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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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50 ピイリアとチビ助(2)

「卵を何個産んでも産まなくても、その卵が無事に孵っても残念ながら孵らなくても、全ての卵と雛の所有権は、当然ですが貴方たち二人にあります」


 アスールとルシオは翌々週の水の日にもゲント先生を訪ねた。


 アスールは提示された金額と工事内容をカルロに伝えるために先週末に王宮へ戻った。

 とは言っても、元々フェルナンドから剣の鍛錬のために、最低でも隔週でマティアスたちと泊まりがけで戻って来るようにと言われていたので、ついでのようなものだが。


 カルロは鳥小屋の改修工事を支払いも含めて快諾してくれた。


 ゲント先生にそのことを伝え、工事は春の休暇中に行われることになった。その話をした勢いで、アスールは以前飼育室の先生に言われてから、ずっと気になっていたことを話したのだ。


「既に昨年度、貴方たちは飼育室からこの二羽を正式な形で購入している。その事実が全てです」


 それを聞いてアスールは安心した。


「新たに生まれた雛鳥を誰に譲渡しようと、飼育室が関知するところではありません。もちろん困ったことがあれば相談には乗りますよ」


 そう言ってゲント先生は微笑んだ。それから思い出したようにこう付け加えた。


「もし万が一、雛の引き取り手が見つからないといった事態に陥った場合は、飼育室の方でその雛鳥をお引き受けすることはやぶさかではありません。但し、この場合は “寄贈” という形でお願い致します」


 同じ内容の話でも、話す相手と話し方によって、随分と伝わり方は違うものになるのだとアスールは実感した。



 寮への帰り道、ルシオが口を開いた。


「今日の話だけどさ……」


 そう言ったきりルシオが黙っているので、アスールはルシオの顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」

「ゲント先生はああ言っていたけど」

「うん」


 ルシオの口は重い。


「ゲント先生は二週に一日しか飼育室に来ないじゃない?」

「そうだね」

「そうなると普段はドリハン先生と話すことになると思うんだ」

「えっと、誰だって?」

「ドリハン先生。この前の、ちょっと感じの悪い先生。覚えているでしょ?」

「ああ、あの先生。ドリハン先生って言うんだ」

「あの先生しか居ない時は、飼育室にピイリアを連れて行かない方が……良いと思う」

「なぜ?」

「……あまり良い評判を聞かないから」


 ルシオのことだ。あれから、きっといろいろ聞いて回ったのだろう。


「なんて言われているの?」

「本当かは分からない。でも、あの人、ホルクの繁殖や雛に異様に執着しているって。強引に番数を増やそうとしているらしくて、飼育室内で揉めてるって聞いた。それに……」

「それに?」

「ピイリアは雌だから。気を付けた方が良い。先生のピイリアを見る目付きは……」

「……そうだね」


 アスールの返事に、それまで俯いて喋っていたルシオがハッと顔をあげた。


「僕も思ったよ。ちょっと気味が悪いって」



 ホルク飼育室では、過剰な繁殖活動は行なっていない。上手く番になれば、自然と卵は生まれるという考え方だそうだ。

 だから今年孵った雛は四羽。去年は七羽の雛が孵ったが、これは本当に珍しいことだったようで、だいたい毎年三〜四羽が平均的な数らしい。

 これらの雛が成長すれば、秋の学院祭でニ〜三羽がオークションにかけられ、学院の外へと出ていく。


 学院としては、あくまでも学生の学びの一環としてホルクを飼育しているのであって、営利を目的とはしていない。

 ただし、繁殖、飼育の難しいホルクを欲しがる人は非常に多い。学院に対しオークションにかける羽数を増やしてはどうかといった打診も毎年かなり寄せられるそうだ。


「つまり、ドリハン先生は繁殖推進派ってことだね?」

「ドリハン先生個人もそうなんだろうけど、ドリハン伯爵家全体がホルク関連の事業に積極的だって話だよ。まだ羽数は少ないけど、ホルク厩舎の運営にも関わっているって」

「……そうなんだ」


 王宮にも厩舎はあるが、やはりそこでも卵から孵る雛は、雄に対して圧倒的に雌の方が少ない。学院でもそういう話だし、ピイリアは非常に貴重な母鳥候補ということなのだろう。


「アスールは運が良かったね。去年も雌は七羽中二羽だけでしょ。今年は四羽とも全部雄みたいだよ」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「マティアス。ルシオの姿が見えないが、来ていないのか?」

「ルシオは今回は急用があって、残念ながら訓練には参加できないそうです」

「急用?……まさか逃げたわけではあるまいな?」

「……詳細は聞いておりません」

「まあ良い」


 このところ、アスールたちは隔週おきにフェルナンドから剣の手ほどきを受けている。今回はルシオは不参加なので、参加者はアスールの他にはマティアスとレイフだけだ。

 フェルナンドとの鍛錬は四人でもキツいのに、三人だと、正直息つく暇も無いくらいに過酷になる。



「良いぞ、レイフ!」


 初めてフェルナンドに剣の扱い方を基本から教わってから、レイフは見違える程強くなった。

 学院の剣術クラブの練習にもずっと真面目に参加しているようで、最近では平民だなんだと陰口を言う者はすっかり居なくなった。

 それどころかレイフに追い抜かれまいと、第二学年生全体のレベルが上昇しているらしい。


「今日はここまでだ」

「「「ありがとうございました」」」


 フェルナンドは三人と対峙していたにも関わらず、ほとんど息も乱れていない。


「明日の朝、またここで待っているからな」


 フェルナンドとの鍛錬は、学院から戻ってすぐと、翌日の朝食前の二回がセットだ。


「お祖父様、この後の夕食はご一緒では無いのですか?」

「ああ。すまんな。今日は別件があって、お前たちと一緒には食べられそうも無い」

「そうですか。では、また明朝」

「三人とも寝坊するなよ!」


 そう言い残してフェルナンドは大股で城内へと戻って行った。


「もしかして、フェルナンド様はお忙しいのか?」

「そうかもね。でも、僕らの鍛錬に付き合ってくれる程度には時間はあるんだと思うよ。レイフが気にすることは無いよ」

「なら良いけど」


 この隔週の鍛錬がレイフの為だということは、ここに居る皆が理解している。

 レイフが何を思って急に剣術クラブに入部したのか、アスールには本当の理由は分からないが、生半可な気持ちから言い出したことで無いことだけは理解できる。

 言いたくなれば、きっとレイフの方から何か言ってくる。アスールは気長に待つことにした。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「待たせたな」


 汗を流し、完璧に着替えを済ませたフェルナンドが向かったのはカルロの執務室だった。


 カルロの両脇には、ディールス侯爵とバルマー伯爵がいつものように立っている。

 それ以外に、白の床まで届く長いローブを着た人物が二人。この二人は王の執務室内にもかかわらず、ローブのフードを目深に被ったままで顔が見えない。

 体格からして、おそらく一人は男性、もう一人は女性だろう。



「それで? 黒幕は分かったのか?」

お読みいただき、ありがとうございます。

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