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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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23 勉強部屋の子どもたち

「ねこしゃん。さわっていいれすか?」

「良いわよ。でも、そっと優しく触ってあげてね」

「あい!」


 午前中に開かれている子どもたちのための “勉強部屋” は今日も大盛況。


 ローザが小さい子たちを相手に絵本を読んであげたり、一緒にお絵描きをしているという話が島の親たちに伝わったようで、去年は見かけなかったようなほんの小さな子たちまでが屋敷にやって来るようになった。


 いつもの勉強部屋だけでは全員を収容できず、リリアナは勉強をする大きい子と、絵本を読んだり絵を描いたりする小さい子とで部屋を分けた。


 夏の間は、シアン、レイフ、アスールの三人が大きい子の部屋を。リリアナとローザが小さい子の部屋を担当することになった。



「おねえちゃん。この絵本を読んで!」

「一緒にお絵描きしようよ、ローザお姉ちゃん!」


 小さな子たちに囲まれたローザは、満面の笑みを浮かべながら、甲斐甲斐しく子どもたちの相手をしている。

 “お姉ちゃん” と呼ばれるのが末っ子のローザにはとても新鮮なようで、小さい子たちからされる “お願い” や “おねだり” の一つ一つがローザを喜ばせている。



「ローザお姉ちゃんは、アスールお兄ちゃんの妹なんでしょ?」

「そうよ、ミリア」


 一緒に並んでお花の絵を描きながら、ローザはミリアの話に耳を傾けた。

 一年前は言葉をほとんど発しなかったというミリアだが、今ではすっかり上手に話せるようになっている。

 ジルの家に引き取られたフェイとミリアが、ジルやジルの両親から大切にされている証拠だ。



「もう一人の大きいお兄ちゃんも?」

「シア兄様のこと? そうよ。二人とも私の大好きなお兄様よ。ミリアにも居るでしょ?」

「居る! ミリアのお兄ちゃんはフェイとジルだよ。ミリアもフェイとジルが大好き! それから、アスールお兄ちゃんのこともミリアは大好きだよ!」


 ミリアは可愛らしい声でそう言った。


「まあ、そうなの? ミリアは、アス兄様のどこが好き?」

「全部! 優しいところが一番好き」


 ローザはアスールのことを「大好き」と言って貰えたのがなんだかとても嬉しくて、思わずミリアをぎゅっと抱きしめた。


「どうしたの? お姉ちゃん?」


 驚いたミリアがローザを見上げている。


「なんでもないわ。私もミリアが大好きだなぁと思ったから」

「ミリア、ローザお姉ちゃんも大好きよ!」


 そう言ってミリアもぎゅっとローザにしがみついた。



「ねこしゃーーーーん!」


 その声と同時に、ローザの膝の上にレガリアが飛び込んできた。


「ねこしゃん、まって!」


 小さな女の子がよちよち歩きで近づいて来る。どうやらレガリアは追いかけ回されるのに疲れてここへ逃げて来たようだ。

 女の子がレガリアを捕まえようとローザの膝に倒れ込んできた。レガリアはその手をサッと避けて、ローザの隣に座っていたミリアとソファーとの隙間に素早く潜り込んだ。


「あれ? ねこしゃん。いない!」


 ミリアは知らん顔を決め込むつもりのようだ。女の子はキョロキョロ辺りを見回しながら向こうへ行ってしまった。


 女の子の声が遠退いたのを見計らったかのように、レガリアがソファーの隙間から顔を覗かせた。ミリアが恐る恐るレガリアに手を伸ばす。

 レガリアは助けてもらった恩を返すかのように、大人しくミリアに撫でられている。


「この仔、お姉ちゃんの猫でしょう?」

「そうよ。レガリアって言うの」

「レガリア? 白くて可愛いね。それに、背中がしゅるっとしてて気持ち良い!」

「レガリアもミリアに撫でて貰って、とっても気持ち良さそうね」

「本当にそう思う?」

「ええ。思うわ。そうだ、ミリア。お願いがあるのだけれど、頼んでしまっても良いかしら?」

「良いよ!」

「そうしたら、隣の大きい子たちがお勉強をしているお部屋にレガリアを連れて行ってあげてくれる?」

「アスールお兄ちゃんの居るお部屋?」

「ええ、そうよ。あちらのお部屋だったらレガリアも逃げ回る必要もないでしょうから」


 ローザはそう言ってレガリア見た。


「分かった! 行ってくるね」

「お願いね」


 ミリアはレガリアを抱っこすると、落とさないように気を付けているのだろう、ゆっくりと歩いて部屋を出て行った。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 大きい子たちの部屋では、二つのテーブルに別れて子どもたちが勉強をしている。ミリアは部屋に入ってはみたものの勝手が分からず、レガリアを抱いたまま立ち止まってしまった。


「なあぁぁ」


 レガリアが鳴いた。

 子どもたちが手を止めて鳴き声がした方を一斉に振り返ったので、レガリアを抱いて立ち尽くしているミリアにその視線が集中する。


「ミリア! こっちは勉強をする部屋だよ!」


 入り口に立つミリアに気付いたフェイが、咎めるような少し強い口調で妹の名前を叫んだ。

 その声にビクリとして、レガリアを抱えていたミリアの手が緩む。その隙にレガリアはミリアの腕の中から飛び出してひらりと床に着地すると、そのままアスールを見つけて走り出し、勢いよくアスールの腕に向かってジャンプした。


「レガリアを連れて来てくれたんだね?」


 飛んできたレガリアをなんとか受け止めたアスールが、入り口で固まったままのミリアに近付き優しく声をかける。


「あのね。ローザお姉ちゃんが、連れて行ってあげてって、ミリアに言ったの……」

「ローザが?」


 ミリアは小さく頷いた。ミリアの大きな両目に涙が溜まり始めている。


「ありがとう、ミリア」


 アスールはレガリアを片手で抱え、空いている方の手でミリアの手を取ると、そのままミリアをソファーまで連れて行く。


「ここに座って少し待っていると良いよ。もうすぐ勉強も終わりの時間だからね。そうしたら一緒にお昼を食べよう!」


 それだけ言うとアスールはミリアの頭を軽く撫でてからテーブルへと戻ってしまった。



 ソファーの横に置いてある本棚に元々置かれてた絵本は、リリアナが全て小さい子たちの部屋に運んでしまっているのでもうここには無い。

 ミリアは小さく溜息をついた。


「退屈かな?」


 そんなミリアに声をかけて来たのはシアンだった。

 急に声をかけられたことに驚いて、すっかり固まってしまったミリアの横にシアンが静かに腰を下ろした。シアンは手に紙と鉛筆を持っている。


「名前を教えてくれるかな? 僕はシアン」

「……ミリア」

「何歳なの?」

「四歳」

「あっちのお部屋では、何をしていたの? お絵描きかな?」


 ミリアが頷く。


「ローザお姉ちゃんに絵本も読んでもらった」

「そう。それは良かったね。その絵本は面白かった?」


 ミリアが今度はニッコリと笑って頷いた。


「四歳か……。だったら、まだ字は読めないよね? 数字なら読めるかな?」


 ミリアが首をブンブンと横に振る。


「そっか。じゃあ、僕が数字を教えてあげるよ」

「数字?」

「そうだよ。数字が読めたり書けたりするようになったら、次はあそこに座ってアスールに計算を教えてもらうこともできるよ」


 ミリアの顔がパッと明るく輝いた。


 シアンはテーブルに置いた紙に1から10までの数字を順に書き、その下に大きく何か文字を書き足している。


「これが数字。ほら、あの時計にも同じ文字が書いてあるだろう? もっと大きい数字はこの小さい数字を組み合わせれば良いだけなんだよ。見て! 時計の11と12。ね?」

「本当だ!」

「数字が分かると、計算もできるようになるし、時計も読めるようになる。面白いだろう?」


 ミリアはシアンに向かって満面の笑みを浮かべると、大きく頷いた。


「この字は何?」


 ミリアは数字の下にシアンが書き足した文字を指差した。


「これ? これは君の名前。ミリアって書いてあるんだよ。ゆっくりで良いから練習してごらん。きっとローザが驚くよ」

お読みいただき、ありがとうございます。

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