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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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51 そして事件は起こった(1)

 午後の授業が始まって十分もたたない頃、突然副学院長がアスールのクラスにやって来た。授業を中断し、廊下に呼び出されたアレン先生が副学院長と深刻そうに話し込んでいるのがガラス越しに見える。


「どうしたんだろう?」

「何かあったのかな?」


 唯ならぬ雰囲気に、いったい何事が起きたのかとクラスの皆が不安気に廊下を気にして教室内がざわつきはじめた。

 話を終えたらしいアレン先生が教室に戻ると、すぐにアスールを呼んでこう言った。


「アスール・クリスタリア! 至急確認したいことがあるそうだ。今すぐ寮へ戻るように」

「寮ですか?」

「そうだ。荷物は後で誰かに届けさせる。とにかく、今すぐに向かいなさい」

「……分かりました」


 慌ててアスールが立ち上がると、そのアスールの腕をルシオが掴んだ。


「荷物なら僕が持って帰るから大丈夫だよ!」

「分かった。行って来る」



 教室を出ると、なぜだかシアンの側仕えのフーゴがアスールを待っていた。フーゴはアスールを迎えに来たらしく、寮への道を並んで歩きながら、フーゴが知る範囲の現状を説明してくれた。


「つい今しがたなのですが、どうやらアスール殿下の部屋に不審者が侵入したようです」

「不審者ですか? 僕の寮の部屋に?」

「はい」


 アスールは思ってもみなかったフーゴの話に思わず足を止めた。


 学院内は基本的に学院生の他は、学校の関係者しか入校は許可されない。

 外部の者が学院を訪れる場合は前もってアポイントが必要な上、先ずは門でアポイントの有無と身元を確認され、その後も勝手に校内を彷徨くことなどできない。

 警備は極めて厳重で、不審者の侵入などそう簡単なことではない筈だ。


「そう言えば、どうしてダリオではなく、兄上の側仕えの貴方が僕を迎えに来たのです? ダリオはどうしたのですか?」

「祖父は今こちらに来られる状態ではありません。祖父の指示で私がお迎えに上がりました」

「来られないって、まさかダリオは怪我をしたのでは無いですよね?」


 フーゴの答えにアスールは驚いて思わずフーゴを問い詰めた。


「いえ。どちらかかと言えば、その逆です。祖父が一人で不審者二名をその場で制圧し、拘束しました」

「ダリオが不審者を? 一人で二人?」

「はい。もしかして殿下は “鬼の師団長” をご存知ありませんでしたか? 祖父は騎士団の第二師団長を務めていて、そう呼ばれた時代もあるのですよ。祖父ももういい年ですが、腕はそれ程衰えていないと思います。少なくとも今の私では到底祖父には敵いません」


そう言ってフーゴは笑う。


 あの常に笑顔を絶やさない温厚なダリオに、(かつ)て “鬼の師団長” と言われていた時代があっただなんて。アスールには驚きの新事実だった。



 そうこう話をしているうちに、すぐに東寮が見えてきた。

 寮の入り口を開けアスールが中へ入ると、玄関ホールには学院の警備兵らしき屈強そう男が数人集まって立っているのが目に入った。

 すぐ側にダリオの姿もある。アスールはすぐにダリオに向かって声をかけた。


「殿下! 授業中に御呼びたてしてしまい申し訳御座いません」

「平気だよ。それより、いったい何があったの?」

「実は殿下の御部屋に不審者が二名侵入しまして……」


 そう言って、ダリオは警備兵たちの方へと視線を送った。その視線の先には、五人の大柄な警備兵に取り押さえられ跪かされている二人の姿も見える。

 こちらを向いている一人は、自分を押さえつけている警備兵に大声で悪態をついている。アスールに背を向けているもう一人の方は黙って項垂れていた。


 突然、悪態をついていた男が怒りの矛先を警備兵から項垂れている男に変えた。後ろ手に縛られた状態にも関わらず、喚きながら項垂れている相棒に猛然と突進したのだ。

 跪き項垂れていた男は体当たりされた勢いで背中から床に倒れ込んだ。慌てて警備兵たちが興奮して喚き散らす男を床に押さえつけている。


 アスールには押し倒された男の横顔に見覚えがあった。


「ドリハン先生だ!」

「殿下はあの男を御存知なのですか?」


 ダリオはアスールの呟きを聞き逃さなかった。


「ホルク飼育室のドリハン先生だよ。……どうして先生が僕の部屋に?」

「成る程。狙いは()()()ホルクでしたか」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「実は先日、フェルナンド様より通達が御座いました」


 ダリオが語った話は、アスールにとっては耳を疑うような内容だった。


 ここ数年、ホルクの巣を狙った密猟が頻発していたらしいのだ。

 密猟者は、雄が餌を取るために巣を離れているほんの短い時間に、卵だけでなく、卵を抱いている母鳥がいる巣ごと持ち去るという大胆さで犯行を繰り返していた。

 余程慌てていたのか、時には卵を取りこぼしている場合もあったそうだ。当然、母鳥を連れ去られた卵に生きる術はない。


 密猟者の狙いは卵よりも母鳥。つまり、今後卵を産み続けるであろう “雌のホルク” が狙われているとフェルナンドは考えた。

 対策として、カルロは王命で今年の繁殖シーズンから野生のホルクが生息している地域を国は保護地区に指定し、許可無く保護地区へ立ち入ることを禁じたのだ。


 これで密猟者は野生のホルクを狙うことはできなくなった。

 では、次は何をしてくるか?

 王宮や、学院の飼育室で管理されているホルクの雌を盗むことは不可能だ。ならば、個人が所有するホルクはどうだろう?



「学院の授業中、ピイリアは殿下の御部屋のベランダの鳥小屋の中です。授業中ならば寮には当然学生は居らず、犯人は人の目につきにくいと考えたのでしょう」

「でも、ダリオは自室に居た。僕の部屋の隣に」

「ええ。しかも側仕えである私の部屋と殿下の御部屋のベランダは繋がっております」



 誰も居ない筈のアスールの部屋から物音がしていることに気付いたダリオは、すぐにフェルナンドからの通達に思い当たったのだと言った。

 侵入者の狙いはピイリア、()()ホルクだと。


「案の定、様子を伺っていると、あの二人が殿下の御部屋を通ってベランダに出てきました。言い逃れできないよう反抗現場を抑えた方が良いと思い、鳥小屋に手を触れる様子を確認してから、まずは一人目の侵入者を拘束致しました」



 その時、アスールが戻って来たことに気付いた東寮の管理人がアスールとダリオのところへとやって来た。


「アスール殿下。申し訳無いのですが、何か室内で紛失している物は無いか至急確認して頂きたいのです」

「分かりました。すぐに行きます」



 三階の廊下を進むと、目の前の光景にアスールは自分の目を疑った。アスールの部屋の扉が半分ほど壊れ、砕けた破片が廊下に吹き飛んでいるではないか。


「いったい、僕の部屋で何があったの?」

「二人目の侵入者の逃走を私が阻止致しました」


 壊れた扉を開けて部屋の中へ入ると、アスールの椅子が部屋入り口近くで壊れてバラバラになっているのがまず目に入った。それから、机の上に置いていた本や紙が床のあちこちに散らばっている。


「うわっ」


 余りの惨状にアスールの口から思わず声が漏れた。


「申し訳御座いません」

「えっ? どうしてダリオが謝るの?」

「私が逃走を防ごうと攻撃致した結果、パトリシア様が殿下のために御用意された家具を破壊してしまいました」


 ああ。つまり、こういうことだ。

 ダリオが一人目を一瞬で拘束したことに驚いたもう一人が、逃げようと慌てて部屋の入り口に向かった。そのことに気付いたダリオが、侵入者に向かって魔力攻撃を打ったのだ。


「そういえば、ダリオって風属性だったよね?」

「はい。左様で御座います」

「それでか」


 ダリオの放った魔力が、ベランダへの扉から廊下へ通じる扉までを結んだ一直線上に置かれていたであろう物を侵入者ごと吹き飛ばしたのだろう。


「別に気にしなくても良いよ。侵入者を捕まえられたんだしね」

お読みいただき、ありがとうございます。

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