49 ピイリアとチビ助(1)
「そうですね。確かにアスール殿下のホルクとこっちのホルクでしたら番になる可能性は高そうですね」
長距離飛行訓練を受けた後、アスールとルシオはホルク飼育室に立ち寄った。ピイリアとチビ助が番になった場合の相談をするためだ。
ピイリアを引き取った日に飼育室に居たホルク研究者の先生はこの日も不在で、代わりに今年から学院に勤務しはじめたばかりだという若い先生が話を聞いてくれることになった。
野生のホルクは一度番になれば、二羽のどちらかが死なない限り、ずっとその番関係が続くそうだ。
ただしホルク飼育室の場合は、雄の方が学院祭のオークションに出品される場合があり、その時点でペアは強制的に解除される。
なんだか可哀想な気もするが、ホルク飼育室に居るのが同じ両親を持つ鳥ばかりになってしまうのを防ぐ意味もあるので、ペア解消はやむを得ないそうだ。
「お二人はずっと王都でお暮らしになるのでしょうし、一生涯その二羽のホルクが番関係を維持できますね。その点に関してはとても素晴らしいことだと思いますよ」
先生が籠に入れられたピイリアを執拗に観察しながらそう言った。
「雌が産む卵は一回に一個から多くても三個です。産卵の時期としては三の月の初め。抱卵期間はひと月です。その間は雌が殆どの時間卵を抱きます」
「雄は? 交代で卵を温めたりはしないのですか?」
ルシオが驚いたように先生に質問をする。
「自然界では雌が餌を取りに行っている間に雄が代わりに卵を温めることもあるようですが、一般的では無いようです。雄は抱卵よりも、敵から巣を守る役目を担っています」
つまり自然界では、母鳥を失った時点でその卵は命を失うことになるそうだ。
「過去に生徒が寮で育てているホルクが産卵をしたデータはありません。と言うのも、学生がホルクを入手できる可能性は非常に低い上、雌のホルクが学生の手に渡ったのは学院が始まって以降、この鳥が初めてのことなのですから」
「……そうですか」
「ところで、もし卵が無事に孵ったとして、雛をどうするおつもりですか? まさかとは思いますがご自身でこれ以上育てようなんてお考えではありませんよね?」
「引き取りたいと言っている知り合いが二人います」
「その二人は学院生ですか?」
「はい」
「二人とも端の部屋に?」
「そうです」
「もし卵が三つだった場合、学院に譲る気はございませんか?」
「えっ?」
「いえ。今のは聞かなかったことにして下さい」
先生の態度と言葉の端々から、雌鳥が飼育室の所有であれば良かったのにと言われているような気がして、アスールは少し気分が滅入った。
「これ以上は私ではお答えできないことも多いので、ご質問があるようでしたら、ゲント先生が来校する日に改めてこちらへお越し頂いた方が良いと思います」
ゲント先生というのが、例のホルク研究者のことのようだ。
「分かりました。また来ます。ゲント先生がいらっしゃる日を……」
「そう言ったことは受付に行って聞いて下さい」
「なんだよ。随分と感じの悪い先生だな!」
飼育室の扉を出るとすぐに、不愉快そうな表情を隠さずにルシオがそう吐き捨てた。
「……そうだね」
「あの先生、チビ助のことを、こっちのホルクって言ったんだよ。ピイリアのことは舐め回すように見てるしさ」
「うん」
「ホルク飼育室も、知識が豊富な人なのかもしれないけど、なんであんなに感じの悪い先生を置いておくんだ?」
ルシオが言うことにも頷ける。飼育室に居る他の先生や職員さんたちと、さっきの先生とでは随分と雰囲気が違う。
「あら、こんにちは! 今日はお二人揃ってここにいらっしゃるなんて珍しいですね」
アスールたちに声をかけてきたのは、ピイリアを引き取って以降すっかり顔馴染みになった事務担当の女性だ。
「長距離飛行訓練に参加されていたのですか?」
「「はい」」
「もしかして、訓練が上手くいきませんでした?」
女性はルシオの不機嫌そうな顔を見てそう言った。
「訓練は上手くいきましたよ。二羽とも。初日にしては良い方だって褒めてもらいましたから」
「そうでしたか。まあ、ピイちゃんもチビ君も、随分大きくなりましたね」
女性はまだ覆いの被せていないアスールとルシオの鳥籠の中を覗き込むと、笑顔でそう言った。
ルシオの表情がやっと緩んだ。
「あの。ゲント先生が飼育室にお見えになる日を教えて頂けますか?」
「ゲント先生ですね? 今お調べ致しますので、そちらに座ってお待ち下さい」
別の職員が予定表をチェックしてくれている間に、女性はいつものようにアスールたちにお茶を淹れてくれた。
「ゲント先生が次に来校されるのは来週の水の日だそうです」
「分かりました。その時に相談したいことがあるのですが、時間は取れそうですか?」
「でしたら、予めその旨をゲント先生にお伝えしておきますね。放課後で宜しいですか?」
「「お願いします」」
ー * ー * ー * ー
「ほお。二羽とも立派に育ちましたね。羽艶も凄く良い」
ゲント先生はピイリアとチビ助を籠から出して、丹念に二羽の健康状態をチェックしていた。いつもだったら羽を触られることを嫌がるチビ助も、今日は黙ってゲント先生に触らせている。
健康チェックが終わると、先生は二羽をそれぞれの籠へと戻した。
「随分と可愛がられているようですね。二羽ともとても人懐っこい。それで? 今日はどうされましたか?」
アスールはピイリアとチビ助を番わせて、雛を孵したいと思っていることをゲント先生に伝えた。
「ほお。それは良い!」
「そう思われますか?」
「もちろん! その代わり、いろいろと覚悟が必要ですよ」
野生では番が協力し合って巣作りをしてから、その巣の中に卵を産み、雌が抱卵し、雛が孵ってからは雛を温めたり餌をやりする。
飼育室の場合は巣造りはさせずに、予め育雛ケージ内に用意した巣を使うそうだ。
「貴方たちには選択肢が二つあります。春の休暇に入る前に二羽を飼育室に預けてしまう。この場合、他の番と同じように休暇中は責任を持って飼育室で管理します」
それを聞いてアスールとルシオは顔を見合わせた。
「もう一つは、休暇中、少なくともひと月は、どちらか一方の家で二羽を一緒のケージ内に入れて世話をします。もちろん、いつでも産卵できるように巣を用意して下さい。問題は産卵のタイミングです」
そう言って先生は何度か頷いた。
「新学期までに卵を産んでいなければ、そのまま二羽を学院まで連れて帰れば良いだけです。でも卵を休暇中に産んでしまった場合は、移動は諦めなくてはなりません」
「えっ?」
「抱卵中は移動は厳禁です。途中で抱卵を止めてしまうことが往々にして起こるからです」
二人の顔色が変わったのを見てゲント先生は優しく微笑んだ。
「例年、飼育室のホルクが卵を産むのは三の月五日から十日頃です。貴方たちには、ホルクと一緒に早目に寮へ入ることをお勧めしますよ」
「そんなことが可能なのですか?」
「申請すれば良いのです。通常の入寮日より数日早く戻れば、産卵までに余裕を持って準備できるでしょう。それと、ここからは殿下のお部屋に関してですが……」
ゲント先生はバルコニーの鳥小屋に手を加える必要があると言った。ずっと動かないで卵を温め続ける母鳥が、寒さで凍えることの無いように対策をしなくてはならないそうだ。
「費用がかかると言うことですね?」
アスールの問いにゲント先生は静かに頷いた。
「必ずしも卵を産むとは限りません。それでも、準備は前もって必要なのです」
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