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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第三部 王立学院二年目編
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20 テレジア行きの今年の船は……(1)

 アスールにとっては二度目の、ローザにとっては初めての、シアンにとっては最後の前期の試験が終了した。

 夏休み初日のこの日、三人はローザの側仕えのエマと共に、ヴィスタルの港へと向かう馬車の中に居た。

 アスールたちの馬車の前を行くもう一台には、ダリオとフーゴがそれぞれの膝にホルクの鳥籠を抱え、六人分の大荷物と共に乗っている。



「レイフ様は、今日も私たちとは別の馬車なのですね。それ程気にすることでしょうか?」

「今日は学院を離れる学生も多いからね。彼としては、余り目立ちたくないのだろう?」

「私たちと一緒に居ると目立ちますか?」

「同学年のアスールと二人だけならともかく、僕たち三人と一緒では……まあ、かなり目立つだろうね」


 レイフは別の馬車を用意していて、もうだいぶ前に一人で学院を出発していた。


 ローザはリルアンでの食事会以降、すっかりレイフのことを気に入ったようだ。

 ただし、レイフは表向きはあくまでもアルカーノ商会の三男。レイフがスアレス公爵家の血筋に連なることを知る者は、極々限られた一握りの人間だけだ。

 当然ローザにも学院内でレイフに気軽に話しかけることは(レイフの為にも)禁じられていた。



「ローザ、見てご覧! あそこからテレジア行きの定期船に乗るんだよ」


 アスールの声に、ローザが窓に張り付いて段々と近付いて来る船着き場を見ている。


「一人一枚乗船チケットを買うのですよね?」

「それは多分……ダリオがまとめて買いに行ってくれると思うよ。去年はそうだったから」

「イルカの群れは遊びに来てくれるかしら?」


 窓にピッタリと張り付いたまま、アスールとローザは楽し気にこれから始まる船の旅の話をしている。

 二人のはしゃぎ声に、それまでずっと籠の中で気持ち良さそうに寝息を立てていたレガリアが薄く目を開けた。




 今年も埠頭から少し離れた場所で馬車は停まった。

 外には数人の男たちに混じって、レイフの姿も見えた。窓に張り付いていたアスールとローザに気付いたレイフが二人に向かって笑顔で手を振っている。


「お兄様、早く降りましょう!」


 そう急かすローザに、エマが「姫様は少し興奮しすぎですね」と小さな溜息をつく。



 二人の御者が下ろした六人分の大荷物は、ホルクの鳥籠を残して、レイフと一緒に居た男たちの手によって次々と奥の船着き場へと運ばれて行った。


「あれ? 今年は去年乗った船着き場とは違うところから船が出るの?」


 ピイリアを鳥籠から出してやりながら、アスールがレイフに問いかけた。


「急に決まったから三人には伝えていなかったんだけど、今年は定期船には乗らないんだ」

「だったらどうやってテレジアまで行くの?」

「それはね。もうすぐ分かるよ」


 アスールの問いを適当にはぐらかし、悪戯っ子のような笑顔を浮かべながらレイフは海を見ている。


 突然。シアンのホルクのシルフィが、アスールの頭上を海に向かって一直線に飛んでいくのが目に入った。アスールの肩に留まっていたピイリアが、そのシルフィを追いかけるように大空へと飛び出した。

 驚くアスールの視線の先に、こちらへ向かって段々と近付いて来るらしい小さな船影が見えた。


「本当にホルクは凄いな!」


 アスールの隣に立つレイフが、目を細めながら遠くに見えるその船影を見つめている。


「何? どう言うこと?」

「あれが今から僕たちが乗る船だよ」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 桟橋に着けられた船の上に居たのは、アスールには見覚えのある、綺麗に日に焼けた懐かしい笑顔だった。


「元気そうだな!」


 船を留め置く為の太いロープを投げながら、レイフとアスールに向かってデッキ上のジルが叫んでいる。

 そのジルの上空をシルフィとピイリア、それからもう一羽のホルクが揃って旋回していた。



「リリー姐さんから、迎えに行ってこい! って言われちゃ、どうしたって断れないよ」


 颯爽と船から降りて来たジルは、そう言いながら白い歯を見せて笑っている。


 レイフはジルをその場に居たシアンたちに順に紹介した。ローザはどうやらジルの顔に見覚えがあったらしく、ちょっと照れたような困ったような表情を浮かべている。

 収穫祭の騒動の時に助けに駆けつけてくれた海賊船に、多分ジルも乗り合わせていたのだろうとアスールは思った。



「もしかして、この船がオルカ海賊団の海賊船なの?」

「そんなわけ無いだろ! 海賊船はもっとずっと大きいよ。それに、白昼堂々こんなところに海賊船を着けるなんて馬鹿なことする筈無いだろ!」


 アスールの問いに呆れたようにレイフが答える。二人のやり取りが聞こえたのだろう。ジルがこっちを見て笑っている。


「これはアルカーノ商会が所有する船ですよ」


 ジルが答えた。


 確かに目の前の船には、去年の夏に何度も目にしたアルカーノ商会の紋章が描かれた旗が取り付けられている。


「王家の子どもたちを三人も定期船に乗せて、もしも万が一の事態が起きるようなことがあったら困る! って母さんが急に言い出したんだって」


 レイフが困ったような顔をして頭を掻いた。


「それでこの船が迎えに?」

「そうらしいよ。僕もさっきここに到着してから聞かされたんだ。あそこで荷物を運び込んでくれてるのも、全部アルカーノ商会の関係者だよ」


 そう言ってレイフが指差す方を見れば、さっきまで船着き場に積み上げられていた大量の荷物が、今まさに船の中へと積み込まれているところだった。


「この船で直接島に向かうってさ。定期船よりずっと速いし、それに快適だと思う」

「今回は一旦テレジアには寄らないってこと?」

「そう言うことだね。もしテレジアに行きたくなったら、言ってくれれば、いつでも小船を出して貰えるから安心して」

「良かった。アニタさんや子どもたちにもお土産を持って来てるんだ」

「そうなの? ありがとう。きっと喜ぶよ」



 レイフの言った通り、アルカーノ商会の船は、定期船と比べるのは申し訳ないほどに立派で快適だった。

 その上スピードも出る。定期船のように途中の港に寄ることもないので、この分ならアスールが思っていた以上に早く島に到着しそうだ。

 そうなると、気がかりなのはローザが期待しているイルカとの出会いだ。


「ねえ、レイフ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「何?」

「今日って、イルカを見れるかな?」

「イルカ?」

「そう、イルカ」

「アスール、そんなにイルカが気に入ったの?」


 レイフがアスールを見て笑っている。アスールはわざとらしく大きく溜息をついて見せた。


「僕じゃない! ローザだよ! すごく楽しみにしてるんだ」

「ああ、そうだったね!」


 レイフは去年アスールがローザのためにイルカの置物を購入していたことを思い出したようだ。


「任せて! ジルならなんとかしてくれるから。頼んでくるよ」


 そう言うとレイフは揺れる船の上を物ともせず、勢いよく走ってジルのところまで行ってしまった。


「やっぱり彼は船に慣れてるね」


 レイフと入れ替わるようにシアンがアスールのところにやってきた。


「とてもじゃないけど僕には真似できないな。こうして真っ直ぐに歩くのがやっとだよ」

「僕もです」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「ローザは?」

「今は船室で果実水を飲んで休んでいるよ。どうやら少し船に酔ったみたいだね。エマが付いていてくれてるから心配要らないよ。それに……」


 そこまで言ってシアンが、何かを思い出したようで急に笑い出した。


「どうしたんですか?」

「後で見に行くと良いよ。凄く可愛いんだ。レガリアに、ああ、小さなレガリアではなく、大きくなったレガリアに、埋まるようにして寝ているから」

お読みいただき、ありがとうございます。

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