17 剣術五本勝負(2)
「そうだ、それで良い! 見違えるように良い動きになってきておるぞ!」
フェルナンドの大きな声が早朝の訓練場に響き渡っている。
フェルナンドの指導のもと、アスールとルシオを相手に、レイフは朝からずっと木剣を振り続けていた。
「よし。最後に儂が手合わせをしてやろう」
既にレイフは全身汗まみれで、肩で大きく息をしなければならない程に疲労している。この状態でどうやってフェルナンドの剣を捌けと言うのだろう。
アスールはレイフに激しく同情した。
「とにかくお前さんは、真っ直ぐに儂に剣を打ち込んで来い。その時の儂の動きをよく見ておくことじゃ。良いな?」
フェルナンドの合図で二人が剣を合わせる。レイフは昨日から教わってきた通りに、綺麗な構えからフェルナンドに剣を打ち込んだ。
その瞬間。レイフの木剣が大きく空を舞い、レイフの喉元にフェルナンドの剣がピタリと添えられていた。
フェルナンドはニヤリと笑った。
ー * ー * ー * ー
「それでは、これからマティアス・オラリエとレイフ・アルカーノによる五本勝負を行う」
剣術クラブ部長のヨゼフ・センテルが高らかに宣言した。
剣術クラブの訓練場には部員の他にも、この日の五本勝負の噂を聞きつけた野次馬が大勢集まって来ている。
もちろんアスールとルシオもその野次馬の中に居た。
「この勝負では、相手の木剣を弾き飛ばすか、明らかな有効打を与えれば勝ちとみなす。勝負は五本。レイフ・アルカーノがマティアス・オラリエから一本でも取ればレイフ・アルカーノの勝利。五本ともマティアス・オラリエが取ればマティアス・オラリエの勝利とする」
ヨゼフが二人にとっての勝利条件を読み上げた。
「五本中たった一本で良いんだろう? 簡単に勝てるんじゃないか?」
「どう考えても、マティアスが負ける筈は無いよ」
「平民のくせに貴族だらけの剣術クラブに入りたいなんて、随分と図々しいヤツだよな」
「マティアスってまだ第二学年だけど、上級生に混じっても引けを取らないって話だぞ。始めたばかりの素人が敵う相手じゃないだろう」
「貴族だからって威張り散らしている連中なんかに負けてもらいたくないよね!」
訓練場を囲んだ野次馬たちは口々に好き勝手なことを言っている。だが、その殆どがマティアスの勝利を全く疑っていない。
「それでは、始め!」
ヨゼフの合図で、一本目が始まった。
二人が向かい合って木剣を構えると、剣術クラブのメンバーたちが驚いたようにレイフの動きを見つめている。
レイフの剣を構える姿勢が、先週までとは明らかに変わったことが彼らには一目で分かったのだろう。
それは当然、剣を合わせているマティアスにとっても同じことだ。
おそらくレイフの変化の影にフェルナンドの存在があることをマティアスは理解した筈だ。マティアスの目つきが変わった。
レイフは、この勝負を見ている誰もが予想していた以上の健闘をした。
「惜しいな。後一歩って感じのが、何度か有ったよな」
「あいつ、誰かに基本から叩き込まれたんじゃないのか? たった数日で、あんなに雰囲気が変わるなんてことがあるのか?」
「一本ごとに段々良くなって来てるよ。もしかすると、勝てたりするんじゃないか?」
「そりゃ無いよ。無理、無理」
「もう四本取られてる。残り一本か……」
野次馬たちの中にもレイフの頑張りを認める者も出てきている。アスールとルシオの目にも、レイフの動きが一本ごとに良くなっていっているのが分かった。
もしかしたらが、あるかもしれない?
訓練場にそんな雰囲気が漂った時、明らかに悪意に満ちた声が響いた。
「やっぱりな。平民がいくら足掻いたところで、所詮こんなもんだろ!」
その声の主は、レイフを目の敵にしている例の四男、ネビル・ダリアンだった。
「少しは剣技の基礎を習ってきたようだけど、付け焼き刃でどうにかなるなんて思わない方が良いよ。後一本だろ? さっさと終わらせて欲しいね」
ネビルはレイフの負けを確信しているかのようにニヤついている。
「黙れ、ネビル・ダリアン!」
部長のヨゼフがビリビリとその場に居た者全ての耳に響く大声で厳しくネビルを一喝し、ネビルは近くに居た部員たちの手によってすぐに取り押さえられた。
「申し訳なかった。真剣勝負の場を部員の一人が台無しにしたことを、部長として謝罪する」
「「問題ありません」」
「では、二人とも。このまま勝負を続けても構わないか?」
「「はい」」
「感謝する」
訓練場が静まり返る。
「始め!」
ー * ー * ー * ー
「フェルナンド様から手ほどきを受けたんだな?」
「ああ、そうだよ」
五番勝負はレイフの勝利で幕を閉じていた。
「やっぱり分かった?」
「まあな。あの最後の技は金獅子王得意の決め技だからな」
「へえ、そうだったんだ。マティアスはそんなことまで知ってるんだね。流石だね!」
ルシオが感心したようにマティアスの肩を叩く。
五番勝負の最後。レイフはマティアスの木剣を大きく弾き飛ばし、彼の喉元に自分の剣をピタリと添えてみせた。あの日、フェルナンドがレイフにやって見せた通りに。
その技は、騎士としてはある意味 “禁じ手” なのかもしれない。踏み込んで来る相手の剣先を去なして、一瞬で剣の握りを持ち替える。その勢いのまま相手の剣を弾き飛ばして喉元に迫る。正々堂々たる騎士の技とは言えない裏技のようなものだ。
だが、これは戦場で向かうところ敵無しの金獅子王と呼ばれたフェルナンドがよく使った手だそうだ。
「試合では同じ相手に二度は使えん技だな。レイフ、チャンスは一度きりだぞ!」
喉元ピタリと木剣をあてられたレイフが目だけで頷いた。
「まあ実戦の場で儂のこの技を見た者が、再び儂の前に敵として現れることなど二度とは無かったがな」
レイフの喉元から木剣を下ろしながらそう言うと、フェルナンドは豪快に笑った。
「これで明日から心置きなく正式な部員として、剣術クラブの練習に参加できるね」
ルシオがレイフに声をかけた。
「そうだな。……いろいろありがとう。アスール、ルシオ」
「「どういたしまして」」
「それに、マティアスも」
「ああ」
対戦した二人に蟠りは無いようだ。
「それにしても、剣術クラブの部長さん、センテル先輩だっけ? すっごく格好良かったよね!」
ルシオは最後の試合前の先輩の一喝の話をしはじめた。
「それで。例の四男はどうなったの? 剣術クラブの人たちに取り押さえられた後、訓練場からつまみ出されてたじゃない?」
「ああ、ネビル・ダリアンか……。ネビルなら退部したよ」
マティアスはサラリと言って退けた。
「えっ。剣術クラブを辞めたの?」
「そうだ。まあ、自業自得だな」
「それはそれで、ちょっと後味悪いね……」
ルシオはネビルが逆恨みをして何か嫌なことをしてくるのではないかと、レイフのことを心配している。
「そこまでネビルが卑屈なヤツでは無いとは思いたいが……。退部はネビルの意志だし、レイフが気に病む必要は無い。取り敢えず、レイフ。明日の朝練には遅れないようにな!」
「分かってるよ。じゃあ、また明日」
レイフは一人、西寮へと帰って行った。
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