29 銀灰色の神獣
「ねえ、レガリア」
「どうした? アスール」
「神獣の出現条件って、何だと思う?」
「何だ? その “しゅつげんじょうけん” とは……」
「えっと。どうしたらレガリアの古い知り合いのサスティーに会えるのかなと思って。もうほとんど下山しちゃったし、一年前には会えたのに、今回は……もう出て来てくれないのかな?」
「アスール。我ら神獣は悠久の時を気儘に生きておる。余程のことでも無ければ、契約も無しに人の子に姿を見せるようなことはしないものだ」
「そうなんだ……」
「お前は何故それ程ヤツに会いたがる?」
「僕?」
「ああ、そうだ」
「違うよ、レガリア。僕が会いたいわけじゃない。きっとレガリアが友だちに会いたいだろうと思っただけだよ」
「……そうだったのか」
結局そのまま何事も起こらず、全員無事に屋敷へと戻って来た。
「今日は凄く楽しかったです。山登りは疲れたけれど、山頂から見た景色は素敵だったし、ダリオの用意してくれたお弁当も、ギルさんが剥いて下さったリンゴもとても美味しかった」
「それは良かったわね」
屋敷に戻るとすぐにローザがリリアナに今日のハイキングの話をしはじめた。
「それから、帰り道ではいろいろな種類の動物に出会ったのですよ。鹿の親子に、猿の家族。イタチ、リス。それから……あれはアナグマだったのかしら?」
「たぶんそうだと思うよ」
レイフが返事をする。
「確かに裏山は自然が豊かだよ。でも……あんなにも一度にいろいろな動物に出会うのは、かなり珍しいことだと思うな」
レイフがダリオが用意した焼き菓子を頬張りながら話し続ける。
「僕は小さい頃からもう何度も裏山に登っているけど、今日みたいなのは初めてだよ。次から次へと動物たちが僕たちの行く手に出て来るんだもん。まるで動物の方から挨拶でもしに来ているみたいにさ」
「まさか例のアレは来ていないわよね?」
リリアナがブルっと身震いをしながらレイフに聞いた。
「ああ、それなら大丈夫。今日も見ていないよ!」
「それなら、良かったわ」
そう言うとリリアナはお茶のお代わりを頼みに部屋から出て行った。
「なあ、レイフ。リリアナさんの言っていた例のアレって何のこと?」
「蛇だよ。“怖いもの無し!” って感じがするけど、母さんは蛇が本気で苦手なんだよね。だから裏山には絶対に近付かないんだ」
「裏山に蛇がいるの?」
「さあどうだろう。僕は殆ど見かけたことはないけどね。居たら困るから、居そうなところには敢えて近付かないんだって」
「なるほどね。それは意外な弱点だ」
「だろ?」
アスールとレイフは顔を見合わせて笑った。
ー * ー * ー * ー
「あの。ちょっとよろしいですか?」
ドアをノックする音がしたのでアスールが寝室の扉を開けてみると、そこに立っていたのはレガリアを抱っこしたローザだった。
「こんな時間にどうしたの? とりあえず中に入りなよ」
まだ寝る時間には早かったが、裏山へ登り疲れているだろうからと、今日はいつもより早目に皆それぞれの部屋へと戻っていた。
この屋敷に来てからローザは一人部屋。アスールはシアンと同室だ。
「何かあったの? もしかして眠れない?」
シアンがローザを気遣うように優しく声をかけた。
「私は大丈夫です。ただ、レガリアが……」
「レガリア?」
「はい」
レガリアはローザの腕からふわりと飛び降りた。
「折角こんなに近くまで来たことだし、少しばかりヤツに我のものを見せびらかすのも面白いかと思ってな」
「見せびらかす? 何を? 誰に?」
「良いからついて来い」
そう言うとレガリアはドアの前まで歩いて行って振り返ってアスールを見た。ドアを開けろと言うことのようだ。
「こんな遅い時間にどこに行くつもり? 勝手に外に出るのはまずいよ」
「大丈夫だ。誰にも気付かれることは無い」
レガリアは自信たっぷりにそう言った。
シアンが戸惑うアスールの横を擦り抜けると、静かにドアを開けた。
「行ってみよう!」
「兄上、本気なのですか?」
「もちろん! そこに何があるのか分からないけど……なんだか凄く面白いことがありそうじゃない? ローザはどうする?」
「私も行きます!」
レガリアはシアンが開けたドアからさっさと部屋の外へ出ていった。
慌てて三人がレガリアを追いかけるように廊下に出てみると、屋敷の中は不自然な程に静まり返っている。
それでも、音をなるべく立てないように玄関の鍵を開け、揃って外へ出た。満月からまだほんの数日。月明かりで、思っていた以上に屋外は明るかった。
「どこへ行くつもり? まさかこんな夜遅くに山に登るつもりじゃないよね?」
アスールが裏山に向かってどんどん先を行くレガリアに慌てて声をかける。その声にレガリアが足を止めて振り返った。
「……まあ、この辺でも良いか」
「何をするつもり?」
「少し待て。すぐに分かる」
そう言うとレガリアは目を閉じた。
「「うわっ」」「きゃあ」
何かが身体の中を通り抜けていくような不思議な感覚に襲われて、三人は揃って小さく声をあげた。
「今のは何ですか?」
「何かが体内を通過していった感じがしたけど……」
「もしかして、レガリアが何かしたの?」
レガリアは答えず、夏空のような青い瞳でじっと裏山を見つめている。
「……現れおった」
そう言った瞬間、三人の目の前でレガリアは真の姿へと変化した。新雪のように白いその毛皮は月明かりを受けて更に美しく輝いて見える。
レガリアの瞳が見つめる先を目を凝らして必死に見てはいるのだが、アスールにはレガリアには見えているらしいものが全く見えない。
レガリアが一歩前に足を踏み出し、口を開いた。
「久しいな」
「相変わらず、無茶な呼び出し方をするのね。あれでは山の動物たちが驚くじゃないの……」
レガリアのすぐ目の前にレガリアよりは少しだけ小振りの、青みがかった銀灰色のオオカミに似た生き物が姿を現した。
「ああでもせねば、ずっと知らん顔を決め込むつもりだったのだろう? 我がすぐ近くまで来ていたことなど、遠に気付いておった筈だ」
「……それで? わざわざ私に何の用かしら?」
「お前に、我の新しい主を紹介してやろうかと思ってな」
そう言いながらレガリアはローザのすぐ横に並んだ。
「レガリア。私はレガリアの主では無いわよ」
「おや、そうだったか? ならば、お前は我の何だ?」
「そうね。お友だち……かしら?」
「そうか。友か! ふむ。それも良いな」
レガリアは嬉しそうに喉を鳴らした。
「おや、まあ!」
「ローザ・クリスタリアです。貴女は水の女神アクエル様の神獣のサスティーなのですか?」
「そうよ」
「レガリアの古いお友だちなのでしょう?」
「まあ、そうね。……? レガリア?」
「ああ。我の今の名だ」
「今の名前、ね。随分と気に入っているようね?」
「そうだな」
「良かったじゃないの。……それにしても、可愛らしい子ね。もしかして、見せびらかしに来たわけ?」
レガリアは答える代わりに、くるりと尻尾をローザに絡めた。
「あらあら。随分と入れ込んじゃって!」
「名を与えられ側に居るのもなかなか良いものだぞ。お前は余り好かんようだが」
「縛られるのはご免だわ。ところで、そっちの二人は誰なの?」
サスティーがアスールとシアンを美しく光る琥珀色の瞳でじっと見つめている。
「ローザの兄たちだ」
シアンとアスールが名乗ると、サスティーはアスールの匂いでも確かめるかのように、ゆっくりとアスールの周りを回った。
「やっぱり。貴方、霧の中で出会ったあの時の子ね?」
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