18 休日は揃ってリルアンで(1)
「アス兄様!」
耳慣れた声に呼ばれて振り向くと、声をかけて来たのはやはりローザだった。
「どうしたの? こんなところでローザに会うとは思わなかったよ。もしかして、これからクラブ活動? 一人なの?」
ローザはレガリアからの加護も得られたので「学院内に限り、短い時間なら一人歩きをしても良い」とシアンにどうにか認めさせたらしく、最近ではこうして一人で行動することも徐々に増えてきているようだ。
ローザは園芸クラブに所属している。
本当は魔導薬クラブに惹かれていたようだったが、光属性の関係でローザが作った魔導薬にどんな効能が付加されるか分からないと、カルロから反対されて仕方なく諦めたのだ。
実際に最初の魔導薬学初級調合の課題として出される初級回復薬の調合で、案の定一人だけ違う薬草を使用したのではないかと思われる程の、とてつもなく高品質な回復薬を作ってしまったそうだ。
これに関しては、王宮で家庭教師に習って回復薬を何度か作った経験が既にあると言って、なんとか誤魔化したらしいが。
「はい。今から植物園へ向かうところです。アス兄様は?」
「僕は奥の泉での実習が終わって、今から教室へ戻るところだよ」
学年が一つ上がり、魔導実技演習のクラスは基礎から中級になっていた。担当しているのは去年に引き続きアレン・ジルダニア先生だ。アレン先生は今年はアスールのクラス担任でもある。
アレン先生は一年前に森にある泉の水がなんらかの回復効果を有していることを突き止めて以来、すっかりこの泉の水の研究に心を奪われているようで、時々こうして実習という名目で学生たちをアシスタント代わりにしていた。
この日も、先生の研究室に山のように積み上げられた実験用の小瓶に、汲みたての新鮮な泉の水を指定の量をきっちり測って入れるという作業を延々と繰り返し、やっと解放されたばかりだった。
「ああ、そうだ。丁度良かったよ。ローザにレイフを紹介するね」
アスールはこの場で、一緒に居たレイフをローザに紹介した。
会うのは今日が初めてだが、アスールからお互いの話はよく聞かされている。普段だったら初対面の人と話す時に感じるローザの緊張した様子は、レイフに対しては見受けられないようにアスールには思えた。やはり親戚同士ということもあるのだろうか?
「リリアナ様から夏の休暇に島にいらっしゃいと誘って頂きました。アス兄様とルシオ様からも去年のお話をいろいろ聞いているので、今から凄く楽しみにしています」
ローザが嬉しそうにレイフに話しかけている。
逆にレイフの方がローザに対して変に緊張しているようで、そのギクシャクしたレイフの態度を見たアスールは、それがなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「何? なんで笑うの?」
「だって……レイフ。なんでそんなに緊張してるの?」
「仕方ないだろ。目の前に王女様が居て、僕に話しかけて……そりゃ、緊張ぐらいするだろ!」
「……そんなものかな?」
「そんなものなんだよ!」
今度はローザがクスクスと笑い出した。
「仲がよろしいのですね!」
ー * ー * ー * ー
「それで、どうして彼はこの馬車に乗っていないんだい?」
シアンがアスールに尋ねた。
光の日。アスールはシアンとローザに「休日をリルアンで一緒に過ごそう」と提案した。
アリシアがハクブルム国に旅立ってしまい、毎週のように戻っていた王宮へもわざわざ帰る必要が無くなっていたし、休暇が始まる前に、前もってレイフとシアンを会わせておきたいと考えたからだ。
レイフは平民として学院に通っているため、アスールたちとは当然だが寮も違う。ローザとレイフはたまたますれ違ったので立ち話ができた。だが、シアンとレイフとなると……余程のことがない限り学院内で二人を引き合わせるのは難しいだろう。
だったらいっそ、学院の外で会えば良いのだ。
「レイフが学院から一緒に馬車に乗ったのでは目立ち過ぎると言うので」
「ああ、なるほどね」
シアンはすんなり納得したようだ。
リルアンに行くのが初めてなローザは、学院を出てからずっと馬車の窓から外を眺めていた。
学院は深い森の一部を切り拓いて建てられている。その森を抜ければリルアンまでは湿地帯が広がっており、そこでは花の栽培が盛んに行われている。車窓からは色とりどりの美しい花々が見えるのだ。
「アス兄様が王宮に届けて下さっていたお花は、きっとこの辺りで栽培されているのでしょうね。私もお母様がヴィスタルにお戻りになったらお花を贈りたいわ」
「きっと喜ばれるよ」
「その時は、アス兄様がいつも利用しているお店を私に紹介して下さいね」
「ああ……あの花は店で買っているんじゃ無いんだよ」
「お店で無いなら、いったいどこで買うのですか?」
ローザはアスールの答えに驚いて、身を乗り出すようにして質問をしてきた。
「朝市だよ」
「朝市?」
「そう。今日は学院を出発したのが遅かったから、もしかするともう店じまいしているかもしれないな……。それでも良いなら、ちょっと行ってみるかい? 約束の時間にはまだ間があるし」
「是非!」
「へえ、アスールが花を母上たちに届けてるって話は聞いていたけれど、朝市で仕入れしていたとは知らなかったよ」
「そうなんです。摘みたてで鮮度は良いし、値段もビックリ価格ですよ」
「そうなんだ。それは僕も見てみたいな。まだ店が開いていると良いね」
馬車から降りると、三人は真っ直ぐ朝市が開かれている広場を目指した。
近付いてみると、やはり既に店じまいをしている店が多い。
肉や魚などの生鮮食料品を扱う店には既に商品はほとんど無く、後片付けの最中だったり、既に屋台が撤去済みの場所もある。
「やっぱりちょっと遅かったみたいだな。花を扱う店が並んでいる一画はもうちょっと先だけど……。どうする? 一応見てみる?」
「はい。行ってみたいです」
ローザが見たいと言うので、仕方なくアスールは先を目指した。おそらくいつもアスールが花を買っているあの老人はもう居ないだろう。
「おや、坊ちゃん。随分と久しぶりだな」
アスールに声をかけてきたのは、いつもの老人の隣に店を開いている背の低い男だった。
「坊ちゃんがしばらく姿を見せないから、ここのおやっさんが心配してたよ。具合でも悪かったのかい?」
そう言って、男は既に何も無い隣のスペースを指差した。
「ちょっとしばらく忙しくて」
「そうかい。なら良かった。……もしかすると、今日も花を届けるのかな?」
どうやら男は、売れ残っている自分の店の花をアスールに勧める気らしい。
「今日は妹を案内して来ただけなんです」
「なんだそうかい。それは残念」
男は本当に残念そうな顔をした。
「これ、おいくらですか?」
「おや。お嬢ちゃんの方が買ってくれるのかい? お嬢ちゃんにだったら更に安くしておくよ。俺ももう店じまいにしたいしね」
男の顔に笑顔が戻った。
男はローザを相手に愛想良く、今は全て蕾だが明日には綺麗に咲くだろうとか、それぞれの蕾からどんな花が咲くかなどと説明を始めている。
「寮の自分の部屋に飾るの?」
「いいえ。エマへのお土産にしようかと思って」
そう言うと、ローザは「色とりどりの可愛らしい花が咲く」と男から勧められた蕾の束を選んで購入した。
背の低い男は、ローザがこの後しばらくリルアンを散策する予定だと聞くと、花の束全体を紙で丸ごと厳重に包みこんだ。
「このまま横にして持ち歩けば、学院に帰るまでなんの心配要らない」
そうローザに言って、男は包みの方はアスールに差し出した。それからアスールに向かって
「おやっさんには、今日坊ちゃんがここに来たことを伝えておくよ」
と言ってニカッと笑って見せた。
「さっきのお店の方、とても良い人でしたね」
「……まあ、そうだね」
ローザの言うそのとても良い人のお陰で、アスールは大きな荷物を抱えてリルアンの町を歩く羽目になった。
この後は、シアンとローザを案内して、レイフと待ち合わせをしている店に向かわなくてはならない。
「一旦その花を馬車に置きに行った方が良いかもしれないね」
見兼ねたシアンが提案してくれたが、アスールは待ち合わせの店には行ったことがなく、大体の場所をレイフから聞いてはいたが、正直間違えずにすぐに辿り着ける自信は無い。馬車に花を置きに行く程の時間的な余裕も、それから精神的な余裕も無かった。
「大丈夫です。このまま待ち合わせをしている店を探しましょう」
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