43 カルロの帰国
パトリシアが予想した通り、パトリシアたちの帰国から十日後の昼過ぎになって「ヴィスタルの港に夕刻までには入港する」とカルロのホルクが伝えてきた。
「あれっ? 父上はトニトルをハクブルム国へ連れて行ってませんよね?」
「ええ、ここに置いて行ったわよ」
「じゃあ、なんでトニトルが父上の帰国の知らせを持って来られるのです?」
「ああ、それなら、そろそろ良い頃合いだろうと仰って、お義父様が一昨日トニトルを離したのよ」
「そう言うことでしたか!」
以前シアンから聞いた話だが、トニトルレベルのホルクであれば、目的地が人が船と馬車を使って二週間かかるハクブルム国だったとしても、数日あれば飛んで行くことができるらしい。
だとすれば、海上を移動する船の上の主人を探すことなど、トニトルにとってはさぞかし簡単なことだろう。
「ピイちゃんもいつかそんな長距離飛行ができるようになるのですか?」
「どうかな。訓練次第だと思うけど、雌のピイリアは雄よりも一回り体が小さいからハクブルム国程の距離は難しいかもね。それに、父上のトニトルはホルクの中でも特別優秀らしいからね」
「そうですか……」
「兄上が学院が再開したらシルフィーに長距離飛行訓練を受けさせるらしいよ。ピイリアは今年は無理だと思うけど、来年以降訓練に参加すればテレジアとか迄なら飛べるようになると思うよ」
「それは良いですね!」
「さあさあ、二人とも。いつまでもお喋りばかりしていては駄目よ。今日はこの後セブグル商会が来るのよ。貴方たちもそのつもりでいてね」
「えっと……。セブグル商会? 何でしたっけ?」
「……アスール。夏の成人祝賀の宴用の衣装よ! 貴方、急に背が伸びたでしょ? 新しく仕立てる必要があると伝えたわよね?」
「ああ、そうでした!」
「お母様、私もですか?」
「貴女はハクブルム国から届いたあのドレス。少し直しをいれる必要があるのよ」
「お直しですか?」
「少しだけ、ほんの少しだけよ。貴女にはあのドレス、大きかったでしょ?」
「……そうですね」
ローザは口籠った。年齢の割に背が低いことを、周りが思う以上にローザは気にしているのだ。
これで本当は自分と双子なのだという事実を知ったら、ローザはショックを受けるだろうなとアスールは考えていた。二人は随分と身長差がある。
「貴方たちはセブグル商会が来るまで、このままここに居るつもりなのかしら?」
「たいした時間じゃ無いですよね? 僕はこのままここに」
「私も」
「そう。じゃあ、後でね」
「「はい、母上(お母様)」」
パトリシアが部屋を出て行くと、ローザがソファーの上で昼寝をしていたレガリアを抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。
無理矢理移動させられたことになったレガリアは目を開けてチラリとローザとアスールの顔を見たが、ローザがレガリア背中を撫で始めると目を瞑ってローザの膝の上で、気持ち良さそうにまた寝息をたてている。
「ねえ、シア兄様。もしアリシアお姉様にお手紙を届けたくても、ホルク便では無理と言うことかしら?」
「姉上に手紙?」
「はい。クラウスお義兄様にドレスのお礼もお伝えたいですし」
「ハクブルム国云々以前に、ホルク便では基本的に短い文章しか送れないのは分かっているよね? どんなに細かい字で書いたとしても、書き足りないんじゃないの?」
「確かにそうですね……」
「父上が帰られたら相談してみたらどう? ホルクは余程の事が無い限り長距離飛行をさせるのはリスクがあるから難しいと思う。ハクブルム国宛の荷物があった時に、それらと一緒に届けてもらう方が確実だと思うよ」
「そうですね。お父様がお帰りになられたら伺ってみます」
「それが良いよ」
ー * ー * ー * ー
「おかえりなさい、お父様!」
「ただいま、ローザ、アスール。二人共、島での生活は楽しかったい?」
「はい。とても! お父様は如何でしたか?」
「……疲れたよ。しばらく、ゆっくり休みたいね」
そう言って、カルロはドサリとソファーに腰を下ろした。そして二人にも座るよう手で合図をする。アスールはカルロの正面に座り、ローザもカルロの隣にちょこんと腰掛けた。
「休養は、しばらくは無理だと思いますよ。お祖父様が父上のお帰りを指折り数えてお待ちでしたから」
サロンでやっと一息ついたカルロの目の前に、遅れてやって来たシアンが笑いながら書類の束を差し出した。
その束を受け取り、パラパラと書類に目を通しながら、カルロははぁぁと大きく溜息をついた。
「……これは後でフレドの机の上にそっと置いて来よう」
「父上、確か明日はバルマー伯爵はお休みでは無かったですか?」
「呼びつけるさ。苦労は皆で分かち合わないと」
シアンが苦笑いを浮かべてカルロを見つめている。
カルロが王位について以降、これだけ長期間カルロが国を離れたのは今回が初めてだ。国王の署名を待つ未決済の書類が、日々、国王不在の執務室に山のように積み上げられていった。
今シアンが持って来たものは、その中でもとりわけ急ぎの物の中のほんの一部に過ぎない。明日からは目の回るような日々がしばらくは続くことになりそうだ。
「お手伝いできる事があれば何でも申し付けて下さい」
「ありがとう。期待してるよ、シアン」
笑顔は笑顔なのだが、なんとなく遠い目をしてカルロが何か考え込んでいるかのように見えて、アスールはそこはかとない不安を覚えた。
「そうだ! ローザ。お祖父様が神話の本を見つけたから、いつでも取りに来るようにと仰っていたよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
「部屋まで本を運ぶのだったら、僕も手伝うけど……どうする?」
「お願いします。ありがとう存じます、シア兄様。お父様、ちょっとお祖父様のところへ行って参りますね。すぐに戻りますので」
「ああ、分かった。行っておいで、ローザ」
ローザはシアンと一緒に足取りも軽く部屋を出て行った。
「何か心配事ですか?」
二人が出て行った後も、そのまましばらくドアを見つめたままのカルロにアスールは声をかけた。
「ああ、そうだね。心配事と言うほどでも無いが……まあ厄介事ではあるかな」
「厄介事ですか?」
「今回アリシアがハクブルム国の皇太子と結婚をしたことで、今度はお前たちが、縁談の相手として各国の王族たちに目をつけられてしまったようなんだ……」
「えっと……」
「アスール。お前も含め、シアン、ヴィオレータ、ローザの四人だよ。……困ったものだ」
クラウスとアリシアの婚儀に伴う晩餐会などが開かれる度に、カルロはクリスタリア王家と縁を結びたい各国の王室関係者に取り囲まれていたらしい。
「ドミニク兄上は?」
「もうドミニクが婚約者の選定に入っていることは、他国にまで知れ渡っているらしい」
そう言ってカルロは苦虫を噛み潰したような表情で頭を掻いた。
「……少し喋り過ぎたな。この件は誰にも言うなよ! 絶対に! 特に父上にはな!」
「お祖父様ですか?」
「あの性格だ。特にローザに縁談の話が来たなどと耳に入ってみろ、本気で怒り狂うぞ」
「あはは。確かにそうですね!」
「心配しなくても大丈夫だ、アスール。全てきっぱり断ってきたからな」
「そうだ、アスール。エルンストの手紙は……もちろん、もう見つけたんだろ?」
そう言ってカルロは、悪戯っ子のような笑顔をアスールに向けた。
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