25 海賊の本拠地(2)
「……ってことなんだ」
語り終えたレイフは、一つ大きく息を吐いた。
「そうは言っても、僕もイアン兄さんもこんなドラマティックな話が両親の結婚の裏にあったなんて、一年前までは全く知らなかったんだけどね」
そう言いながらレイフは頭を掻く。
「去年の夏。アスールとルシオがここを去ってからイアン兄さんが島に戻って来たんだ。それから二人で今の話を母さんから聞かされた」
「……そうだったの」
レイフ以上にイアンは驚いたことだろうとアスールは想像した。
「それから急にイアン兄さんは海賊団の跡を継ぎたいって言い出したんだよね。母さんもそうだけど、父さんも兄さんに対して、この一年その件に関して良いとも悪いとも言ってない。僕には皆がどう思っているのかさっぱり分からないよ」
「レイフは? レイフは海賊団を継ぎたいとかアルカーノ商会の手伝いをしたいとか考えたりするの?」
アスールがレイフに質問をした。
「僕?……そうだなぁ。もうしばらくは学院でいろいろな方面の勉強して、何が自分に向いているかを探ろうと思ってる。それから将来どうしたいか考えても……遅くは無いよね?」
「それで良いと思うよ」
これにはアスールではなく、シアンが答えた。
「まだアスールもレイフも二学年生なんだ。まだ半分以上学院生活は残っているんだから、今から焦る必要は全然無いよ」
ー * ー * ー * ー
「俺は構わないぞ。皆でオクルタ島に行ってみるか?」
「父さん、本当に良いの?」
「ああ、問題無い。一つこっちで片付けたい仕事があるから、出発は昼過ぎになる。そうなると、屋敷に戻って来るのが少し遅くなるかもしれないな。それでも大丈夫なら連れて行くぞ」
家に戻って来たばかりのミゲルに、リリアナがオクルタ島に子どもたちを連れて行ってくれないかと話したのだ。
アスールには、レイフがオクルタ島に自分たち兄妹が行くことに対して前向きでは無いような気がしてならなかった。
「オクルタ島には何があるのですか? イルカの隠れ家とか?」
ミゲルの腕にぶら下がるように戯れ付きながらローザが聞いた。
島に着いてミゲルに再会して以降、ローザはすっかりミゲルに懐いてしまっている。
ミゲルが屋敷に居る間は、始終ミゲルにこんな風に纏わりついているのだ。ミゲルの方も最初は戸惑っているように見えたが、今では自分の娘のようにローザを可愛がっている。
「イルカの隠れ家は無いな。だが、海賊の隠れ家なら有るぞ!」
「本当に?」
「ああ。本当だとも」
そう言って笑いながらミゲルがローザの頭を撫でた。
ローザはミゲルの言った台詞を冗談だと捉えているようだが、父親の台詞を聞いたレイフのあの慌てようからして、おそらく冗談ではなく事実だろうとアスールは思った。
「本当に僕たち兄妹が行っても大丈夫なのですか?」
同じことを考えたのだろう。シアンがミゲルに確認する。
「ああ。君たちだって、この島に海賊船が係留されていないことに、とっくに気付いていただろう? だったらオルカ海賊団の海賊船はいったいどこに停められているのか? きっとそう考えていた筈だ」
ミゲルがシアンとアスールの二人の顔を順に見てニヤリと笑った。
「勉強会が終わったら出発するぞ!」
それだけ言うとミゲルは「用事を片付けて来る」とリリアナに伝え、また家を出て行った。
オクルタ島には小型の一本マストの船で向かうらしい。船の前には見覚えのある、よく日に焼けた強面の男が立っていた。主船の甲板長のマルコスだ。
マルコスは相変わらずの仏頂面で船に歩み板を掛けた。今日は海も穏やかだったので、レイフに続いてアスールは難なく歩み板を渡って船に乗り込んだ。シアンもそれに続いた。
「もしかして、この板の上を歩くのですか?」
ローザが幅の狭い歩み板の手前で立ち止まり、すぐ後ろに立つミゲルの方を振り返って尋ねている。
「そうだ! これを渡らないと船には乗れないぞ。どうする?」
ミゲルはニヤニヤしながらローザの答えを待っている。
ローザは意を決して一歩前に進み出て、右足を歩み板の上にそっと乗せてみた。運悪く、ローザが足を踏み出した途端に波が来た。
ローザの右足ごと歩み板が波に持ち上げられる。ローザは悲鳴をあげて歩み板から足をおろした。
「小さなお姫様。抱っこをして運んで差し上げましょうか?」
ミゲルは巫山戯た口調でそう言うと、ローザの返事を待たず、ローザを軽々と抱き上げると歩み板の上をたったの二歩で渡り切った。
ミゲルはそのままローザを抱き上げたままで船の中央に進んで行く。
側仕えのダリオとフーゴに続いて、最後にマルコスが船に乗り込み、マルコスは手際よく歩み板を外した。
「さあ、出港だ!」
ローザを抱き上げたままのミゲルの号令と共に、船は真っ青な海の上を静かに走り出した。
「もう下ろしても平気かな? 小さなお姫様は一人で立っていられるかい?」
「大丈夫です!」
勢いよく答え、ローザはデッキに下ろしてもらったが、よろけて結局またミゲルにしがみついている。シアンが呆れ顔でローザにすっと手を貸した。
「今日の波は穏やかだが、ちゃんと捕まっていろ! 危ないから妹から目を離すなよ!」
「分かりました」
ミゲルはシアンにローザを託すと、ブリッジに飛び上がり舵輪を握る。
「ミゲル船長。海賊船の船長服を着ていなくても、やっぱり格好良いね」
アスールが呟いた。
「母さんから聞いたけど、入学前の収穫祭でアスールはミゲル船長の仮装をしたんだって?」
「ええっ。聞いたの?」
「うん。ローザちゃんの女海賊リリーがもの凄く可愛かった! って母さんが騒いでいたよ」
「そうなんだ。リリアナさん、僕のことは何か言っていた?」
「確か……。そう! アスールのミゲル船長は品が良過ぎる! だったかな」
「なんだそれ?」
アスールとレイフは声をあげて笑った。
船は島を左手に見ながらしばらく島に沿ってのんびりと進んだ。
突然一人の船員が「全員しっかりどこかに掴まっていろ!」と大声で叫ぶ。そのすぐ後でミゲルの「取り舵いっぱい!」の声を合図に、船は急激に左へと進路を変えた。
船は狭い隙間のような水路のようなところを擦り抜けるように進む。
「壁にぶつかりそうで怖いです」
ローザは船の中央でしゃがみ込むと、両手でしっかり目を覆った。シアンが片手でローザの服を、もう一方の手でマストに取り付けられているロープをしっかりと掴んでいるのがアスールから見えた。
アスールも恐怖で自分の心臓が早鐘のように打つのを感じていた。
「エマさんを留守番にして家に置いてきて良かっただろ?」
アスールの横でレイフが言った。
確かにその通りだ。エマは自分もローザに付いて行くと言って聞かなかったが、リリアナに説得されて仕方なく屋敷に残ったのだ。
まさかこんなところを通ることになるとは、エマも想像していなかっただろう。
「エマの心臓が止まらなくて、本当に良かったよ」
アスールは心の底からそう呟いた。
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