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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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38 それぞれの夏の過ごし方(2)

   祝! ピイリア単独海上初飛行!

   海水浴参加します。 

   俺の弁当ちゃんと残しとけよ。 イアン



「やったね! ちゃんとピイリアは兄さんのところに手紙を届けて、ちゃんと戻って来たじゃない。良かったね、アスール」


 ピイリアはイアンからの返事を足に付け、無事に屋敷に戻って来ていた。


 初めての海上飛行を心配したシアンが、念の為先にシルフィを飛ばしてイアンに今からピイリアが飛んで行くことを伝えてくれていた。

 勉強部屋に居たのでアスール自身は見てはいないが、帰りはどうやら二羽で一緒に飛んで、仲良く帰って来たらしい。

 海上を飛ぶということは、人が思うよりもホルクにとってずっと危険が伴うのだとシアンはアスールに言った。

 ピイリアはまだ一歳半にもならないが、立派に成長している。アスールは誇らしい気持ちになった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「ねえ、ローザお姉ちゃん」

「なあに?」


 小さい子たちの部屋では、最終日のこの日もローザの周りに子どもたちが集まり絵本を読んで貰っている。

 それほど多くは無い数冊の絵本を何度も何度も繰り返し読んでいるので、中には気に入った絵本の内容をすっかり暗記している子まで出てきた。

 ミリアはローザが絵本を一冊読み終えるのを待って話しかけてきたのだ。


「あのね。今は……十時、ええと、四十分です!」


 そう言うと、ミリアは部屋の壁にかかっている時計を指差した。


「えっ。ミリアちゃん、もしかして時計が読めるの?」

「うん! 短い針が10と11の間で、長い針が8のところにあるから、十時四十分です!」

「凄いわ。合ってる!」


 ミリアはローザの驚いた表情を見ると、本当に満足そうに大きな笑顔をローザに向けた。


「あのね。シアンお兄ちゃんが教えてくれたの。ミリア、数字も書けるようになったよ!」

「本当に? 凄いじゃない!」


 ミリアは嬉しそうにローザの手を取ると、ローザをテーブルまで連れていった。テーブルの上にはあらかじめ用意しておいたのだろう紙と鉛筆が置いてある。

 ミリアは鉛筆を手に取ると、ゆっくりと、だがとても丁寧に一字一字数字を書いていった。そして数字を書き終えると、最後にミリアと大きく自分の名前を書いた。


「まあ!」


 ローザの感嘆の声にミリアの表情は更に輝きを増した。


「これもシアン兄様が?」

「そうだよ! 数字が書けるようになったら、ミリアも計算ができるようになるって!」

「そうね」

「それでね、名前が上手に書けるようになったら、他の字も全部練習するよ!」

「ええ。それが良いわ!」

「そうしたら、いつかミリアもローザお姉ちゃんみたいに、小さい子に絵本を読んであげるんだ」


 そう言うと、ミリアはまた嬉しそうにローザの手を取ると、本棚の方へローザを引っ張っていく。


「次はミリアが一番大好きなこの絵本を読んで!」


 ミリアは絵本をローザに手渡すと、ローザを座らせ、自分もその横にくっつくようにしてちょこんと座った。

 ローザの手の中にあるのは、この島に来て初めてローザが子どもたちに読んであげた絵本だった。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「駄目です、駄目です。絶対に手を離さないで!」

「そんなことを言っていたらいつまで経っても泳げるようにはならないよ!ローザ」


 ローザはシアンの手をしっかりと握ったままずっとあの調子だった。どうにか背が立つギリギリの場所でほんの一瞬水に顔をつけて身体を浮かせる練習らしきことをしている。

 シアンとローザ以外の三人は、既に海から上がり、岩場の平らな場所を探してゴロリと寝転んでいた。


「この近くには砂浜は無いからね。泳ぐのを練習するにはなかなか過酷な環境だと思うよ」


 イアンが言う通り、この島の海岸線は殆どが切り立った高い崖でできていて、砂浜どころか上陸するのに適した低い場所でさえも限られている。

 今こうして泳ぎに来た場所も岩場(この島にしてはかなりなだらかな)から直接海に入らなければならないのだから、泳ぎの苦手な者が練習するにはどう考えても適さない。



「来年も島に来られたら、その時は島の反対側にある砂浜へ行こうよ、ローザちゃん」


 レイフが気の毒そうにローザにそう声をかける。


「だな。あそこなら浅い場所もかなりあるし、ここよりはずっと良い。ここよりずっと練習に向いてるよ。……って言うか、なんで今年そっちに行かなかったんだ?」


 イアンが隣に寝転ぶレイフに尋ねた。


「ローザが泳ぎたいって言い出したのがつい最近だからです。それまでは散歩をしたり、釣りをしたりはしてたけど、泳ごうとは思ってなかったみたいで」


 イアンの問いかけに答えたのは奥に居たアスールだ。


 一年前、アスールも初めて入った海はこの場所だった。屋敷から来られる一番手近な泳げる場所といえば、島民にとっては当然ここだったからだ。

 だが、アスールはいきなりここの岩場の波の洗礼を受けた。あの日は今日よりずっと波が荒かったのだ。


 平気な顔をしてすいすい泳ぐチビどもを横目に、アスールは波に揉まれかなり悪戦苦闘していた。

 たまたま居合わせたジルがアスールのその姿を見兼ねて、後日船を出してくれ、島の反対側にある(くだん)の砂浜へ連れて行ってくれたのだ。アスールはその砂浜で泳ぎを覚えた。



「あの砂浜に行くには船が必要だし、午前中勉強部屋に参加した後だと、あそこまで行くのは時間的にもちょっと厳しいんだよね」

「まあ、確かにそうだな。……って、まさかあの勉強部屋に毎日付き合ったのか?」

「そうだよ。光の日と、テレジアに遊びに行った日以外は全部」

「本気かよ? お袋にこき使われ過ぎだろ、それ?」

「やっぱり? 兄さんもそう思うよね?」

「ああ」

「世話になってるし、アスールたちは手伝いたいって言ってくれたんだ。でも、やっぱりもっと休みを貰うべきだったな……」



「ローザ、もうちょっと頑張ろうよ。この調子じゃいつまで経ってもイルカと一緒に泳ぐなんて無理だよ」


 三人のところまでシアンの声が聞こえて来る。


「何? ローザちゃん、まさかイルカと一緒に泳ごうとしてるの?」


 イアンがローザに聞こえないよう小声でアスールに聞いた。


「そうなんですよ。この前海賊船に乗せて貰った時にローザがマルコスさんにそう宣言してました」

「あはは、そりゃ良いや!」


 そう言うとイアンは立ち上がり、岩場からザブンと勢いよく海に飛び込んだ。


「ローザちゃん、片手を兄上から離して僕と繋ごう」


 そう言ってイアンは立ち泳ぎをしながら、ローザに右手を差し出した。


「イルカは無理だけど、ちょっとだけ泳いだところに魚がいっぱいいる場所があるんだ。そこまで僕たち二人で連れて行ってあげるよ。どう? ちょっと頑張ってみない?」


 ローザは不安そうな表情でシアンを見た。


「絶対に手を離したりしないから大丈夫! 約束するよ」


 シアンはローザを安心させるようにニッコリと優しく微笑みながらそう言った。


「二人で引っ張りながら泳ぐから、できるならローザちゃんも水に顔をつけてさっきみたいに身体を浮かせてごらん。足をバタバタさせられたら凄く良いな。苦しかったらすぐに顔をあげても構わないけど、立ち上がろうとはしないでね」


 ローザは小さく頷くと、イアンの手を取った。


「じゃあ、行こう!」

お読みいただき、ありがとうございます。

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