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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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47 騎士コースの模擬戦

「アスール!」


 ヴィオレータの模擬戦を見るために急いでいたアスールの名前を呼ぶ声が聞こえ、アスールは立ち止まって後ろを振り返った。


「なんだ、レイフか」

「なんだって……何だよ。急いでいるみたいだけど、どこに行くの?」

「模擬戦を見ようと思って」

「模擬戦? 今の時間帯は、女子の試合しかやってないよ」

「分かってる。姉上が出るんだ」

「姉上? ああ、ヴィオレータ様か!」

「そう」


 どうやら模擬戦の男子の部は、午前中と午後に分かれているらしく、途中に女子の試合を挟んでいるようだ。


「アスールが行くなら、僕も見に行ってみようかな」

「クラスの担当はもう終わっているの?」

「開始直後の担当だったからね。その後は適当に模擬店を見て歩いてたけど、なんか暇でさ」

「そうだったんだ。じゃあ一緒に見ようよ」

「ああ、でも……アスールは特別席だろう?」

「えっ?」

「去年フェルナンド様たちと特別席に座っていたのが見えたから」

「ああ。一緒に行けば、レイフもあそこに入れるよ。もうお祖父様も到着している筈だし」

「いや、僕は遠慮するよ。場違いだ」

「そんなこと……」


 そんなことは無いと言いかけてアスールは口籠った。

 去年レイフが見ていたように、あの席は王族や騎士団の関係者が多く、周りからの視線を集めやすい。

 あくまでも “平民” という立場のレイフがそこに居ては、要らぬ関心を引いてしまうだろう。


「だったら僕が一般席で見学するよ。お祖父様とはここでなくともいつでもお会いできるし、あの席でなければ駄目ってことじゃ無いのだから」

「本当に……良いのか?」

「もちろん。僕もレイフと一緒の方が楽しいし」

「そっか。じゃあ、行こう!」



 既に女子の部の一回戦は始まっていた。レイフが近くの席の人に確認してくれたが、まだヴィオレータは出て来ていないらしい。


 今日の模擬戦は基本的には騎士コースに在籍している学生たちによる模擬戦なのだが、ヴィオレータのように騎士コースに在籍していない者でもエントリーはできる。

 特に騎士コースに在籍している女性は少ないので、ヴィオレータのような他コースからの参加者は歓迎されるようだ。



「間に合ったみたいだね」


 女子の部は、話に聞いていた通り、男子の部に比べると見学者はかなり少ない。去年アスールが見た男子の決勝戦は超満員だった。

 アスールとレイフは観客席のかなり後ろの方に座ったので、ガランとした競技場の客席が余計に気になるのかもしれないが、同じ場所と思えないくらい今は閑散としている。


「この時間にお昼を食べている人が多いんだよ。女子の部の後は、いよいよ男子の部の準々決勝から再スタートだからね」

「そうなんだ」



 その時、会場の一部から突如悲鳴にも似た歓声があがった。


「なんだ?」


 歓声の発生源はどうも選手の入場口付近のようだ。注意して見てみると、女の子たちの歓声に包まれて入場してきたのは、なんとヴィオレータではないか!


 ヴィオレータは白地に、彼女の持ち色である紫を差し色として使った、少しだけ海賊の服を思い起こさせる衣装を着て現れた。


「あはは。なんだかちょっとリリアナさんみたいだね!」

「母さん?」

「うん。初めてリリアナさんと会った時あんな感じだったんだ。あんな風に髪を高い位置で結いてさ。凄く強くてビックリしたよ」

「もしかして、二年前の収穫祭のことを言ってる?」

「そう! ローザの事件の時だよ。僕とアーニー先生の出会いもあの時だ」


(随分いろいろなことがあったけど、あれからまだ二年しか経っていないのか……)


「どうかした?」


 レイフが急に黙り込んでしまったアスールの顔を覗き込んでいる。


「いや、なんでもないよ。ちょっと思い出していただけ」



 ヴィオレータは本当に呆気ないくらい簡単に一回戦を勝利した。そのままあれよあれよという間に準決勝まで勝ち進んだ。


「ヴィオレータ様が次に対戦するのは去年三回戦で負けた相手だよ。カサンドラ・ギルファさん。去年は準優勝。今年の優勝最有力候補だ」

「へえ。強いんだね」

「そうだね。元騎士団長のお孫さんって聞いたよ。本当は卒業後にアリシア様の護衛騎士になりたかったそうなんだ。でも、アリシア様はハクブルム国に行ってしまったから、もうその夢は叶わないよね」

「そうなの?……女性の護衛騎士かあ」

「成人された王女様には、同じ女性の護衛騎士が一人は付いているんだろう?」

「そうなの?」

「……アスール。本当に知らないの?」


 レイフは心底驚いたという表情でアスールを見た。


「アリシア様の護衛騎士はカサンドラ様のお姉さんがずっと努めていたんだよ。でも、そのお姉さんは結婚を期に護衛騎士を辞めることは決まっていて、カサンドラ様はそのまま後釜に座るつもりだったみたい」

「でも、アリシア姉上も結婚してしまった」

「それも他国の王子様とね」


 アリシアがクリスタリア国内に残るならば、まだ王家を離れてもしばらく護衛騎士を必要とした可能性はあったが、国外に出てしまった以上、アリシアの護衛に関して最早クリスタリア国が感知するところでは無いのだ。


「だったら、ヴィオレータ姉上の護衛騎士になるって話にはならないのかなぁ?」

「僕は、ヴィオレータ様が護衛騎士を簡単に受け入れるとは思えないけどね」

「だったらローザは?」

「だって、まだ第一学年生だよ。ローザちゃ……ローザ()が成人するまで後四年。カサンドラ様だってそんなに待っていられないと思うよ」

「確かにそうだね」

「あっ。始まるよ!」



 最終的に勝利を収めたのはカサンドラの方だった。

 かなり僅差の勝負のようにアスールには思えたが、試合後のヴィオレータの様子を見る限りカサンドラは余力を残していたようだ。

 ヴィオレータは試合後、しばらく自力では立ち上がることもできない位に消耗し尽くしていた。


 決勝戦でも圧倒的な強さを見せてカサンドラ・ギルファが勝利した。


「ヴィオレータ様はやはりお強いね。組み合わせが違っていたら準優勝していたのはヴィオレータ様だったと思うよ」


 レイフがそう言って立ち上がった。


「男子の部は見ないの?」

「もう少し前の席に移動しようよ。マティアスの戦いをもっと近くで見たい!」



 マティアスは準々決勝の最初の試合で姿を現した。


「うわ。対戦相手は副部長か……こっちも運が無いな」


 マティアスと並んで競技場に現れた選手を見たレイフが手で額を覆い、溜息を吐いた。


「あの人が剣術クラブの副部長なの?」

「そうだよ。部長と副部長の二人は剣術クラブ内でも圧倒的な強さを誇ってる。今年は二人の一方が優勝で、もう一方が準優勝だろうって皆が思っているよ」

「でも、決勝戦の前に二人が試合をするかもしれないじゃないか」

「それは無い! 圧倒的な二人が途中で当たらないように、トーナメント表の両端に分けられているのを見たからね」



 試合が始まった。


 観客席の皆が息を飲んで見守る程にマティアスは健闘した。

 男子は三本勝負の内、先に二本取った方が勝ち上がるルールなのだが、大方の予想に反し、マティアスは二本目をなんとか取り、最終戦まで持ち込んだ。


「惜しかったね……」

「そうだね。はあぁ。僕とマティアスの差は、まだまだかなりあるなぁ……」


 レイフがボソリと呟いた。


「マティアスがレイフの目標なの?」

「まあ、近付きたいとは思ってる」

「でも、レイフは騎士コースに進む気は全然無いんでしょう?」

「誰かがそう言ってた?」

「前に、剣術クラブの入部で揉めていた時に、マティアスからなんとなくそんな風に聞いたよ」

「まあね。騎士コースに行くつもりは全く無いよ」



 次の試合が始まった。

 レイフが試合を見ることに集中しているようなので、アスールは話の続きが気にはなったが、それ以上質問せずにレイフの隣で試合を眺めることにした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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