36 林檎、野苺、山葡萄。ついでに檸檬も
早る気持ちを抑えて、アスールとレイフは料理人から依頼された分のリンゴを収穫した。
「シモン! ルイス!」
「「何? レイフ兄ちゃん」」
「リンゴも良いんだけどさ、裏山の入り口近くに他の果物もあるぞ。いろいろ採って帰った方がお前らの母さん、もっと喜ぶんじゃないか?」
「他の果物?」
さっさと他の果実の様子を見に行きたいレイフの策略に、まんまとルイスが食い付いた。
「確かに山葡萄の木だろ。それにワイルドベリーも何種類かあった筈」
「俺、ワイルドベリーが良いな! あれは美味い!」
シモンも簡単に釣れる。
「おーい、フェイ。早く次に行こうぜ。もっといろいろあるってさ」
ローザたちと一緒にリンゴを収穫しているフェイにシモンが大声で呼びかけると、フェイがミリアの手を引いてすぐにやって来た。
やっぱりキアナは兄たちに放って置かれていたので、結局キアナの手を引いているのはシアンだ。
「シモン。いろいろって何?」
「ワイルドベリーだってさ!」
「やった!」
フェイの顔が輝いた。
山をちょっとだけ入ったところに山葡萄の木があった。
「すげー。いっぱい生ってる!」
「だけどこれ、このまま食っても酸っぱいんだぞ」
「でも、ジャムにできる。母ちゃんに作って貰おう。採って帰るぞ!」
「分かった!」
シモンとルイスは大喜びで山葡萄に手を伸ばした。
二人のはしゃぎ声を聞き、ミリアがフェイの手を振り払って走り出した。ミリアは懸命にジャンプをするが、高い木に絡まるように生っている山葡萄に、ミリアの身長ではどうしたって手が届かない。
「お兄ちゃん、ミリアもあの葡萄が欲しい!」
フェイは背伸びをしてなんとか両手で葡萄の房を掴み取ると、左手の分はミリアに渡し、右手の分はそのまま腰に下げた自分の籠に放り込んだ。
「酸っぱい!」
ミリアが顔をしかめた。
「ミリア、それはそのまま食べるんじゃなくて、ジャムにするんだってさ。ほら、この籠に入れな。持って却って、母さんにジャムにして貰おう」
「分かった」
ミリアはフェイの腰の籠に、大切そうに葡萄の房をそっと入れた。
「フェイもミリアもジルさんの家で幸せに暮らしているんだね?」
近くで二人の様子を見ていたアスールが、熱心に収穫作業に勤しんでいるレイフに問いかけた。
「そうだね。仲良くやってるよ。心配要らない。二人はもうすっかり島の子だよ」
そう答えると、レイフはアスールに向かってニッコリ微笑んだ。
予想通り、山葡萄も普段の年よりもずっと多くの実を付けているとレイフは言った。ただし、人の手で採れるのは手の届く範囲に限られる。
「上の方の実は、きっとそのうち鳥とか猿とかが食べに来るね」
アスールは額に手を当て、たわわに実を付ける山葡萄を見上げた。
「そうだろうね。やっぱり、アスールが言った通りこれが加護ってことだよね?」
「……たぶん」
「まあ、悪いことでは…‥無いよね?」
「だと良いけど」
「……じゃあ、次行ってみますか」
「えっ?」
「ルイス、シモン、フェイ。次はお待ち兼ねのワイルドベリーだ!」
レイフは他にも手が届くところが無いかと探していた三人に呼びかけた。
「「「やったー!」」」
レイフを先頭に茂みを掻き分けながら進むと、おそらくルシオが「秘密のベリー園があった!」と興奮して語っていた場所へ出たようだ。
自生しているのだから “ベリー園” って言うのは可笑しいのだが、実際まるで計画的に植えられているかのようにいろいろな種類のワイルドベリーが数本ずつ並んでいる。
「迷うと困るから、お前たちだけで絶対にここへ来るなよ!」
レイフがそう言った。
ルイス、シモン、フェイの三人から「分かった!」と言う返事は一応聞こえたが、目の前のベリーを食べるのに夢中で、果たして本当に話を聞いた上で返事をしたのかは定かでない。
「後でもう一度言い聞かせた方が良いな……」
「レイフは、ちゃんと皆のお兄ちゃんなんだね」
腕を組んで三人の後ろ姿を見ているレイフにアスールがそう言うと、振り返ったレイフは予想以上に真っ赤な顔をしていた。
「な、何言ってんだ」
「だって、本当にそう思ったから」
「ああ、もう! 来いよ、アスール。美味いベリーの見分け方を教えてやる!」
ー * ー * ー * ー
「今日は本当に楽しい一日でした!でも……なんだかとっても疲れました」
ローザはそう言うと、エマに付き添われて部屋へと戻って行った。
あの後、秘密のベリー園ではそれぞれが思う存分好みのベリーを味わった。
低い位置にも実が沢山ついていたので、ミリアとキアナも楽しそうに自分の手でベリーを摘み取っては、美味しそうにそれを頬張っていた。
小さな二人は、両手もほっぺたも、着ていた服まで、ベリーの果汁で真っ赤に染めている。その姿が余りにも可愛くて「なんて幸せな時間なんだろう」とアスールは思っていた。
一方、そんな賑やかなベリー園の片隅で、皆の騒ぎ声に時々薄目を開くこともあったが、レガリアだけはずっと素知らぬ顔で昼寝をしていた。
それぞれの籠に入りきらない程のベリーを収穫して、帰りに屋敷の裏庭に植えてあるレモンも何個か摘んでから、子どもたちは家路についた。
きっとどの家からも、今頃は甘酸っぱいジャムの香りが漂っているに違いない。
この屋敷でも料理人たちにも手伝って貰って、なんとか大量のベリーをジャムに加工して瓶に詰めた。
それでもまだベリーは半分以上残っている。作ってもジャムを入れるための瓶が無くなってしまったからだ。
新しい瓶は明日アルカーノ商会から運ばれて来る事になったので、ジャム加工の作業は明日も続く。
「ねえ、レガリア。やっぱり今日のあれって……君の “加護” ってことなの?」
珍しくローザと一緒に部屋に戻らず、居間にそのまま残っていたレガリアにアスールが質問をした。
だが、レガリアにはアスールの質問の意図がさっぱり分からないようだ。
「いつもはあんな風に、どこへ行っても大量に実が生ってるなんて幸運は無いんだよね」
レイフがそう付け加える。
「ほら。この前サスティーを呼び出した時、レガリア何か “力” を使ったでしょ?」
「ああ、あれか」
「それって、やっぱり “加護” だよね?」
「違うぞ。あの時はただ単に我の “気” をサスティーが居るであろう裏山に向かって飛ばしただけだ。結果として木々の成長を促してしまったかもしれんがな」
「そうなんだ。狙ってやったわけじゃないんだね?」
「うむ」
「じゃあ、今回は思いがけず沢山収穫できて、僕たちはラッキーだったってことだね」
レイフが楽しそうに言った。
「効果はしばらく続くぞ」
「しばらくって……今年いっぱいとか?」
「数年か、もしかするともう少し長くかもしれん」
「そんなに?」
「だが、自然の摂理を捻じ曲げる程では無いから心配は要らん」
それだけ言うと、レガリアは居間から出て行った。
「なんだろう。レガリアは簡単に言ってたけど、これって凄いことだよね?」
レガリアが居なくなるとすぐに、レイフが興奮気味にアスールに話しかけてきた。
「そうだね。自然の摂理を捻じ曲げないにしても、人間の常識は軽く超えてるよね」
「……神獣だからね」
他にも何か変化があるのか見に行こうかと楽しそうに話すアスールとレイフに向かって、シアンが真面目な顔で釘を刺した。
「この事は明日、きちんとリリアナさんには伝えた方が良い。結果としてこれが “偶然の産物” だったとしてもね。リリアナさんには僕から話しておくよ。二人は他の人に余計な事は言わないように。良いね?」
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