24 海賊の本拠地(1)
「ねえ、母さん。兄さんっていつこっちに戻って来るって?」
「イアン? イアンならもう戻っているわよ」
レイフとリリアナが話している “兄さん” というのは、どうやら三兄弟の二番目、イアンのことらしい。
イアンは王立学院でシアンと同じ第五学年に在籍している。
「えっ? そうなの? もしかしてオクルタ島に直接行ったとか?」
「そうよ。何? レイフ。あなた学院でイアンと話をしたりしないの?」
「……あんまり」
学院が休みに入ってもう十日近くが過ぎている。
昨年も、レイフの兄のイアンはアスールとルシオが島に居る間、島にあるこの家に戻って来なかった。学院では学年も寮も違うアスールは、イアンの顔を見たことが無い。
「兄上はお知り合いですか?」
アスールがシアンに聞いてみる。
「いいや。同じクラスになったことは無いし、属性も違うから、彼とは今まで一度も話したことは無いよ。まあ、顔くらいは知っているけどね」
「そうですか」
そういえばレイフは一番上の兄のカミルの話は時々するが、二番目のイアンの話をしているのをアスールは聞いたことが無い。
「あっちでミゲルからいろいろと教わりたいことがあるらしいわよ。学院を卒業してからのことも相談したいらしいから、しばらくこの家に戻るつもりは無いみたいよ」
「へえ。そうなんだ」
なんとなく微妙な空気が漂っている。
「レイフ様は三人兄弟なのですか?」
空気を全く読まないローザが、レイフに普通に質問を投げかけた。
「そうだよ。兄が二人。一番上の兄貴のカミルは、今テレジアの街でアルカーノ商会を取り仕切ってる。もう結婚もしてて、甥っ子が二人居るよ。近いうちにテレジアに遊びに行くだろうから、その時にきっと会えるよ」
「そうですか。それは楽しみですね」
「二番目の兄貴のイアンは、王立学院の第五学年に居る。風属性。イアンは親父の海賊団を継ぎたいらしいんだ。で、今はオクルタ島に居るんだって」
「まあ、そうなのですか?」
「へえ、そうなんだ! オクルタ島ってこの近くの島なの?」
近くで聞いていたアスールも話に加わった。
「ああ。すぐ近くにはあるんだけど……」
なんだかレイフの歯切れが悪い?
「貴方たち。折角だからオクルタ島に行ってみる?」
母親のその言葉を聞いて、レイフはどういうわけだかかなり動揺しているように見える。
「明日一旦ミゲルが戻って来るから……。一緒に連れて行って貰えば良いじゃない? そうすればあっちでイアンにも会えるし。そうね! それが良いわよ」
ー * ー * ー * ー
レイフたちの父親であり、アルカーノ商会の会頭でもあるミゲル・アルカーノは、オルカ海賊団の首領でもある。ミゲル・オルケーノが本名だ。
今から二十年近く前。ミゲルは、彼の父親から半ば地位を奪い取る形でオルカ海賊団を引き継いだ。
ミゲルの父親が海賊団を率いていた頃は、オルカ海賊団といえば残忍で、略奪を繰り返し、海を我が物顔で荒らし回る厄介な存在だった。
オルカ海賊団の幹部たちにはクリスタリア国から賞金がかけられ、捕まれば死刑は免れないと言われていた時代が続いていた。
「……実はね、父さんも王立学院の卒業生なんだよ」
夕食後。皆がそれぞれの部屋に戻った後、ダイニングに残っていたシアンとアスールに向かってレイフがぽつりと呟いた。
「僕や兄さんたちと同じように、父さんもミゲル・アルカーノと名前を偽って学院に入学したんだ……」
ミゲルの父親ドナトは、とても大柄で屈強な男で、何もかも自分の力で押さえつけ、支配できると信じて疑わないタイプの人間だった。
早くに父を亡くし、若い頃にオルカ海賊団の頭領となったドナトは、母や妹たちを精神的にも経済的にも完全に支配し、年の離れたたった一人の弟のファビオさえ、まるで数居る手下の一人かのように雑に扱った。
やがてドナトはミゲルの母親と結婚しミゲルが産まれるが、テレジアの港のあちこちに愛人を持ち、家には余り帰って来なかったそうだ。
「でも、父さんは言っていたよ。たまに家に帰って来て母親に手をあげるような父親だったら、いっそ帰って来ない方が良いって……」
ミゲルの母親はミゲルがまだ五歳にならないうちにこの世を去った。「無理が祟ったのだろう」と叔父のファビオがミゲルに言った。
母親の死後、ミゲルは相変わらず家に寄り付かない父親とではなく、叔父の家で叔父と二人で暮らしたそうだ。
「そのファビオ大叔父さんが、父さんに王都に行って学院に進むようにと提案してくれたんだって。父さんは学院に入って、物の考え方も、人生までも変わった! って言ってたよ」
ドナトには愛人たちとの間に何人か子どもが居たが、幸か不幸かミゲルがドナトにとって唯一の息子だった。
だがミゲルにはオルカ海賊団を継ぐ意志は無かった。学院卒業後、ミゲルは学院時代にできた友人と二人で王都に小さな店を構えた。二度とテレジアの父親のところに戻るつもりは無かったらしい。
「だけど……。ある時、ファビオ大叔父さんが父さんに打ち明けたんだって」
「何を?」
アスールはすっかりレイフの話に引き込まれている。
「ファビオ大叔父さんは、ドナトの横暴にこれ以上は我慢できなくなった者たちと一緒に、オルカ海賊団とは別の海賊団を立ち上げるつもりだと。“お前は自由に生きろ” と書いた手紙を父さんに送ってきたんだって」
その手紙を受け取ったミゲルは嫌な予感がして、友人に店のことを頼んで急いでテレジアに戻った。
だが、既に遅過ぎた。ミゲルがテレジアに到着した時には、闇討ちに遭ったファビオはもう虫の息だったのだ。
「ファビオ大叔父さんは、最期に父さんの手を取って笑顔で息を引き取ったそうだよ。もう一度お前の顔が見られて本当に嬉しいって言って……」
卑怯にもファビオに闇討ちを仕掛けた者など、この状況下に於いてはドナト以外には考えられなかった。だが証拠は無い。
王都に戻ったミゲルは、水面下でファビオと行動を共にしようとしていた者たちに接触した。
父親であるドナトには決して悟られないように、とても慎重に、だが確実に、ミゲルは少しずつ信用のおける仲間を集めていった。
「そんな時に、王都でオルカ海賊団による集団誘拐事件が起きたんだ」
自分の派手な生活を支えるための資金がどうしても必要だったドナトは、王都に暮らす裕福な家庭の女性や子どもを攫って身代金を要求する計画を立てた。
ミゲルのところにテレジアの仲間からその計画が知らされた時には、もう既に誘拐は実行されていた。
それでも被害を最小限に抑えようと、ミゲルは学院時代の友人だった貴族の伝手を借り、自分の身の安全も顧みることなく王家に接触した。騎士団を動かして貰うために。
「もしかして、その時にミゲル船長とリリアナさんは出会ったの?」
アスールは前にチラッとリリアナが言っていた話を思い出していた。
「そうらしいよ。その時はまだ父さんは船長じゃ無いけどね」
その後のレイフ話は、アスールもシアンもなんとなくだが知っている内容だった。
リリアナはスアレス公爵家の猛反対を全く意に介することなく、大問題を起こしたばかりのオルカ海賊団の一人息子でもあるミゲルと駆け落ち同然で強引に結婚した。
オルカ海賊団の頭領だったドナトと、ドナトの信奉者だった海賊団幹部四人の計五名が、日を置かず絞首刑に処せられた。
当時は頭領の息子も同罪、処刑されて然るべきと訴える者も多く居たらしいが、迅速な解決の大きな理由がミゲルの訴えによるものであったことが考慮され、ミゲルに対してはなんのお咎めも無かった。
この寛大な処分には、リリアナがミゲルと駆け落ち結婚をしているということも大きく影響していただろうが、世間にこの事実を知る者はほとんど居ない。
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