陰で、一気に片を付けられそうじゃ」
そう言ってフェルナンドはニヤリと笑った。
「フェルナンド様!こちらをお持ち致しました」
聞き覚えのある声にアスールが振り向くと、そこに居たのは、いつもホルク飼育室でアスールとルシオにお茶を淹れてくれる、あの顔馴染みの職員の女性だった。
「ライラ。全て揃ったのか?」
「はい」
フェルナンドにライラと呼ばれた例の職員は、持っていた書類の束をフェルナンドに手渡すと、アスールにニッコリと笑って頭を下げ、すぐに魔法師団の人たちのいる方へと戻って行った。
「お祖父様はあの女性とお知り合いなのですか?」
「あ? ああ、ライラのことか?」
「……はい」
「ライラはこの三年近くホルク飼育室に潜入しておった、魔法師団の特殊捜査員だよ。」
「ええっ?」
「驚いたじゃろ?」
フェルナンドは為て遣ったりといった笑顔を浮かべて、アスールの頭をぐしゃぐしゃっと撫で回した。
「アスール。今日は儂と一緒に王宮へ戻ろう。ピイリアも連れてな」
「ですが、明日も授業が!」
「一日くらい休んでも構わんだろう? その程度で遅れを取る程の出来なのか?」
「いえ、それは大丈夫です」
「だったら王宮へ帰るぞ。どのみち扉の無いあの部屋ではしばらくは寝られんだろ?」
ー * ー * ー * ー
「寮のお前の部屋の扉の修理は、週末の間になんとか終わるそうだ。光の日には学院に戻れるぞ」
「ありがとうございます。父上」
その日の夕食はアスールとカルロ、パトリシア、それからフェルナンドの四人で食べた。
こうして四人だけで食事をしたことはこれまで一度も無い。普段とは違うこの状況に、アスールはいったい何を話したら良いのか正直戸惑っていた。
それを察知したのだろう、カルロが今回の騒動に関して話してくれた。
「数年前から怪しい動きがあることには気付いていたんだ。どこか王都からそれほど遠くない場所にホルクの繁殖施設があるのではないかと疑い、魔法師団の方でも秘密裏に調査を進めていた」
ホルクの飼育施設は限られているため、個人が新しくホルクを手に入れることは現状非常に難しいといわれている。
学院のオークションでも出品されるのはせいぜい二羽か、多い年でも三羽だ。まして飼育施設が貴重な雌を手放すことなどあり得ない。
にも関わらず、ここ数年、貴族の間でホルクを手に入れることができる極秘ルートがあるとの噂がまことしやかに囁かれていた。
真偽の程は定かでは無い。だが、どこからかホルクを入手している貴族が実際に居ることも明らかだった。
「調査を進めるうちにドリハン侯爵家の名前が上がった。今日拘束したルロイは、ドリハン侯爵家の傍流に当たる人物で、学院の飼育室に送り込まれたことが分かっていた」
「なぜ学院に?」
「飼育数を増やして、オークションに出品されるホルクの数を増やしたかったようだ」
「えっ?」
「単なる目眩だよ。年間に出回るホルクの数が増えれば、自分たちが売り捌いているホルクが目立たないとでも考えたんだろうな」
「では、なぜピイリアが狙われたのですか?」
カルロはしばらく考え込んでいる。アスールに告げるべきか悩んでる風だ。
「ピイリアが狙われたとの連絡を受けたことで、我々も怪しいと思っていたドリハン侯爵家の所有施設を三ヶ所、一斉に捜索したんだよ」
そのうちの一ヶ所が実際にホルクの繁殖施設だったそうだ。
「雌のホルクが三羽。それから今年生まれた幼鳥が三羽。昨年生まれたと思われる成鳥が五羽保護された。雌のホルクは、逃げられないように風切り羽根が全て切られていたよ」
「おそらく三羽とも以前巣ごと狙われた野生のホルクじゃ。卵を産み育てるだけの道具にされておったようだ。もちろん三羽とも未登録の雌じゃよ」
「未登録?」
「ああ。飼育されとる雌のホルクに関しては、全て国に所有者と個体名が登録されておる。と言うか、儂が管理しておる」
「ピイリアもですか?」
「もちろんじゃ。学院からきちんと届けは出ておる。所有者名にはアスール・クリスタリアとちゃんと書かれておったぞ」
「……知りませんでした」
フェルナンドは「そうか、そうか」と言いながら豪快に笑った。
「おそらくピイリアをその施設の四羽目にでもしようと考えたのだろうな。どんな高値でも良いからとホルクを欲しがっていた者たちの署名入りの誓約書が見つかった」
カルロがそう言って深い溜息を吐いた。
その誓約書には、ホルクの雛の入手ルートについて一切公言しないと書かれ、署名と共に血判が押されていたそうだ。
近い将来、その誓約書を書いた人物たちの屋敷に魔法師団が向かうことになるだろう。彼らは、不当に手に入れたホルクの金額以上に高い代償を支払うことになるに違いない。
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