41 ハクブルム国の木箱(2)
ドミニクに蓋をもう一度開けて貰い、ローザはそう言いながら慎重に中身を取り出している。
「素敵だわ!」
ローザの木箱に入っていたのもやはりドレスだった。こちらはピンク地でヴィオレータの物と同じように沢山ビーズが散りばめられている。
取り出して比べてみると、二人の木箱に入っていたのは同じドレスとは言っても、色だけで無く、雰囲気が全く別のものだった。
ヴィオレータのドレスは光沢のある薄紫色の布地を使いスレンダーなタイプに仕立てられている。敢えて余計な装飾などは無く、胸元からウェストにかけて、布地に近い数種類の色糸を使いびっしりと刺繍された細かなスミレの模様が目を惹く。
ローザのドレスはヴィオレータの物とは対照的に、淡いピンク色の柔らかい布地をたっぷりと使った、ふんわりとしたベルラインのドレスだ。
こちらはドレス全体にまるで小さなピンク色のバラを散りばめたように刺繍してあった。
両方に共通しているのは、それぞれの名前に寄せた花の刺繍と、ハクブルム国で作られている美しいガラスビーズが惜し気もなくふんだんに使われている点だ。
デザインにも、ドレスの色にも、刺繍の柄にも、おそらくアリシアの意見が取り入れられているのだろう。
「どちらのドレスも本当に素敵ね。二人にとてもよく似合いそうだわ。ヴィオレータもローザも、学院で開かれる今年のダンスパーティーに着るのに丁度良いのではないかしら?」
両方のドレスをじっくりと吟味した後でエルダが言った。
「学院のダンスパーティーですか?」
「ええ、確か今年では無かったかしら? 三年に一度だったと思うから。学年末、十二の月の終わり頃、試験終了後に開かれる筈よね」
ローザの問いにエルダが答えた。
「そうそう! 前回は僕がまだ第三学年の時だった。学院のダンスパーティーは三年に一度だけしか開催されないから、僕とヴィオレータの代は残念ながら在学中に一度しか経験できないんだよ」
ドミニクは当時を思い出し、懐かしんでいるように見える。
「ダンスパーティーでしたら、私は一度で充分ですわ」
「そうは言っても、ヴィオレータ。三年に一度のダンスパーティーは、一応学院の公式行事だからね……」
「いっそのこと、一度もそんな機会など巡って来なくても私としては構いませんのに」
ヴィオレータは全くダンスパーティーに興味は無いようで、ドミニクの意見に対し、心底どうでも良さそうに答えた。
「だったら、わざわざドレスを仕立てる心配をしないで済んだのだから、逆に良かったじゃないか。これがあれば嫌いな採寸作業をしないで済むよ。アリシア姉上に感謝するんだね」
ドミニクは不機嫌そうなヴィオレータを横目に、苦笑いを浮かべながらそう言った。
「お母様。学院のダンスパーティーには、私もこのドレスで参加しても良いのですか?」
ローザがパトリシアに尋ねた。
「そうね。学院側としては平民の子どもたちへの配慮もあって、ドレスは余り華美なもので無いようにして欲しいらしいのよ。このドレスならそれ程華美な装いには当てはまらないと思うわ。丁度良いわね」
パトリシアはそう言うが、アスールにはハクブルム国から贈られたドレスは充分過ぎるくらい豪華な品物に思えて仕方がない。
ただ、母が言うところの “華美” の基準が定かでないので、この場ではそのまま沈黙を守ることにした。
前回は、学院の意図を無視してやたらと飾り立ててパーティーに参加していた者も少なく無かったと、シアンがアスールにそっと耳打ちした。
「ドレスを入手するのが困難な平民の子も居ますよね?」
「それは心配無いみたい。北寮ではドレスや礼服の貸し出しもあるそうだよ。卒業生が置いていった服がきちんと保管されているらしいからね」
「ああ、制服と一緒ですね」
「そうだね」
学院では制服の無料貸与もしているのだと、前に聞いたことがあったのをアスールは思い出していた。
「じゃあ、そろそろ儂は執務室に戻るとするか」
そう言って皆の様子を笑顔で眺めていたフェルナンドが、飲んでいた茶碗をテーブルに置いて立ち上がった。
それを合図に使用人たちが慌ただしく動きはじめる。
フェルナンドは自分の分の木箱を自室へ、他の者の分はそれぞれの部屋へと運んでおくようにと使用人に指示をすると、迎えに来ていた大勢の事務官たちに囲まれるようにして緑の間から出ていった。
「お祖父様はとてもお忙しそうですね」
「そうだね、ローザ。父上たちが戻られるまではきっとずっとあの調子だと思うよ」
三人が王宮の執務室の近くを通りがかると、慌ただしく書類を抱えた人々が行き来している。
「ですが、ドミニク兄上も戻れれたことですし、少しは楽になるのではないですか?」
「だと良いけど……」
カルロだけでは無く、普段から王の補佐の大部分を受け持っているバルマー伯爵の長期不在もあって、執務室周辺は混乱を来しているように見える。
「ところで、お兄様たちの木箱には何が入っていたのですか?」
東棟へと戻る廊下を歩きながら、ローザがシアンとアスールに聞いてきた。
「僕のところには乗馬用の鞍が入っていたよ」
「僕の木箱にも……兄上と同じ物だよ」
「乗馬用の鞍ですか?」
「ハクブルム国は良質な馬の産出国でもあるからね。馬具作りも盛んなのかもしれないね」
「そうなのですね。ちっとも知りませんでした」
「一学年の間はまだこの国のことだけを習っているだろうけど、そのうち地理の授業でハクブルム国やその他の国についていろいろと習うと思うよ」
「それは楽しみですね」
お喋りをしながら東棟の階段のところまで行くと、いつものようにエマがローザを待っていた。
「じゃあ、僕たちはここで」
「はい。では、夕食の時にまた」
「「後でね」」
ローザはエマに付き添われて階段を上がっていく。
しばらくの間、ローザがとても楽しそうに自分が受け取った木箱と、その中に入れられていたドレスについての話をエマにしている声が聞こえてきていた。
ー * ー * ー * ー
アスールはシアンの部屋の前で兄と分かれると、急いで自室へと駆け込んだ。
「なんだ、まだ届いていないのか……」
例の木箱は使用人が順番にそれぞれの部屋へ届けてくれることになっている。アスールは落ち着かない様子で部屋の中をうろうろと歩き回りながら木箱の到着を待っていた。
と言うのも、緑の間で木箱を開けた時、アスールは馬具の下に箱の内張りと同じ色の布地が二重に敷かれていることに気が付いたからだ。
その布地を捲ってみると、明らかに隠そうと言う意図があるかのように、布地の下に封筒が置かれていた。
その封筒上面に書かれていた筆跡に、アスールは確かに見覚えがあった。だから敢えてあの場では何も気付いていない素振りをして、封筒を取り出すことを避けたのだ。
ドアがノックされ、待っていた木箱が二人がかりで運び込まれた。アスールは逸る気持ちをなんとか抑えて、使用人たちが扉を閉めて出て行くのを静かに見守った。
それから木箱に駆け寄り勢いよく蓋を外す。ハクブルム王家からの献上品の鞍を乱暴に床に放り出すと、布を捲って封筒を取り出した。
どきどきしながら封筒を裏返すと、やはりそこにはエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーと懐かしい名が書かれていた。
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