19 休日は揃ってリルアンで(2)
レイフとの待ち合わせの店は、普段アスールが歩いているメイン通りから一本裏手の、細い通りに面したそれほど大きくない店だった。
「どうやら、ここで合っているみたいだね」
レイフの手書きのメモと、目の前の店の看板とを何度も確認しながら、シアンがそう呟いた。
だが、どう見てもその店は、王家の子どもたちが三人揃って入るような店構えをしていない。シアンが扉を開けるのに躊躇しているのがアスールにも分かった。
「シア兄様、入らないのですか?」
ローザにそう後ろから声をかけられて、シアンはやっとその店の扉に手をかけた。
「いらっしゃい!」
明るい声に迎えられ中に入ってみると、外観から想像していたよりもその店はずっと清潔で明るく、置かれている家具も古いが質の良いものを使っているようだ。
ただ、一通り見渡してみても、テーブルと椅子がいくつか置かれてはいるがそこに客は誰も居らず、ここが何の店なのかさっぱり分からない。
アスールが出迎えた店員に「待ち合わせ」なのだと伝えると、その店員は店の奥にあるもう一つの扉の前へと三人を案内した。
「こちらから入って、中に居る者に声をかけて下さい」
そう言うとその店員は戻って行ってしまった。
恐る恐るシアンが扉を開けて中に入る。中には横に長く続く薄暗い廊下と、その手前に女性が座っている。
「予約の名前は?」
その女性がシアンに尋ねた。
「レイフ・アルカーノ」
シアンの後ろからアスールがそう答えると、その女性は走り書きに目を通してから「三番の部屋へどうぞ」と廊下の先を指差した。
廊下には扉がいくつも並んでいる。今入って来た然程大きくもない店の奥に、これだけの部屋が並んでいる廊下があるなんて、いったい誰が想像するだろう。
アスールは “三番” と書かれたプレートがかけられた部屋の扉をノックした。
「遅かったね」
中にはちゃんとレイフが居た。
正直、待ち合わせの店を間違えたのではないかと疑っていたアスールは、レイフの顔を見た途端に安堵し、思わずレイフにしがみついた。
「アスール、いったいどうしたの?」
「良かった。本物のレイフだよね?」
「もちろんそうだよ。とにかく中に入って」
そう言ってレイフが一歩後ろに下がると、そこはそれほど広くはないが小綺麗な部屋だった。
その部屋の中央にはダイニングセットが置かれており、その上にはグラスやカトラリーが綺麗に並べられている。
奥の壁には窓があって、カーテン越しに外の明るい陽射しが入って来ている。
ちょっと前に居た薄暗い廊下から一瞬で別世界に移動したかのような変な感覚にアスールは襲われた。
「随分と面白い造りの建物だね。まさか中がこんな風になっているとは思わなかったよ」
シアンが興味深そうに呟いた。
「ここは個室単位でこうして部屋を借りることができるのです。料理は依頼すれば近くの店から運んで貰えます。今日の昼食はもう僕が独断で注文してしまいましたが……」
そう言いながら、レイフがシアンの前に進み出た。
「はじめまして、シアン殿下。レイフ・オルケーノです。お会いできて光栄に存じます」
レイフはアスールやローザと話したときとは全く違って、とても礼儀正しくシアンに挨拶をした。
「シアン・クリスタリアです。今日はお招きありがとう。いつも君のことはアスールから話を聞いているよ。そんなに気を使わなくても大丈夫。僕たちは再従兄弟同士なんだから」
そう言ってシアンはニッコリと笑った。
テーブルに着くと程なくして扉がノックされた。レイフが立ち上がって扉を開けに行く。数人の女性が大きな荷物を抱えて部屋に入って来た。
荷物の中身はレイフが言っていた注文済みの昼食のようで、美味しそうな匂いが部屋いっぱいに広がった。
女性たちはテーブルの上に手際よく料理を並べると、あっという間に部屋から出て行った。
「凄い量のお食事ですね!」
ローザがテーブルに並べられた皿の数に目を丸くしている。
「今日注文したのは、どれも平民が普段食べるような、ありふれたものばかりです。多分そういったものの方が面白いかと思って」
そう言うとレイフはローザの皿に少しずついろいろな料理を取り分けていく。
「まずは少し食べてみて、気に入ったものがあればお代わりして下さいね。お好きなものが分からなかったので、適当にいろいろ頼んでしまいました」
テーブルに並んだ料理を見て、レイフも流石に頼み過ぎたかもしれないと思ったようだ。
「ルシオも連れて来れば良かったね。ルシオなら一人でここにある料理の半分くらいは平らげそうだから」
アスールが巫山戯てそう言うと、ルシオの食欲をよく知っているローザが声を上げて笑った。
「「頂きます」」
見たことのないものや、食べたことのない味が並ぶ。あれはこうだ、そっちはどうだと、いろいろなものをこんな風に皆で食べるのは新鮮で楽しかった。
「あっ。これ!」
「どうなさったの? シア兄様」
「この魚って、去年の夏にアスールが作って持って帰ってきた味によく似ている。あの時の魚は……確かシーディンって言ったかな? ローザも食べてご覧」
シアンが小さく切り分けたオイル漬けの魚を自分のフォークでローザに食べさせた。
「本当です! アス兄様のお土産も美味しかったですけど、このお魚もとっても美味しいわ!アス兄様も食べてみて下さい!」
食卓は大盛り上がりで、食べ切れないと思っていた料理の殆どがしっかり四人のお腹に収まった。
「このお料理は、どこのレストランから運ばれて来たのですか? 今度お友だちとリルアンに来た時に行きたいので、レストランの名前と場所を教えて頂けますか?」
ローザがレイフに尋ねた。
「この料理? ええと、これはレストランの料理では無いのです。ローザ様は “惣菜屋” ってご存知ですか?」
「そうざいや? いいえ、知りません」
「惣菜屋っていうのは、調理済みのおかずをいろいろ取り揃えて売っている店のことです」
「おかずを売る店?」
「はい。例えば、家で料理を作る時間が無かったり、今日は面倒だなって思った日に買って来て食べるのですよ。平民の家には料理人は居ませんから」
「レイフの家には腕の良い料理人が何人も居たけどね」
アスールが横槍を入れる。レイフがそんなアスールを軽く睨んだ。
「ここにあるのは、全てその惣菜屋に頼んで運んで貰ったものですよ」
「では、その惣菜屋でお食事を頂くことはできないのですか?」
「できません。並べられているものを選んで買って、それを家まで持って帰って食べますね」
「そうなのですか。なんだか面白いですね」
「ははは。面白いですか?」
「はい。とても」
始終こんな感じで、食事会は和やかに進んだ。
レイフはすっかり三兄妹にも馴染んで、シアンやローザとも多少は打ち解けた口調で話すようになってきた。
「ルシオには申し訳ないけど、今年も夏の休暇をあの島で過ごすのが、本当に楽しみだよ」
アスールがレイフにそう言った。
「ルシオは夏は別の用事でもあるのかな?」
レイフは「今年は行かれない……」と残念がっていたルシオの様子を思い出したらしくアスールに聞いてきたのだ。
「ルシオの父上も今ハクブルム国へ行ってるんだ。バルマー伯爵は帰りに別の国にも寄るらしくて、八の月に入らないとヴィスタルに戻って来られないらしい。だから今年の夏、ルシオは家族で過ごさないと駄目なんだって」
「そういうことか。なら、仕方がないね」
「それに、余りに大人数で押しかけたらリリアナさんも困るだろ?」
「それは大丈夫だと思うよ。うちはいつだって誰かが泊まりに来てるような家だからね」
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