32 フェルナンドからのホルク便
「そう言えば、母さんからフェルナンド様から君たちにホルク便が届いたって聞いたけど……何か重要なことでも書かれていたの?」
徐々に夕暮れが近付き、心持ち涼しくなってきた海風を受けてゆっくりと進む海賊船のデッキの上で、レイフがアスールに問いかけた。
「特に重要事項ってことは無かったよ。母上と兄上のおおよその帰国日が書かれていたくらいかな」
「兄上って、ドミニク殿下?」
「そうだよ」
「ドミニク殿下が、ハクブルム国へ行かれたの? アリシア様の結婚式に参列されたってこと?」
「そうだけど……どうして? 何か気になることでも?」
「いや。……ちょっと意外だったから」
「意外?」
「うん。だって、てっきり陛下はパトリシア様のお子たちを……」
「何?」
「ううん。何でもない! 今、僕の言ったことは忘れて!ごめん。アスール」
そう言ったきりレイフは口を閉ざしてしまった。
アスールにもなんとなくレイフの言いたかったことは想像できた。
おそらくレイフは、次の王位継承者はシアンかアスールだと思っていたのだろう。だからドミニクが国を代表する立場で国王であるカルロと並んでアリシアの結婚式に参列したことに驚いたのだ。
つまりそれは、ドミニクが次期王位継承者として他国の者たちから認識されることも厭わないということだから。
アスールは、自分とローザがクリスタリアの王位継承に絶対に関わらないことを理解している。
アリシアは既に他国へ嫁いでしまった。
前にしていたフェルナンドの話からして、ヴィオレータが王位につく可能性も低いだろう。
やはり、次期王位継承者はシアンかドミニクのどちらかになる。
「お祖父様が前に言っていたよ。クリスタリア王になれるのは “真に実力のある者” だって」
レイフがハッとした顔をしてアスールを見た。
「先のことはまだ、まだ何も決まっていないよ」
「……そうなんだ。なら、良かった」
実際、フェルナンドから受け取った手紙に、たいした内容は書かれていなかった。
今朝ローザが起きて来るのを待ってから、三人揃って読んだ手紙の内容はこうだ。
儂の大切な可愛い三人の孫たちへ
シアン、アスール、ローザ。元気に過ごしているか?
儂はカルロの代わりに毎日公務に駆り出されて、仕事ばかりさせられておる。正直言って辛いぞ。
アリシアの結婚式は無事に終わったそうじゃ。花嫁衣装を着たアリシアはとても美しかったと聞かされた。そりゃ美しいに決まっておる! 儂はアリシアの花嫁姿をこの目で見られなかったのが悔しくて仕方ない。だからローザ。お前さんは絶対に遠くへは嫁に行くなよ!
アリシアとドミニクは七の月の終わりには帰って来るそうだ。カルロの予定はまだ分からん。
お前たちはいつヴィスタルに戻って来る? 土産は不要だ。早く帰っておいで。
働き過ぎのフェルナンド・クリスタリアより
割と大きな字で書かれたこの手紙を読んだシアンは首を傾げると、手紙を裏返して、他にも何か書かれてはいないか確認していた。
これ以上何も得るべき情報が無いことが分かると、シアンはふっと笑って、フェルナンドからの手紙をローザに手渡した。
「ローザ、ホルクは長い手紙を運べないことは知っているよね?」
「はい」
「お祖父様にはローザが代表して返事を書いてくれるかな? 長さは……そうだね、お祖父様から来たこの手紙と同じくらいで。お願いできる?」
「もちろんです!」
その後、子どもたちの勉強をみていると、ローザが出来上がったばかりの手紙を持ってシアンのところへやって来た。
シアンはその手紙に目を通すと、それをアスールに手渡した。
「これをホルクで飛ばして欲しいんだけど。アスール。良いかな?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、リリアナさんが王宮のホルクが厩舎に居るって言っていたから、必ずそのホルクを使ってね。そのホルクならセクリタは必要無いから」
「分かりました」
「シア兄様、私もアス兄様と一緒に厩舎に行ってもよろしいですか?」
「ローザがホルクを飛ばしたいってこと?」
ローザは一瞬だけ悩んだように見えたが、すぐに返事をした。
「はい」
「判断はアスールに任せるよ。王宮のホルクはシルフィやピイリアとは違うからね。無理はさせないように」
シアンのシルフィや、アスールのピイリアはローザにも慣れているが、王宮のホルクは普段からホルクの扱いに長けた者としか接していない。そんなホルクがまだ子どものローザに対して手心を加えるとはアスールにも思えなかった。
「とりあえず厩舎へ行って、どんなホルクなのか見てみようね」
「ピイちゃんに手紙を運んで貰っては駄目なのですか?」
「それは駄目だ!ピイリアもシルフィも、まだ長距離の飛行訓練を受けていないからね」
シアンにピシャリと否定され、ローザは黙ってしまった。
「行こう。ローザ」
「……はい」
推し黙ったまま廊下を進み、アスールとローザは屋敷の玄関を出て、屋敷の裏手にある厩舎へ向かった。
厩舎の入り口を入ると、二人に気付いたピイリアとシルフィが近付いてくる。
「ごめんね。用があるのは君たちじゃ無いんだ」
奥から厩務員が、明らかにピイリアよりもかなり大柄なホルクを腕に乗せて出てきた。
「リリアナ様から伺っていますよ。王宮のホルクですよね?」
「そうです」
「ご自分で飛ばされますか? もちろん、私が手紙をお預かりして飛ばすこともできますが」
「ええと、妹が飛ばすのは……やはり難しいですよね?」
無理だろうとは思ったが、横でローザが話を聞いている以上、アスールとしても一応は厩務員に尋ねないわけにもいかない。
厩務員はローザとホルクを見比べて考え込んでいる。
「できないことは無いと思います。殿下がしっかり後ろから姫様を支えて差し上げれば可能ですよ」
そう言うと厩務員は革製の布をローザに差し出した。
「服が汚れたり破けたりしては困りますからね。お使い下さい」
それからしばらく、飛行防止の鎖を取り付け、ローザは革製の布を巻き付けた左腕に王宮のホルクを乗せたまま、厩舎に置いてあった椅子に座っていた。ローザとホルクをお互いに慣れさせるためだ。
見た目は厳つかったが、フェルナンドが寄越したホルクは温厚な性質のようで、ローザの腕の上でおとなしくしている。
その間にアスールはローザの書いた手紙を読ませて貰った。
大好きなフェルナンドお祖父様へ
お手紙ありがとう存じます。(お手紙は代表して私が書くことになりました)
アリシアお姉様の結婚式が無事に済みましたこと嬉しく思います。私もお祖父様と同じように、お姉様の花嫁姿を見られなかったことが悲しくてなりません。
私はまだやっと王立学院に入学したばかりですので、花嫁衣装の心配はまだしばらく必要無いと思いますよ。そんなことより、お祖父様はお父様の代わりのご公務を頑張って終えてくださいませ。
シア兄様も、アス兄様も、もちろん私も、毎日島で楽しく過ごしております。
島へ来てから魚釣りや貝殻拾い、ベリーを摘んだりしました。まだ海では泳いでいませんが、近いうちに挑戦するつもりです。
裏山にハイキングにも行きましたよ。とても素敵な出会いもありました。これを書くと手紙がいっぱいになってしまうので、帰ってから教えて差し上げますね。
今日はこの後とても楽しみな計画が待っているのです。午後から行って来ます!
お祖父様、お土産話を楽しみに待っていて下さい。もちろんお土産も持って帰ります。今年は私の手作りの予定です。オイル漬けではありませんよ。期待していて下さいね。
毎日忙しいローザより愛を込めて
ローザの手紙は小さな字で、びっしりと紙の裏側まで使って書かれていた。この小さな文字をフェルナンドが自力で読めるのかどうか……アスールはクスリと笑った。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。