14 予想外の訪問者
「いったい何事でしょうね?」
「わざわざ執務室に呼び出されるなんて、何か悪いことでも起きたのかしら?」
アリシアと過ごせる最後の週末。
学院から戻ったばかりのシアン、アスール、ローザの三人は、馬車寄せで到着を待っていたカルロの補佐官から「国王陛下が執務室でお待ちです」と伝えられた。
とりあえず荷物を側仕えに任せ、三人で執務室へと急いだ。レガリアが入った籠はシアンが運んでくれている。
「どうぞ。お入りなさい」
アスールが執務室の扉をノックすると、中で返事をしたのはパトリシアだった。
「「「失礼致します」」」
執務室にはカルロとパトリシアの他に来客があるようだ。
執務室のソファーセットの手前に、普段は置かれていない大きな衝立が設置されており、その奥から数人の愉しげな話し声が漏れ聞こえてくる。
「アリシアお姉様の声がします!」
ローザが小さな声でシアンとアスールにそう言った。確かにアリシアの高く透き通った声がする。
注意深く耳を澄ませると、アリシアの声の他にも数人の声が聞こえる。フェルナンド、バルマー伯爵、それにディールス侯爵の声だ。
それにもう一人。アスールの耳に馴染みのある、よく通る女性の声が飛び込んできた。
(あれ、この声。……誰だったっけ?)
「来客中ですか?」
挨拶を済ませると、シアンが執務机に座って書類に目を通しているカルロに声をかけた。
「来客とは言っても、まあ、身内みたいなものだ。三人とも奥へ行って挨拶をしておいで」
アリシアの元へと直ぐにも会いに行きたいローザが、真っ直ぐに衝立へと向かい、衝立の手前から中を覗き込んだ。
「まあ! いらしてたのですね! お久しぶりです」
衝立の向こうに消えたローザの嬉しそうな声がこちらまで響いてくる。
(知り合い?……誰だろう?)
シアンとアスールも衝立の奥へと入って行った。
ソファーに優雅に座り、満面の笑みでアスールを待ち構えていたのは、リリアナ・オルケーノだった。
「あっ。リリアナさん!」
リリアナがアスールに向かって手をヒラヒラと振っている。
「こんにちは、アスール。驚いた? ふふ。久しぶりね。島で別れて以来だから……もうすぐ一年になるわね。元気だった?」
「はい。島では大変お世話になりました」
「良いのよ。私たちも楽しかったし」
リリアナはそう言うとアスールにウィンクをした。
シアンはリリアナとは初対面だったようで、フェルナンドからリリアナの素性や、秋祭りでローザが事件に巻き込まれた際の話などを聞かされ、ひどく驚いていた。
(そういえばあの時兄上は学院に居たんだった。誰も兄上にローザの誘拐事件について知らせなかったのだろうか? 既に解決した件を知らせたところで、心配させるだけだしね)
「アリシアがハクブルム国に発つ前に、どうしてもお祝いとお別れを言いたくて今日ここに来たのよ。でも私、あまり王宮内をウロウロできないから……」
「ああ、それで今日はそこに衝立が置かれてるんですね?」
「そうなの。誰かが執務室に急に入ってきたら困るでしょ? 死んだ筈の人間がこの場に居たら、ビックリして心臓が止まっちゃうかもしれないわ」
リリアナは相変わらずだ。
「ねえ、アスール。さっきパトリシア様から伺ったのだけれど、ハクブルム国でアリシア様の結婚式を終えて、皆がヴィスタルに戻るのは、早くても七の月の半ば過ぎになるそうよ」
「そうなのですか? 思っていたよりお戻りは先なのですね……」
「そうね、ハクブルム国は遠いから」
「そうですよね」
「それでね。もし良かったらなんだけど、今年の夏も島に来ない?」
「えっ?」
「今年は兄妹三人でどうかしら?」
「シアン兄上とローザと僕で?」
「そう!」
アスールは振り返ってシアンとローザを見た。二人にもリリアナの提案は聞こえていたようで、ローザは目を輝かせている。
「母上は行っても良いと仰ったのですか?」
「そうね。パトリシア様はね……」
そう言いながらリリアナはフェルナンドの方にチラリと視線を送った。それに気付いたローザがフェルナンドが座るソファーの隣に滑り込んだ。
「ねえ、お祖父様。お祖父様はお父様がいらっしゃらない間は、お父様の代わりに公務を全て任されていらっしゃるのでしょう?」
「ああ、そうじゃよ」
「学院が夏の休暇になったら、私たちはどうしたら良いのかしら? 王宮に戻って来たとしても、お母様もその頃はまだお帰りにならないし……。お祖父様はお忙しくて、私たちとずっと一緒には居られないのでしょう?」
「まあ、そうじゃな」
「ハルンの離宮に子どもたちが三人だけで滞在するのは……やはり難しいですよね?」
「確かにな」
ローザはフェルナンドの腕にしがみついてニッコリと笑った。
「だったら、私はお兄様たちとリリアナ様の島に行きたいわ! その島でしたら、関係者以外は立ち入れないってお話でしたし、お祖父様も安心ですよね?」
「テレジアの島にか? お前たち三人で?」
「はい! でも、もちろんエマもダリオもフーゴも、それからレガリアも一緒にです。」
フェルナンドはローザの顔を見ながら、はあぁと特大の溜息をついた。
「さすがの無敵の金獅子王様も、可愛い孫娘からのお願いとなると、無下に断ることはかなり難しいようですわね」
リリアナがフェルナンドを見て、クスクスと笑いながらそう言った。
最終的には、ローザのお願いにフェルナンドが折れた。
学院が夏の休暇に入ったらすぐ、去年アスールとルシオが使ったのと同じルートでテレジアに向かう。ルシオには申し訳ないけれど、もちろん今回もレイフが一緒だ。
ローザは一人舞い上がって「島に着いたらしたい絶対にしたいこと」を一つずつリリアナに楽しそうに語っている。
「ねえ、ローザ。父上の許可がまだ取れてないんじゃない?」
シアンがそんなローザに待ったをかけた。
「お父様?」
「そうだよ。父上を説得するのは、お祖父様よりもずっと難しいと思うよ」
「確かに!」
アスールもシアンの意見に同意した。
「お父様は駄目だと仰るかしら?」
「簡単には良いとは言わないだろうね」
「そうですよね……」
「カルロだったら儂が説得してやるぞ!」
思いがけないフェルナンドの加勢に三人が顔を見合わせた。
「宜しいのですか? お祖父様」
「ああ。確かに皆が留守の間は儂が王宮に張り付いて公務を受け持たねばならない。それにお前たちを付き合わせて、折角の休暇を台無しにする気は無いよ。心配要らん。カルロの説得は儂に任せろ」
「ありがとう存じます。お祖父様!」
「ああ、楽しんでくると良い。孫たちを頼んだぞ、リリアナ」
「はい。お任せ下さいませ、フェルナンド様」
「そう言えば、さっきローザが島に一緒に行くって言っていたメンバーの中に聞き慣れない名前の人が居たのだけれど……。確かレガリアって言ったかしら?」
リリアナの台詞に、近くに居たディールス侯爵とバルマー伯爵がピクリと反応する。
「レガリアでしたらここに」
シアンが自分の傍に置いていた籠をリリアナの目の前のテーブルにそっと置いた。リリアナが籠の中を覗く。
「あら、随分と綺麗な猫ね。貴女の猫なの? ローザ?」
「はい、そうです。でも、レガリアは猫ではありませんけどね」
そう言うと、ローザは籠の中で目を瞑っていたレガリアを引っ張り出した。ローザの膝の上に移されたレガリアは面倒臭そうに欠伸を一つした。
「猫ではないって……。どう言うことかしら?」
その直後、リリアナは周りの皆の期待通りの反応をして見せた。
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