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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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21 テレジア行きの今年の船は……(2)

「ローザ。具合はどう?」


 アスールの声に反応したのはローザでは無くレガリアだった。


「今は眠っておるぞ。もう気分は落ち着いたようだ。我が付いておるのだから心配は要らん」

「まあ、そうだよね」

「何か急ぎの用事か?」


 レガリアはローザを起こさないようにレガリアなりに気をつかっているのだろう、首だけを軽く持ち上げてアスールの方を振り返った。

 足音をたてないようにそっと近付いて見ると、レガリアのお腹辺りに抱きついて、柔らかい毛に埋もれるようにしてローザは気持ち良さそうに眠っている。


(確かにシアン兄上が言っていた通りだ! 可愛い)


「特に急ぎってわけじゃないけど……。前からローザが見たがっていたイルカの生息地域の近くをそろそろ通るみたいだから」


 アスールが「イルカ」と言った声に眠っていたローザが軽く反応した。レガリアが鼻先でローザをそっと揺すった。

 ローザはまだ眠そうに目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こした。


「アス兄様?」

「そうだよ。ごめんね、起こしちゃって」

「大丈夫です。もしかして、もう島に到着するのですか?」

「まだだよ。でも、イルカが見られるかもしれないって、ジルさんが言ってる」

「イルカが? 本当に?」

「わざわざ生息地域の近くを通ってくれてるんだ。起きられるかい?」

「はい。すぐに行きます」



「どうだった? 具合は……大丈夫そう?」


 アスールがローザが寝ている船室からデッキに戻ると、レイフが心配そうな顔をして近づいて来た。


「平気そうだよ。今、出て来るってさ」

「そう。なら、良かった」


 レイフはアスールの返事を聞くと、振り返ってブリッジで舵輪を握るジルに向かって両手で大きく丸を作って見せた。ローザが出て来ることを伝えたようだ。

 ジルが軽く手を上げ、笑顔でレイフに応えた。



 船室の扉が開き、エマに支えられるようにして、覚束ない足取りのローザが小さくなったレガリアを抱えてデッキに出てきた。

 心配そうな表情のレイフに気付くと、ローザはニッコリと微笑んで見せる。


「わざわざイルカの生息地の近くを通って下さっているそうですね。ありがとう存じます。嬉しいです」

「どういたしまして。船酔いしちゃったのかな? もう起きていて大丈夫なの?」

「はい。もう平気です」

「無理しないでね。そうそう! もうすぐイルカに会えると思うよ」


 レイフはローザと言葉を交わしながらも、海面にチラチラと目をやっている。



「見つけた! 右手前方! 大きな群れが居るぞ!」


 ブリッジからジルの叫ぶ声が聞こえた。その声に皆が一斉に船の右前側に集まる。

 すかさずシアンがローザに手を貸して、ローザもなんとかレガリアを抱えたままデッキ右側の手すりに掴まった。

 すぐに船は群れに追い付き、イルカの大きな群れが船のすぐ横を並ぶようにして泳いでいる。



「まあ、なんて可愛いのかしら! レガリア。あなたも見える?」

「姫様! そんなに身を乗り出しては危のうございます。……ああ、恐ろしい」


 そう言いながらエマがローザの後ろに立って、ローザのドレスをしっかりと両手で捕まえている。


「大丈夫だよ、エマ。僕もちゃんと押さえているしね」


 そう言ってローザの隣に立つシアンが笑った。

 確かにシアンの右手はローザの左腕をガッチリと掴んでいる。それでもエマは首を左右に何度も振った。


「エマ! エマもちゃんと見て! この船のすぐ横をイルカが並んで泳いでいるのよ。凄く可愛いわ!」


 ローザの明るい声に諭され、エマはローザの横から恐る恐る海を覗き込んだ。


「まあ、本当に! あらあら、随分とイルカは大家族ですのね。ああ、でも、姫様! 手すりから決して手を離してはなりません!」


 デッキは笑いに包まれた。


ローザは「はい」と素直に返事をして、レガリアを抱えていない方の手だけではあったが、しっかりと手すりを握りなおした。



 しばらくの間、船とイルカは並走しながら進んだ。

 だが、突然イルカたちは方向を変え、まるで「さよなら」を告げるかのように時折ジャンプしながら船から遠ざかって行ってしまった。


「もう島が見えてくるよ」


 レイフの声がしてしばらくすると、船の正面に切り立った崖と深い緑の木々に覆われた、アスールには懐かしいあの絶景が見えてきた。


 シアン、ローザ、エマ、フーゴの四人がその島の荒々しい姿を目にして、一斉に息を飲んだのがアスールには分かった。一年前、アスールもああして同じように息を飲んだことを思い出す。

 この島は普通に人が想像する所謂 “島” とは一線を画しているのだ。


 四人は更に船が島に近付いて、崖の上から直接海に流れ落ちる白い滝を目の当たりにすると、今度は面白いくらい同時に感嘆の溜息をついた。

 その溜息が四人の口から漏れるのを聞いたダリオがニヤリと笑ったのをアスールは見逃さなかった。



「今年は去年より雨の量が少ないのかな?」


 落ちる滝を前にして、アスールが近くを通った船員に尋ねた。


「そっすね。そういやぁ最近、雨、降って無いっすね。前に見た時より、滝の水量、少ないっすか?」

「前に見た時は、もっと荒々しい印象だったから」

「確かに、雨が大量に降った翌日の滝は荒々しくて、見る者の心に残るっすからね。雨が降った翌日に、また船に乗ったら良いっすよ!」


 船員はそう言いながら笑顔を見せた。




 船が島に到着した。


 船着き場には懐かしい顔がいくつも出迎えに来てくれていた。アスールに気付いた子どもたちが、アスールに向かって手を大きく振っているのが見える。

 アスールの顔に自然と笑みが浮かぶ。アスールも思いっきり手を振り返した。



「レイフ兄ちゃん! お帰り!」

「先生!」

「アスール兄ちゃん!」


 大きな声でアスールの名を呼び、先頭を切って船を降りたばかりのアスールに勢いよく飛び付いて来たのはフェイだった。

 フェイは会わなかったこの一年で随分と身長が伸びて、肉付きも良くなり、日に焼けて健康そのものに見える。

 きっとジルの両親から可愛いがって貰えているのだろう。

 遅れてミリアもやって来た。ミリアの方も少しふっくらとしたようだ。相変わらず恥ずかしそうにフェイの後ろにピタリと張り付いている。


「二人とも久しぶりだね。元気だった?」

「ずーーーっと元気だよ! アスール兄ちゃんも元気だった?」

「元気だったよ。ミリアは? ミリアも元気だったかい?」


 フェイの後ろからアスールの顔をじいっと見つめていたミリアだったが、アスールに声を掛けられた途端に、またフェイの後ろに引っ込んでしまった。


「ミリア! ちゃんとアスール兄ちゃんに挨拶するって言っていたじゃないか!」


 フェイはミリアを自分の背中から引き剥がして、アスールの前に押し出した。


「……」

「こんにちは、ミリア」

「……こんにちは」


 やっとそれだけを言うと、ミリアは真っ赤になって下を向いた。アスールがミリアの頭をそっと優しく撫でと、ミリアは嬉しそうにアスールにぎゅっと抱きついて来た。


「ミリアは元気だよ。アスールお兄ちゃん、大好き!」


 思わぬミリアの言葉に、今度はアスールが真っ赤になった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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