22 レガリアと懐かしい友
「ねえ、ローザ。貴女のレガリアはいつまでその格好でいるのかしら?」
夕食を終えたばかりの食卓で、リリアナが突然ローザに向かってそう聞いた。ローザはリリアナが何を言いたいのか分からないようでポカンとしている。
アスールとシアンは顔を見合わせた。
「あの、リリアナさん。レガリアのことは……」
アスールがそう言いかけると、リリアナがアスールの言葉を遮った。
「この家でこれから貴方たち三人はひと月近く過ごすのよ。貴方たちの側仕えはもう本当のことを知っているのでしょう?」
「はい」
「と言うことは、知らないのはレイフだけよね? だって私、ミゲルにはもう話しちゃったもの」
そう言ってリリアナはペロリと舌を出した。
急に自分の名前と父親の名前が出たことに、レイフが不思議そうな顔をしてアスールとリリアナを交互に見ている。
レイフの視線を受け、アスールは曖昧な表情でレイフに笑いかけた。
リリアナは立ち上がると食卓を離れ、ソファーの上でのんびりと寛いでいたレガリアを抱き上げた。
「だったら隠しておく必要は無いと私は思うわ。ねえ、レガリア。あなただって、ずっとこの姿で居るのは不便よね?」
そう問われ、レガリアはじっとリリアナを見つめている。
「母さん、何言ってるの? 猫になんか話しかけちゃってさ。アスールも! いったいどうしたって言うんだよ?」
「レイフ。良いから貴方はちょっと黙ってなさい!」
黙っていろと言われたレイフはムッとした表情で食卓を離れると、さっきまでレガリアが座っていたソファーにドサリと不機嫌そうに腰を下ろした。
ローザが急激に悪化したこの場の雰囲気にオロオロしている。三人の側仕えたちは、黙ったまま壁際に立っている。
「この家に居る間、レガリアが大きくなって歩き回っても良いとリリアナ様は仰るのですか?」
ローザが真剣な顔でリリアナに問いかけた。
「全くもって構わないわ」
リリアナは逆に何が問題なのか分からないという顔をした。そしてこう付け加える。
「あのね、ローザ。島に居る間は私のことは “リリアナ様” ではなく “リリアナさん” と呼んで頂戴! シアン、貴方もよ!」
「「はい」」
「二人とも、良いお返事ね!」
リリアナはレガリアを抱いたまま、ニッコリと笑った。
この場の空気は完全にリリアナによって支配されている。
「アス兄様からお聞きましたが、この家には島の子どもたちが頻繁に出入りしているそうですね? 子どもたちはきっと大きなレガリアを見たら怖がります。それでもリリアナさんは大丈夫だと仰るのですか?」
「ええ、そうよ」
「どうしてそう思えるのです?」
ローザは理解できないという顔をしてリリアナを見た。
「だって、この島にはずっと昔から神獣が住んでいるのよ」
その時、レガリアがリリアナの腕からふわりと床に飛び降りた。
「私はまだ会ったことは無いけれど、島のお年寄りの中には子どもの頃にその神獣に助けられたって言う人が何人も居るわ」
そのリリアナの言葉と同時に、レガリアが部屋の真ん中で一瞬にして真の姿に戻った。
レイフがあんぐりと口を開けて、目の前に立つ大きくなったレガリアを見つめている。
「その神獣なら、おそらくサスティーのことじゃろう」
「うわぁ。でっかい猫が喋った!!」
レガリアが喋り出したことに驚いたレイフがソファーからずるりと滑り落ちた。
「レイフ様! 私のレガリアは猫ではありません。ティーグルです!」
「えええ? 猫じゃ無い? じゃあ何なの? そりゃそうだ! こんなでっかい猫がこの世の中に居るわけ無いよね? ん? ティーグルって言った? 何それ?」
混乱したレイフは一人で喋りまくっている。
「ああ、もう! レイフ! 良いから黙って!」
リリアナの一喝にレイフは口を噤んだ。
この混乱をじっと黙って見守っていたシアンが耐え切れなくなったのだろう。突然声を上げて笑い出した。珍しいシアンの姿に、皆の視線が一斉に集まる。
「ちょっと落ち着きませんか?」
ー * ー * ー * ー
皆がソファーに移動すると、ダリオが温かいお茶を淹れてくれた。
ダリオとエマ、それからフーゴはダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。大きなままのレガリアは部屋の隅にうずくまっている。
「一つずつ整理して話しましょう。リリアナさん、この島には神獣が住んでいると仰いましたね?」
シアンがリリアナに尋ねた。
「ええ、そうよ。実際に神獣が本当に居るかは私にも分からないけれど、そう信じている島民は多いわ」
「その話なら僕も知ってる! 島に暮らす子どもたちは皆、その話を島のお年寄りから聞かされて育つんだ。裏山には神獣様が住んでいて、この島を守ってるって」
レイフが言った。
「アスール。お前はもう既にサスティーに会っているのではないか?」
レガリアが眠そうな声でアスールに話しかける。
「我がお前に初めて会った時に言ったのを覚えておらんか? お前から懐かしい匂いがすると」
そう言われてみれば……そんなようなことを言われた気もする。
「もしかして、そのサスティーって言うのは大きくて、少し青色がかった銀灰色のオオカミだったりする?」
「サスティーはオオカミでは無い。だがお前がオオカミと思っているそれがサスティーだ」
思い当たったアスールは、一年前に裏山にハイキングに行った時に起きた “不思議な出来事” を皆に話して聞かせた。
歩いていたら突然霧に包まれ、アーニー先生と二人で道を失ったこと。
大きな銀灰色のオオカミが現れて、霧の中でしばらく一緒に過ごしたこと。
霧が晴れて皆と合流すると、他の人たちとの間に何故だか時間のズレが生じていたこと。
「どうしてあの時、そのことを黙ってたんだよ!」
アスールがずっと自分たちに言わずに黙っていたことに対してレイフが文句を言った。
「だって、どう説明すれば良いのか分からなかったし……。あの時は、アーニー先生も黙っていようって言ったから。ごめん」
「友だちだろう? 隠し事なんてするなよな!」
「……本当にごめん」
レイフに対してだけでなく、アスールは他にもまだいろいろと隠し事を抱えている。それを考えるとアスールは心が押しつぶされそうだ。
「そう言うわけだから、例え神獣ティーグルがこの家の中を歩いていたとしても、まあ、子どもたちも最初はビックリして騒ぐでしょうけど、それ程気にしないと思うわよ」
「流石にそれは……。それにこの家には料理人や使用人も何人も居ますよね?」
リリアナの考えにシアンが首を捻った。
「だったら、ここに今居る人たちしか居ない時は気にせずに過ごせば良いわね。もうバレちゃってるんだし。ああ、今はここに居ないけど、ミゲルの前でも大丈夫よ!」
リリアナは楽しそうだ。
「ねえ、レガリア。銀灰色のオオカミのようなサスティーって……もしかして、水の女神アクエル様の神獣?」
ローザがレガリアに尋ねた。
「アクエル? ああ、そうだよ。ローザは小さいのに物知りだな」
「もう! 小さいは余計です!」
「ははは。すまぬ」
そう言うと、レガリアは自分も小さくなってローザの膝の上に飛び乗った。
「古い友だちなのね?」
「そうだ。もう随分と長いこと会っておらんがな」
「だったら、会いに行ったら良いじゃない?」
「我が?」
「そうよ。折角近くまで来てるんだもの。その時はもちろん私もレガリアと一緒に行くからね」
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