12 お見合い舞踏会(1)
「ねえ、シア兄様」
「なんだい? ローザ」
「明日の舞踏会にシア兄様も参加なさるの?」
王宮へと向かう馬車の中、ローザが唐突にシアンに問いかけた。
「明日の舞踏会? ああ、そうだね。父上からは出席するようにと言われているよ」
「……そうですか」
馬車内がなんとも気不味い空気で満たされていく。
「明日の舞踏会はアリシア姉上のお別れ会と、ドミニク兄上の婚約者選びを兼ねているっていうのは本当ですか?」
アスールがこの妙な沈黙に耐え切れなくなって口を開いた。アスールの台詞を聞いたシアンは思わず苦笑いを浮かべた。
「どうやらそうらしいね」
「そうなると、明日の夕方学院に戻るのは、僕とローザだけということですか?」
「そうだね。僕は明後日の朝戻ることになると思う。ローザを頼んだよ」
「はい。お任せ下さい」
「レガリアが居るんだから、私は一人でも大丈夫です!」
ローザは不機嫌そうにそう言って、ぷいっと横を向くと、窓の外をぼんやりと見ている。
ローザの横で優雅にクッションの敷き詰められた籠の中で休んでいたレガリアが、突然呼ばれた自分の名前に反応して、片目だけを開いて子どもたちを観察している。
「機嫌が悪そうだね、お姫様?」
シアンがローザに話しかけた。
「別に普通です!」
「そうかな? いつもはもっとご機嫌でお喋りをしているじゃない? 今日は出発してからずっとそんな風に窓の外ばかり眺めて……何か良いものでも見えるの?」
シアンの軽口にローザが小さく溜息をついた。
「もうすぐアリシアお姉様が居なくなってしまうというのに、もう余り時間が無いのに……。明日は午後からお姉様のお友だちが大勢いらっしゃるから、私とお喋りする時間は無いのですって!」
「ああ……なんだ。そっちか」
シアンが目の前に座るローザを見て、優しく微笑んだ。
「でも、今日は姉上からいろいろと頂き物をするって言っていたじゃない。先週それを聞いてから、ずっと楽しみにしていたんだろう?」
「……そうです」
「きっと今頃姉上もローザが帰ってきた来るのを楽しみに待っているよ」
ローザが小さく頷いた。
「それに、姉上にはまた来週もお会いできる。その次の週には、お見送りのために僕たち全員学院をお休みする申請も出してあるんですよね、兄上?」
アスールなりにローザの気分を盛り上げようとしているようだ。
「ああ。ちゃんと四人分受理されたよ」
アリシアがヴィスタルを出発するのは再来週の火の日と決まった。
ヴィオレータを含めた学院に居る四人は、出発の週の光の日と風の日には学院に戻らず、アリシアの旅立ちを王宮で揃って見送ることになっている。
「ほら。もうすぐ王宮に到着するよ。ちゃんと笑顔で姉上に会わないと駄目だよ、ローザ」
「はい」
残り少ないアリシアとの日々を大切に過ごそうと、兄妹たちは互いに約束をしているのだ。
この日は馬車寄せにアリシアが出迎えに来ていた。アリシアの方も同じように、残り少なくなっていく弟妹たちとの時間を大切に思っているのだろう。
馬車寄せに立つアリシアの姿を見つけたローザは、一番に馬車から降りると、駆けていってアリシアに抱きついた。
「あらあら、ローザ。転んだら危ないわよ」
アリシアがクスクス笑いながらローザを抱き止めた。慌ててローザの後を追って馬車から降りてきたエマが渋い顔をしている。
「ローザ。大事な宝物を忘れているよ!」
シアンがローザが馬車の座席の上に残していったレガリアが入れられた籠を抱えて笑っている。
「ああ。そうでした! ありがとう存じます、シア兄様」
「どういたしまして」
ローザはシアンから籠を受け取ると、中に居るレガリアの背中を優しく撫でた。
東翼のいつものサロンに到着すると、パトリシアからこの日の夕食は王宮のメインダイニングで「王家揃っての食事になる」と聞かされた。
つまり、第二夫人であるエルダと、ドミニク、ヴィオレータ兄妹も一緒に、フェルナンドも含めた十人で食卓を囲むということだ。
「珍しいですね。というか、食事を全員で! というのは初めてでは無いですか?」
アスールの記憶の中で、王家全員が一堂に会した記憶はあるが、全員で食事を共にした経験は無い。常に誰か一人二人は欠けていた筈だ。
「そうだね。最近まではローザが、その前はアスールとローザが欠けていたよね。もうすぐアリシア姉上が居なくなってしまうから、もしかすると揃っての食事はこれが最初で最後かも」
シアンの台詞に、アスールはアリシアとの別れがすぐ目の前に迫っていることを実感した。
食卓では終始フェルナンドが機嫌良く話を盛り上げた。
アリシアの門出を祝い、フェルナンドの音頭で何度も乾杯が繰り返され、大人たちは皆少々飲み過ぎの感もある。
エルダも他国へと嫁ぐアリシアに昔の自分を重ねたようで、困ったことがあればすぐに周りの者に頼るように、慣れない食事は無理して食べる必要は無いなどといろいろなアドバイスを贈っていた。
アスールはこれ程饒舌なエルダを見たのは初めてで、今まで見た目の印象から、エルダをちょっと冷たい人かと認識していた自分を反省した。
「エルダ様はやはりヴィオレータお姉様に似ていらっしゃいますね」
隣に座っていたローザがアスールに囁いた。多分ローザもアスールと同じように思ったのだろう。二人は顔を見合わせて笑いあった。
「そう言えば、明日の舞踏会でお兄様の結婚のお相手を吟味するという噂は本当ですの?」
デザートがそれぞれの目の前に並べられたその時、ヴィオレータがドミニクに話しかけた。
「ええ?」
ドミニクが突然の妹の問いかけに動揺し、手にしていたフォークをテーブルの上に落とした。
カシャンと皿にフォークが当たる大きな音がダイニング中に響いて、皆の視線が一斉にドミニクに集まっている。
フェルナンドが大柄で堂々とした見た目のドミニクの、余りの狼狽えぶりにぐふっと吹き出した。
「ヴィオレータ。兄を困らせるでない! あんなに動揺して……可哀想じゃないか」
そう言いながらも、フェルナンドは笑いを堪える気は無いようだ。
「お祖父様!」
「すまん、すまん」
ドミニクに軽く睨まれ、フェルナンドは一応謝罪の意思を示した。
「ヴィオレータ。明日はアリシア姉上のお別れの舞踏会だよ」
ドミニクは新しいフォークを使用人から受け取ると、何事も無かったかのようにデザートに手をつける。
「それはそうかもしれませんが、明日はガルージオン国の姫もいらっしゃるのでしょう? それに学院の第五学年生の中にも明日の舞踏会に参加される方がいると聞きました」
ヴィオレータは食い下がる。
「お兄様には、お好きな方はいらっしゃらないのですか? 目の前にずらりと並べたれた令嬢の中から、丁度良く身分の釣り合う方を選ぶおつもりですか?」
「ヴィオレータ、口を慎みなさい!」
エルダが強い口調でヴィオレータを窘めたので、ヴィオレータはグっと口をきつく結んだ。
「ヴィオレータ。ガルージオンから姫君が来ているのは本当だよ」
カルロが優しくヴィオレータに語りかける。
「私はお前たちの誰もが自分たちの選んだ人と一緒になれば良いと思っている。お前たちに好いた人が居るのならそれで良い。だが、結婚は縁だ。良縁はどこに転がっているか分からないだろう? もしかすると明日の舞踏会で、誰かドミニクの気に入る人が見つかるかもしれない。それはそれで悪いことでは無いと私は思うがね」
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思って頂けましたら、是非ブックマークや評価をお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすれば出来ます。