10 舞踏会の招待状
「ねえ、アスール。もうすぐ王宮で開かれる舞踏会の話、何か知ってる?」
夕食後、チビ助を連れてアスールの部屋に遊びに来ていたルシオが唐突に切り出した。チビ助とピイリアは窓際に置かれたお気に入りの止まり木の上で仲良く遊んだり、羽繕いをしたりしている。
「王宮の舞踏会? 時々やってるよね。どれの話?」
「五の月の終わりの光の日だったかな。アリシア様が結婚のためにハクブルム国に出発される前に、お別れをしたいって言ってる若い貴族が多いんだって。その人たちを中心に招待してるって聞いたけど」
ハクブルム国に嫁ぐ第一王女のアリシアは、六の月の初めにこの国を離れることになっている。
「ああ。それなら知ってる。かなりの大人数になるらしいね。お祖父様からそんな話を聞いた気がするよ」
「でもね。招待状が届いているのは未婚の若い貴族だけなんだって。どうやら兄さんにもその招待状が届いたらしいんだ」
「えっ、だってまだ成人前だったよね?」
「来月で十五歳になる。もうすぐ成人はするよ」
アスールの知る限り、成人前の貴族の子女が王宮で開かれる舞踏会に招待されるなんてことは、今までは無かったはずだ。
「兄さんの話だと、東寮で暮らしている同じ学年の人たち全員に招待状が配られたんだって」
「本当に? 間違いなく?」
「確かにそう聞いたよ」
「僕は全然知らなかったよ。兄上からは何も聞いていない」
学院の第五学年の学生まで招待するなんて普通じゃない。他の招待客にしても、未婚の者に限定しているなんて、いったいどういうことだろうか。
ルシオは、彼がここに来てすぐに二人分のお茶を淹れてくれた後、部屋の隅にある椅子に座り、ずっと本を読んでいるダリオにあからさまに視線を送った。
ダリオという人は、もし二人の会話が聞こえていたとしても、アスールが尋ねるまでは自分から話に加わることは絶対に無いことをルシオは知っている。
それに、情報通のダリオが、近く開かれる予定の王宮での舞踏会のことを知らないなんてことはあり得ないことも。
だからルシオには、聞かれて困る内容でなければ、アスールが尋ねればきっとダリオは詳細を教えてくれるだろうとの確信があった。
「ねえ、アスール。お願いだからダリオさんに舞踏会のことを聞いてみてよ」
小声でルシオがアスールに頼む。アスールは小さく溜息をついてから、ダリオに尋ねた。
「ねえ、ダリオ。全部聞こえていたでしょ? 舞踏会の詳しい内容知ってる?」
ダリオは静かに本を閉じ、眼鏡を外してそれをテーブルの上に置くと、アスールとルシオが居るソファーのところまで歩いて来た。
「もちろん存じております」
ダリオの話によれば、その舞踏会の目的は、もちろんアリシアとの別れを惜しむためのものでもあるが、むしろ、第一王子であるドミニクの “婚約者を選定する場” になるそうだ。
「アリシア姉上だけでなく、ドミニク兄上まで結婚するの?」
「ドミニク殿下に関しては、今すぐに御結婚と言うことでは御座いません。先ずは婚約者様を御決めにならなくては。御結婚はどんなに早くても数年後になるでしょう」
「……そうなんだ」
アスールには結婚だの婚約者だの、そんな話はまるでピンと来ない。
「ねえ、ダリオさん。どうして僕の兄を含めた学院生にまで声が掛かってるの? これって普通じゃないですよね?」
「それは……」
ダリオは答えてしまって良いものかと、少し考えているようだった。
「それは、ある御方が、御自身の御嬢様もドミニク殿下の婚約者選定の場に加えて欲しいと陛下に申し出られたからです」
「その、あるお方のお嬢様って人が、学院の第五学年ってことですか?」
「左様で御座います」
どうやら、まだ未成人のその令嬢だけを舞踏会に招待するわけにもいかず、東寮に暮らす第五学年生全員に招待状が配られることになったらしい。
「でもさ、学院生は夕食迄には学院に戻らなくては駄目って決まりだよね? どうするんだろう?」
ルシオの疑問はもっともで、夕食迄に学院に戻るには舞踏会への参加なんて不可能な筈。それどころか翌日の授業も欠席しなければならない可能性もある。
「招待状を受け取っても出席せず、舞踏会への参加を御断りになる方も当然出るでしょうね。それで良いと陛下は御考えのようですよ」
つまりはその令嬢さえ参加できるのであれば、他の学院生が参加しようと欠席しようと特に構わないということのようだ。
「シアン兄上は? 兄上は出席されるのかな?」
「他国の姫君も御参加との話も御座いますし、王家主催の舞踏会ですので、シアン殿下が御欠席というわけにはいかないと推察致します」
どうやら、ドミニクとヴィオレータの母親で第二夫人エルダの祖国であるガルージオン国の姫が、このタイミングでヴィスタルを訪問するらしい。
「まさかシアン兄上の婚約者まで選定したりしないよね?」
「さあ、それに関しては私の知るところでは御座いません」
「そうなんだ。ありがとう、いろいろ教えてくれて」
ダリオはまた椅子に戻ると、眼鏡をかけて本を開いた。
「いったいどうやってドミニク殿下の婚約者を選ぶんだろうね? 次から次へとドミニク殿下の前に令嬢が並んで順番に面接試験なんかしたりして?」
ルシオがおかしそうに笑っている。
「だったら、僕の兄さんはただの賑やかし要員ってことか? ドミニク殿下の婚約者選びってことは、必要なのは未婚の令嬢だけだよね?」
「確かにそうだね。さすがに令嬢ばかりを舞踏会に招待するわけにはいかないからじゃない?」
「そうかもね。舞踏会なんだからダンスのお相手は必要だもんね。令嬢と同じくらいの人数男性陣も揃えないと」
アスールとルシオは勝手にいろいろな想像を膨らませては、楽しそうに大笑いをした。
「ねえ、ダリオ。姉上は六の月に入ったらすぐに出発するって話だったけど、その時は父上や母上も一緒なのかな?」
アスールの問いに立ち上がりかけたダリオに、わざわざ来なくても良いとアスールは手で合図をした。
「陛下は御公務の関係で後から。と聞いております」
言われてみれば、一国の王がそんなに長いこと国を開けられる筈もない。
「アリシア様にはパトリシア王妃殿下とドミニク殿下、それからスアレス公爵家の奥方のベラ様が御同行される予定です」
「そうなんだ」
しばらくは王宮も慌ただしくなりそうだとアスールは思った。
「結構ハクブルム国って遠いんだったよね?」
「そうみたい。船で一旦タチェ共和国の港に入って、その後は馬車で移動するらしいよ。二週間近くかかるんじゃないかな」
「そんなに? そっか。だったら我が家の父親もしばらく不在かあ」
「バルマー伯爵もハクブルムに行くんだったよね?」
「そうだよ。ハクブルム国を出た後も、しばらく他国を巡るって言ってた。だから今年は夏の休暇の間、僕はずっと母の側に居ないと駄目だろうな」
ルシオに言われるまでアスールは夏の休暇のことなど全く頭に無かったのだが、確かに学院が休みになって王宮に戻ったとしても、王宮に残って居るのはフェルナンドくらいだろう。
「夏か……。そうだね、結婚式が終わっても、皆がすぐに戻って来られるわけじゃ無いってことか」
「夏の成人祝賀の宴も、今年は八の月の最後の光の日に変更だってね。兄さんがそう言ってたよ」
「ああ、そうか。祝賀の宴も日程を変更したのか……」
「この夏は、例年とはいろいろと変わりそうだね」
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