34 満点の星々の下で
「ローザ!」
「……」
「ねえ、ローザ。起きて!」
船長室の大きなベッドの上。大きなレガリアに包まれるようにしてローザはぐっすりと眠っていた。
「……。アス、兄様?」
「ああ、良かった! やっとお目覚めだ」
「? もう朝なのですか? ……まだ、外は暗いですよね?」
アスールの声に強制的に起こされたローザは、眠そうにまだ開かない目を擦っている。
「あのね。ミゲル船長からローザを起こして来るように言われたんだ。今から凄い物が見られるから、後悔したくなければ起きた方が良いって船長が言っていたよ。どうする?」
「凄い物って……何ですか?」
「僕だってまだ知らないよ。どうする?」
「……。起きます」
ローザがベッドの上でモゾモゾと動き出すと、レガリアも大き欠伸を一つしてベッドから飛び降りた。
その前足が床についた瞬間には、もうレガリアは小さな姿に変わっていて、床からまだベッドに横たわったままのじっとローザを見上げている。
「ローザと違って、レガリアは随分と寝起きが良いんだね」
なかなか出て来ないローザとアスールの様子を見るつもりだったのだろう。シアンが船長室に入ってきた。
「早くしないと身動きが取れなくなってしまうよ。おいで、ローザ!」
「シア兄様、いったい何が始まるのですか?」
シアンに手を引かれローザが船長室からデッキに出ると、ミゲルが三人に手招きをしているのが目に入った。
ミゲルの側にはレイフとイアンも座っている。
「ローザ、あそこまで行くよ」
デッキ上のあちこちに船員たちが座り込んだり、中には寝転んだりしている者もいて、三人はそれを上手く避けながら、ミゲルたちの居る場所を目指した。
「ローザちゃん、良く眠れた?」
レイフがそう言いながら、ローザたち三人が座る場所をあけてくれる。
「はい。ぐっすり。もしかして、皆さんは全然寝なかったのですか?」
「寝ていないよ。あの後もずっと喋ってた」
キャビンで休むこともできるとジルから言われたのだが、結局キャビンを使ったのはエマだけだった。シアンもアスールも、ずっとデッキでイアンや船員たちの話を聞いて過ごしたのだった。
次にいつ訪れるか分からない、滅多に無いだろうこんな貴重な時間をキャビンで寝て過ごすなんて勿体ない。
「ところで、今から何が始まるのですか?」
「ああ。それなら、しばらく前から始まってるんだよ」
「えっ?」
レイフの返事にいったい何が始まっているのかと、立ったまま周囲をキョロキョロと見回すローザの腕を引っ張って、シアンがローザを隣に座らせた。
「もう良いぞ! 灯りを消してくれ!」
ローザが座るのを待っていたのだろう、ミゲルが大きな声を出した。
ミゲルの指示に従い、数人の水夫たちがそれぞれ自分の近くのランプの灯りを消していく。
「な、何をするのですか? 真っ暗になってしまいます! 危ないです!」
「大丈夫だよ。心配は要らない。ほら、ローザ。上を見てご覧」
シアンがローザの耳元で囁いた。
夜空一面に光り輝く美しい星々が広がっている。
「ああやって寝転がると、もっとずっと夜空が良く見えるって」
「シア兄様、本気で仰っているの? ここに寝転がるのですか? 私も?」
ローザはシアンの口から耳を疑うような言葉が飛び出したことに驚いている。
「大丈夫! 今夜は特別なんだよ。ほら、あっちを見て! エマもあそこで寝転がっているだろう?」
確かにシアンの指差した方向にエマらしき人影が見える。
暗くて誰だか顔は分からないが、今この船の上でスカート姿なのはエマ一人だけの筈なのだから、シアンの言う通り、あれがエマなのだろう。
ローザもデッキに寝転んでみた。
「流れた!」
右の方からアスールの声がする。
「ほら、あっち」
「どこ? どこ?」
「ああ、向こうにも!」
「本当だ! 凄い!」
レイフやイアンの声も聞こえる。
「ローザ。よく空を見ていてご覧。時々星が流れるよ」
「星が流れる?」
「そう! ほらあそこ!」
シアンの腕が示す方向に、確かにスーッと光りが動くのがローザにも分かった。
「わあ!」
「見えたかい?」
「はい! 星が細いリボンをつけているみたい」
「リボンか。良いね。あれが流星だよ」
シアンがすぐ真横でクスリと楽しそうに笑ったのが聞こえる。
「ここ数日、かなり多くの流星の目撃情報があったそうだよ。それで、ミゲル船長が特別に灯りの少ない海の上に、こうして僕たちを連れて来てくれたんだ」
「そうだったのですね。あっ。シア兄様、あそこ!」
「うん。そうだね」
「だから船長は先に寝ておくように私に仰ったのですね」
「ああ。こんな風に海の上だったら近くに家の灯りも無いし、今は月も出ていない。流星観測には最高の日だそうだよ」
「本当に! こんなに素敵なものを見られて幸せですね」
ー * ー * ー * ー
「おかえりなさい。流れ星は沢山見られたのかしら?」
あの後、船の上で水平線から登る美しい朝日を見てから屋敷に戻った。
おそらくホルクを飛ばして知らせてあったのだろう、笑顔のリリアナが玄関先で出迎えてくれた。
「「ただいま」」
食堂のテーブルには朝食がたっぷりと用意されていて、焼き立てのパンの匂いがアスールの食欲を刺激する。
「あんなに沢山の星を見たのは初めてだったので感激しました。王立学院も夜は暗いから星が綺麗に見えるけれど、海の上で見る星空は桁が違う! その上、流星まで見られるなんて」
アスールがリリアナに興奮気味に語っている横で、レイフが突然吹き出したかと思うと、ケラケラと笑い出した。
「どうしたの? レイフ。貴方、大丈夫?」
息子の突然の大笑いにリリアナが唖然としている。
「と、父さんが。皆が星空がよく見えるようにって言ってさ、船の灯りを全部消したんだ。真っ暗になった船のデッキで、しばらくは皆流れる星を懸命に探してたんだけど……」
そこまで言ってレイフが思い出したようにまた笑い出す。
「気が付いたら、あっちからもこっちからもグーグーグーグー鼾が聞こえてきてさ」
イアンが話を引き継いだ。
「フェルナンド様からの差し入れのワインを飲んで、皆すっかり酔っ払ったんだろうね。余りにもその鼾がうるさ過ぎて、途中から流星どころじゃ無くなっちゃったんだよ」
「まあ、なんてこと!」
リリアナが呆れて開いた口が塞がらないといった表情を浮かべた。
「まあ、とにかく。皆疲れたでしょう? 朝食の用意ができているわ。食べたら少し休みなさいな。子どもたちが勉強部屋に来るまで、それぞれ部屋で少しでも眠った方が良いわよ」
「ええと……母さん。今日も勉強部屋の手伝いをしないと、駄目なの?」
レイフが心底驚いた顔でリリアナに一応確認する。
「当たり前です!」
リリアナの有無を言わせぬ短い返事に、レイフはガックリと肩を落とした。
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