26 海賊の本拠地(3)
「オクルタ島は大きな二つの島に完全に囲まれているんだよ」
「つまり島は一つに見えて、本当は三つあるってこと?」
「まあ、だいたいそんな感じかな」
細い水路のようなところを進んだ先に小さな島が見えた。そこがオクルタ島だった。
マルコスが船を係留ロープで固定して、順にオクルタ島に降りた。今回もローザはしっかりミゲルに抱えられている。
オクルタ島をまるで隠すかのように両側にある二つの島は、平地の部分は少なく、島民がまとまって住んでいる地区を除けば、その殆どが原生林に覆われた山といってもいい。
海から島を見ても殆どが崖で、人を寄せ付けない感がある。ところが、ここオクルタ島は面白いくらいに平らな土地しか無い。
高い山の真ん中にポッカリと穴が開いていて、そこに島がある。なんとも不思議な光景だとアスールは思った。
「もしかすると、ここが火山の中心だったんじゃないのかな?」
シアンがそう口にすると、オクルタ島に着いてやっと籠から出して貰ったレガリアがニヤリと笑ったように見えた。
船から降りた一向は、ミゲルの案内でオクルタ島にある一番大きな建物に向かった。
「ようこそ、オルカ海賊団の本拠地へ!」
そう言ってミゲルは扉を開ける。中には数人の男たちが居て、皆がこちらに注目していた。
「レイフ!」
レイフの名前を呼んだ若い男は、レイフよりも年上で、ガッチリとして背も高く、日に焼けてはいるが、よく見るとレイフによく似ている。
「兄貴のイアンだよ。あんまり似てないだろ?」
「「「いや。似てるだろ(います)!」」」
三兄妹の声が揃った。
「ちょっと集まってくれるか」
ミゲルが声をかけると、奥で作業をしていた人たちも手を止めて集まって来た。近くで見るとイアン以外は全員かなり屈強で、いかにも強そうに見える。
だが、王宮でよく見かける騎士たちとは全くタイプが違う “強さ” のようにアスールには思えた。
「こちら側から、クリスタリア国第二王子のシアン殿下、第三王子のアスール殿下、第三王女のローザ姫だ」
男たちが声には出さないが、騒ついているのが分かる。
「とは言っても、うちの島に滞在している間はリリアナのただの甥っ子と姪っ子だ。そういうことで宜しいですよね? 殿下?」
「もちろん。それで結構です」
ミゲルに問われ、シアンが満面の王子スマイルで答えた。
「そんなわけで、親戚の子たちが遊びに来ているだけだから皆も気にせず、普段通りに過ごしてくれ。じゃあ、そういうことでもう良いぞ」
イアン以外の男たちは元居た場所に戻って行った。
イアンは突然やって来た再従兄弟たちに対して、どう対応したら良いのか困惑しているように見える。
「話すのは初めてですね」
シアンの方から話を切り出した。
「ああ、はい。そうですね……」
「あの、イアン様? 伺ってもよろしいかしら? イアン様はご実家にお帰りにならずに、このオクルタ島にずっと居るのでしょう? ここにもお家があるのですか? お食事はどうされるのです? お母様に会えなくて寂しくはないのですか?」
ローザが矢継ぎ早にイアンに質問を投げかける。
それまでずっと緊張した面持ちで立っていたイアンの表情がその一瞬で緩み、イアンはローザに向かって優しく微笑んだ。
「ローザ様は、噂通りの方ですね」
「えっ?」
「母がよく貴女の話をするんです。可愛い! 可愛い! って。な? レイフ?」
「そ、そうだね」
急に話を振られたレイフが慌てて返事をする。
「ああそうだ! 兄さん。学院では不味いけど、島に居る間はローザ様じゃなくローザちゃんって呼んで良いってさ」
「本当に?」
「ええ、どうぞ」
「だったら、もし差し支え無ければ、僕のこともここではイアンお兄ちゃんって呼んで貰えますか?」
「お兄ちゃんですか? ふふふ。ではイアン兄様では如何でしょうか?」
「えええ! だったら僕もレイフ兄様が良いな!」
「分かりました。レイフ兄様とイアン兄様」
「「やったー」」
三人の様子にアスールは頭を抱え、シアンはなんとも言いようのない表情を浮かべていた。
その後はイアンの案内でオクルタ島を五人で歩いた。小さな島ということもあって、あちこち見て回ってもそれ程時間はかからない。
少ないが家も数軒建っている。イアンの話によると、主にまだ子どもの居ない夫婦や独り者がこの島で暮らしているそうだ。
子どもが産まれてある程度大きくなると、子どもを勉強部屋に通わせるために、屋敷のある島へと移って行くらしい。
ちなみに、ミゲルやイアンは先程まで居たこの島で一番大きな屋敷に寝泊まりしているそうだ。あの屋敷にはちゃんと料理人も居る。
若い船員も数人あの屋敷で暮らしているらしい。部屋は沢山あるとイアンが言っていた。
島の反対側にはもう一つ港があって、こちらに二隻の海賊船が係留されていた。
「あっ、私が乗ったのはこの船です!」
ローザが手前の船を指差した。
「こっちはオルカ海賊団の主船だよ。いつも父さんが乗っている船だ。向こうのが副船。大抵は二隻一緒に行動する」
「そうです! あの時も二隻一緒でした」
「凄く立派な船だね! ところで……この大きな船も、さっき来たような狭いところを通るってことは無いよね?」
この海賊船の大きさではどう考えても、ここへ来るために通ったあの水路のようなところを通るのは不可能だ。
「あっち側の細いところは小型船しか通れないよ。屋敷のある島の船着き場からオクルタ島に来るには、あの細い水路を使うのが一番早いんだよ」
レイフが地面に簡単な見取り図を描きながら説明してくれた。
「こっち側から外海に出るのは、もっとずっと楽だよ。左右に注意を払う必要は全く無いしね。ただし滝に打たれる覚悟は必要だけどね」
そう言うとレイフは笑った。
どうやらこちら側の入り口は滝によって隠されているらしい。まさか島に何本もある滝の一つが、海賊団の本拠地への入り口になっているとは誰も想像しないだろう。
「兄貴は強力な風属性の使い手なんだ。だから滝の水を吹き飛ばして船を水から守るなんてお手のものなんだよ。統率力もあるし、多分兄貴は海賊団の次期頭領に向いていると思う……」
レイフが言った。
その言葉は風属性のイアンを認めているようにも、水属性のレイフ自身を否定しているようにも取れて、なんとなくアスールの心をざわざわさせた。
実際、船の多くは大きな風属性の魔鉱石を使う魔導具を積み込んでいる。それさえあれば風が全く吹かない凪の日でも船を自由に走らせることが可能だからだ。
おそらくオルカ海賊団の二隻の船も同じ仕組みに違いない。普段は帆を操り風を利用して海の上を進み、風が弱ければ魔導具を併用する。
強い風属性の魔力保有者が居れば、巨大な魔鉱石を積んでいても、魔力切れを起こして船が失速することはない。
確かミゲルも風属性の強力な保有者だった筈だ。
「ねえ、レイフ。一番上のお兄さんの属性も風なの?」
「カミル兄さんの? 違うよ。兄さんは火属性だよ。アスール。なんで急にそんなことを聞くの?」
「ちょっと気になったから。そういえば、僕の兄妹も属性はバラバラだよ。あれ? ヴィオレータ姉上の属性って何だろう?」
「姉弟なのに知らないの?」
「母親が違うと……ほら、余り接点が無いから」
「そんなものなの?」
「……多分ね」
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