11 レイフとマティアス
「レイフ・アルカーノって、いったい何者だ?」
アスールたちが第二学年に進級してしばらく経った放課後、いつも以上に真面目な表情をしてマティアスがアスールに尋ねた。
「レイフ・アルカーノ?」
「ああ」
「レイフなら去年から魔導実技基礎演習で同じクラスになった僕の友人だよ。今年も中級演習を一緒に受けているけど……」
「何? 何? レイフがどうかしたの?」
第一学年の夏休み。
レイフの両親が所有する島へ遊びに行って以来、旅行に同行したルシオもすっかりレイフと仲良くなって、学院内ですれ違えばレイフとルシオの二人は他人の目を気にすることなく戯れ合う仲になっいてた。
マティアスの口から思いがけずレイフの名前が出たので、ルシオも興味津々の面持ちで話に加わって来た。
そんなルシオに対して、地方貴族の子息であるマティアスは長期休暇には実家に帰るため、去年の夏の旅行には参加していない。
マティアスはレイフがアスールやルシオと廊下などで喋っている時は、大抵三人から少し距離をとった場所に移動して、話が終わるまで待っている感じだった。
これまでマティアスは、自分の方からレイフに関わろうという素振りを一切見せなかった。
レイフが実は “前スアレス公爵の孫” にあたるとか、公爵令嬢だった母親のリリアナが駆け落ち同然で海賊の首領と出奔した上に貴族界では死亡したことになっているとか、実はレイフの苗字はアルカーノでは無くオルケーノだとか……とにかくアスールはマティアスにレイフの詳しい事情は伝えていない。
アスールとしてはマティアスに本当のことを伝えたいと思ってはいるのだが、レイフの事情はいろいろと複雑過ぎる。
その上アスールには、レイフ、ルシオ、マティアスどころか、妹のローザにすら隠している自分自身の事情もある。
「レイフ・アルカーノが剣術クラブに入部希望を出したんだ」
剣術クラブとは王立学院内にあるクラブ活動の一つだ。
学院生は在学中、最低でもクラブか委員会に一箇所は所属する決まりになっている。もちろん本人のやる気があれば何ヶ所でも所属できるし、学年が変われば新たに別のクラブに参加することも可能だ。
ただし中には例外もある。それが剣術クラブだった。
「確か、剣術クラブってメンバーは貴族ばっかりじゃなかった?」
ルシオがマティアスに尋ねた。ルシオはレイフの事情を知っている。
「そうなんだ」
「入部希望は受理されたの?」
「いや。今はまだ保留ってことになっている」
「保留って、どういうこと?」
マティアスの話によれば、先日の入学式の翌日、レイフが剣術クラブが朝稽古をしている訓練場に突然やって来て、剣術クラブの部長に入部届けを手渡したらしい。
ただ、レイフが第二学年の学生だったことと、彼が貴族ではなく商会の息子であることで、クラブ内でレイフの入部に関して異を唱える者が多数出ているらしい。
「でも、レイフが入部届けを出したってことは、そこにはちゃんと学院長のサインもあったってことでしょう?」
入部届けは、提出前にクラス担任のサインと共に学院長のサインを貰わなければならない。つまり、学院長は平民であるレイフの剣術クラブへの入部を了承していることになる。
「サインなら、ちゃんとあった」
「なのに駄目なの?」
ルシオは剣術クラブに対する不満を、顔にも声にも全く隠そうともせずに出している。
おそらく学院長はレイフの家の事情を知っている。というか、知らない筈は無い。その上で入部届けにサインをしたのだろう。
「マティアスはさっき、レイフが入部届けを持って来たのは入学式の翌日って言ったよね。それから随分経っているけど、今はどういう状況になっているの?」
もう半月近く経過している。
「とりあえず入部は保留の状態で、レイフは午後の訓練だけ参加してる」
「午後だけ?」
「そうだ」
「随分と中途半端な対応だね」
レイフが貴族で無いという理由もあるが、反対する者の多くは、入学当初では無く第二学年に進級してから入部を希望したことにもあるらしい。
「第一学年生はまともに練習に参加させて貰えないからな。上級生の道具の手入れや、練習の準備、片付け、その他諸々。それをすっ飛ばしての入部を面白くないと思っている者も多い」
「それは……そうかもしれないね」
「だが、レイフ・アルカーノは、今から新入生と一緒にそういった雑務をしても構わないと言ってきた」
「へええ。それはレイフらしいな。だったら文句無いよね?」
ルシオは完全にレイフ贔屓に徹するつもりのようだ。
「そうだな。僕は、それで良いと思う」
「僕は、か。……良いと思わない人が居るんだね?」
マティアスは頷きながらアスールを見た。
「どうしてあの男は今更入部したいと言って来たんだ? 聞けば、騎士コースを希望するつもりは全く無いらしい」
そのことが尚更反感を買ったのだろう。
「マティアスは、いったい僕に何を聞きたいの?」
「あの男は、なぜ急に剣術クラブ入部する気になった? そのことに……アスールは関係しているのか?」
「僕には分からないよ。レイフからは何も聞いてないし」
沈黙が流れた。
「……そうか。なら良い。僕は訓練に戻るよ」
「また夕食の時にね」
「ああ」
「どうなってるんだろう?」
マティアスが教室から出て行ってしまうと、ルシオがアスールの腕を掴んで、その辺の空いている席にアスールを座らせた。ルシオもアスールの向かいの席にドサリと腰を下ろす。
「さあ、僕にはさっぱりだよ。進級してからもう何度も授業で顔を合わせているけど、レイフからは剣術クラブの話なんて、本当に全然聞いていないよ」
ー * ー * ー * ー
「ねえ、レイフ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
魔導実技中級演習の授業が終わり、皆が荷物を片付け終え教室から出て行ったことを確かめてから、アスールはレイフに声をかけた。
「アスールにしては珍しくモタモタ片していると思ったら、そういうことか」
「モタモタって……。気付いてたの?」
「まあね」
レイフに普段と変わった様子は無い。いつもの笑顔でアスールの顔を真っ直ぐに見ている。
「話って、剣術クラブのことだよね?」
「えっ。ああ、そう! そうだよ」
「それなら、まだ正式には入部できていないよ」
レイフは小さな溜息をついた。
「前々から貴族の世界って、形式だ、格式だ、身分差だって言ってばかりで、すっごく面倒臭いなって思ってたけど……。今まさにそのど真ん中に放り込まれてる」
「だったら何で?」
「何でかなぁ。僕も僕なりに考えた結果、今こうしてすっごく高い壁にぶち当たってる感じかな」
レイフの言葉にキョトンとするアスールを見て、レイフはクスリと笑った。
「今できることをしなかったことで、未来の自分が過去の自分に後悔することが無いように。やれることは多少無理をしてでも全部やっておきたいんだ。大丈夫! 心配は要らないよ」
そう言うと、レイフはアスールの背中をバシッと叩いた。
「マティアス・オラリエ。将来的にはあのルシオと共にアスールの横に並ぶ人間なんだろ? アイツは……まあ、良い奴だな」
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