46 学院祭は大忙し!
学院祭当日の朝。アスールは早めの朝食を済ませると直ぐに学院本館へと向かった。門番から焼き菓子を積んだ馬車が到着したと連絡を受けたのだ。
「僕が一緒に行くよ」
そう言って、マティアスがアスールについて来た。
本来なら焼き菓子の受け取りはアスールとルシオの担当なのだが、例によって早起きが苦手なルシオはまだ朝食の真っ最中なのだ。
「おはようございます、アスール殿下。予定の時間よりかなり早く到着してしまって、誠に申し訳ありません」
パトリシアのお気に入りだという店のオーナーが、自ら焼き菓子を運んで来てくれていた。
「こちらこそ今回は無理を聞いて貰い感謝しています」
「いえいえ。学院祭の喫茶室に私どもの店の焼き菓子を選んで頂けたこと、とても誇りに思っております。是非、今後ともよろしくお願いします」
「もちろんです」
「今日のメニューには、そちらの店の名前も、こうしてちゃんと目に付きやすい場所に書かせて頂きました」
マティアスがそう言いながらメニューの見本を差し出した。
厚手の紙に、今日提供される五種類の焼き菓子の名前と、茶葉の名前が流れるような美しい飾り字で丁寧に書かれている。
「ああ、本当だ!随分と凝った素敵なメニューですね。さすが王立学院。このメニュー、頂いて帰っても宜しいですか?」
「どうぞ」
焼き菓子を運び入れ、寮に戻るとルシオが寮の入り口で待っていた。
「ごめん、ごめん。マティアスもありがとう」
「いつものことだ。……早いな。もう食べ終わったのか?」
「うん。今日はこの後で焼き菓子も食べるし、少しお腹に余裕を持たせておかないとだからね」
そう言ってルシオは自分のお腹をさすって見せる。
「そう言えば、兄上が友人を大勢連れて来て下さるって。残念ながら今日は焼き菓子は余らないと思うよ」
「えっ?!」
「それも、ルシオが給仕係をしている時間を狙って来店されるそうだよ。頑張って!」
アスールの話を聞いたルシオの顔に絶望の色が浮かんだのをアスールもマティアスも見逃さなかった。
ー * ー * ー * ー
今年は本館の広い食堂を四つのスペースに区切り、それぞれを二学年の各クラスで使用している。昨年まではいろいろな場所に点在した飲食スペースが、今年は一箇所に集中させることになったそうだ。
特に壁で仕切られているわけでは無いので、客の入りが露骨に比較されてしまう配置だ。
「見て! このエプロン凄く素敵!」
「本当に! 学院祭が終わっても、返却しなくて良いらしいわよ。これが自分の物になるなんて嬉しい!」
王宮から届いたリボンタイとエプロンを身につけて、女の子たちが大騒ぎをしている。
パトリシアが用意した真っ白なエプロンはフリルとレースで可愛らしく、近くを通る他のクラスの学生たちの目も引いているようだ。
「まさか僕たちもあれを?」
「そんなわけないだろ! 僕らはこっちの箱だそうだ」
呆れ顔のマティアスが、箱からエプロンを取り出してルシオに手渡した。こちらは黒いシンプルなロングエプロンだ。
「だよね。おっ。これもカッコイイね。返却しなくて良いって本当なの? アスール」
「そう聞いてるよ」
「やった! 料理クラブでも使わせて貰おう!」
「皆さん、身支度を整え終わったら、当番の人はそれぞれ指定の配置について下さい! もうすぐ学院祭が始まります」
ライラのよく通る声が響く。
今年も同じクラスになったライラ・モンスルは、学院祭委員選出の際、迷い無く真っ先に手を上げ実行委員に立候補していた。
焼き菓子とエプロンに関してはアスールを経由してパトリシアが全て手配したのだが、それ以外の準備や進行はライラが中心になってすすめてる。
ちなみに去年ライラと一緒に実行委員をしていたアレン・ヘルガーも、Dクラスの委員を引き受けたらしい。
喫茶室がオープンしてから一時間。
まだお昼前なので、この時間帯は圧倒的に軽食を扱う二店よりも、アスールたちの店とマカローナを出す店が賑わっている。
アスールが給仕係を担当していると、ローザがルシオの妹のカレラと連れ立ってAクラスの喫茶室にやって来た。
「アス兄様!」
「いらっしゃい、ローザ。カレラさんも、ようこそAクラスの喫茶室へ」
「こんにちは、アスール殿下。給仕さんのお洋服、とてもお似合いですね」
そう言ってカレラがニッコリと微笑んだ。カレラはどちらかといえば父親、バルマー伯爵似のようだ。
「兄は、今は不在ですか?」
「ルシオ? 彼はこの時間の担当では無いんだ。お昼過ぎなら給仕係をしているよ」
「そうですか」
「ルシオの仕事振りを見に来たの?」
「はい。今年は母も妹も学院祭には来られないので、兄がちゃんと真面目に働いているのか様子を見て来るようにと母に言われているのです」
「兄と言うのは……二人とも?」
「いいえ。ルシオ兄上だけです。ラモス兄上はちゃんとしているので……」
「あはは。そうなんだ。はい、こちらがメニューになります」
アスールは二人の間にメニューを置いた。
「素敵なメニュー。まあ、焼き菓子が五種類もあるのですね!」
ローザとカレラの二人はメニューを覗き込み、「あれも美味しそう! こっちも捨て難い!」と額をくっつけるようにして悩んでいる。
最終的に二人は、それぞれ好みのお茶と、二人で三種類の焼き菓子を注文した。
どうやらルシオが給仕係を担当する時間にもう一度来て、残りの二種類の焼き菓子を注文することに決めたようだ。
「そうだわ、アス兄様。私たち、ここへ来る前に魔導具研究部の模擬店を見に行って来たのです」
「兄上には会えたの?」
「いいえ」
「あれ? 今年も模擬店を出しているけど……見つけられなかった?」
「模擬店は見つけました。もう既に売り切れでしたけど」
「もう? 今年はあんなに沢山ブレスレットを用意していたのに?」
去年出品したペンダントが販売開始直後に売り切れてしまったので、今年はアスールも手伝ってかなりの数を作ったのだ。
あの日を含めて、アスールは三日間も手伝いに借り出されたほどに。
「それは凄いね」
「私もアスール兄様とお揃いのブレスレットが欲しかったのに……」
(ローザが強請れば、兄上はもっとずっと凝ったブレスレットを作ってくれるに決まっているのに……)
「……それは、残念だったね」
「はい」
「ところで、二人とも係の仕事は終わったの?」
「カレラ様は朝一番に。私は今からです! これを食べ終わったら向かいます。その時間に合わせてお祖父様が来てくれるそうです」
今年もフェルナンドとドミニクが来るらしい。お目当てはどうせ模擬戦に決まっている。
「ヴィオレータ姉上の試合が何時からか、ローザは知っているの?」
「はい。女子の模擬戦はお昼頃だそうです。アス兄様も見学に行かれますか?」
女子の模擬戦は参加者も見学希望者もそれほど多くないので、一時間ほどで全て終わってしまうらしいとローザが言った。
去年はヴィオレータが出場していたことも知らなかったし、その時間はホルク飼育室のオークションを見学していたのだ。
「そうだね。今年は見に行ってみようかな」
「では、またその時にお会いできますね」
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